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戦わずに全部潰したら、誰も戦わなくていい村になった  作者: 慈架太子


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12:夜の恐怖が消える

夜は、かつて「簒奪者」だった。


音を奪い、色彩を奪い、そして何より人の勇気を奪う。暗闇という分厚い帳の下では、いかに屈強な戦士も弱き者へと成り下がる。この村にとって、日没は一日の終わりではなく、ただ息を潜めて朝日を待つだけの「耐え難き静止の時間」でしかなかったのだ。


だが、その鉄の常識は、今やパリンと音を立てて砕け散っていた。


灯り。

たったそれだけのことが、村の魂を根底から作り変えていた。


広場には等間隔で灯りの魔道具が配置され、淡く、しかし確かな光の海が空間を満たしている。薪のようにパチパチと爆ぜることもなく、風の一吹きに怯えることもない。揺らぎのない安定した光。


夜なのに、見える。

見えるから、動ける。動けるから、人は笑える。


「おーい、そこ! 影でサボってると俺の魔導センサーに引っかかるぞ! 交代の時間だ、さっさと上がれ!」


広場の中央でカイゼルが朗らかに声を張り上げ、見張り台を見上げた。


「……言われなくても分かっている。相変わらず、お前の声は夜の闇を突き抜けすぎる」


低い、しかし凛とした声が返ってくる。見張り台の上で腕を組み、銀髪を夜風に遊ばせているのはエルダ・ヴァルグレイだ。彼女の鋭い視線は、もはや恐怖に怯えて暗闇を睨むものではない。光の届く限界点――「光の外側」を冷静に見定める、真の狩人の目だった。


「ははっ、俺の声が小さいと、みんなが寝過ごしちゃうだろ? さあ、若い衆! エルダ姐さんの厳しいレッスンのお時間だ。しっかり引き継げよ!」


カイゼルの煽りに、若い男が緊張した面持ちで台を登っていく。


「……見える範囲は?」

エルダの問いに、男は必死に光の海を見渡した。

「広場から水路まで。死角は……少ないです」


「『少ない』で満足するな。どこに影が残るか、その一点だけを頭に叩き込め。光がある場所が安全なんじゃない。そのコントラストが生む『外側の闇』こそが戦場だ」


彼女の指導は相変わらず苛烈だが、そこには以前のような悲壮感はない。「見えている」という圧倒的な優位性が、教える側にも教わる側にも、精神的なゆとりを与えていた。


「見張りは敵を探すんじゃない。『違和感』を拾え。音の断絶、風の淀み、光を遮る微かなゆらぎ。仕組み(システム)を理解していれば、異物は勝手に浮き上がってくる」


「……はい!」


交代を見届けたカイゼルは、地上で別の「流れ」を指揮していた。


「よし、狩猟班! 夜の部の点検だ。と言っても、森まで遠征するなよ? 今夜の獲物は、この光に誘われてやってくる不注意な連中だ」


「へへ、カイゼルさん。夜に網を繕えるなんて、一週間前じゃ考えられなかったぜ」


「だろ? 時間は有限だが、使い方は無限だ。村の内側を完璧に整えりゃ、外からの脅威なんてのは勝手に自滅してくれる。効率よくいこうぜ、効率よく!」


水路の近くでは、数人が夜の点検を行っていた。

「詰まりなし! 流れは順調だ」

「風の魔道具も回ってるな。落ち葉一つ溜まってねえ」


簡易的な風属性の魔道具が、水面上を一定間隔でなでるように吹き抜ける。夜の静寂の中で、その規則正しい動作を確認できる安心感。


「昼間にやるより、光の反射でゴミが見つけやすいな。こりゃあ楽だ」


「そういうことだ! 夜は欠点を見つけるための絶好のチャンスなのさ」

カイゼルは軽口を叩きながら、リナの治療所へと足を向けた。


治療所では、灯りの下でリナが淡々と、しかし丁寧な手つきで患者を診ていた。

「はい、次。……ただの筋肉痛ね。この軟膏を塗って、今日はしっかり寝ること」


「リナさん、夜なのにこんなにしっかり診てもらえるなんて……」


「灯りがあるもの。見落としの心配がないわ。……カイゼル、これ本当に助かってる。昼間の混雑が分散されて、私の胃の痛みも半分になった気分よ」


「おっと、医者の不養生か? 先生が倒れたら、俺が代わりに包帯を巻くことになるぞ。それは村にとって最大の悲劇だろ?」


「それは勘弁して。……でも、本当に『精度』が上がったわ。光は命を救う力になるのね」


リナの微笑みに、カイゼルは満足げに親指を立てた。


広場では、まだ鍋が心地よい音を立てていた。

「夜食の時間だぞ! 腹が減っては夜業もできねえ!」


笑い声が広がる。かつては太陽が沈むとともに奪われていた「会話」という名の時間が、ここには溢れていた。


エルダが見張り台から降りてくる。カイゼルの隣に立ち、活気づく広場を見渡した。


「……いい流れだな。お前の言う通り、一日が二倍になったようだ」


「二倍どころか、三倍、四倍だぜ。夜に不安を育てる代わりに、明日の作戦を立てられる。この『精神的余裕』こそが、俺が一番作りたかった仕組みだ」


「だが、恐怖は完全には消えんな。闇の向こうには、依然として怪物が潜んでいる」


「それでいいんだよ、エルダ。全部消しちまったら、人は油断して腐る。恐怖は『毒』だが、適量なら『薬』になる。警戒心を研ぎ澄ますためのスパイスさ」


カイゼルは光の届かぬ、深い闇の方向をじっと見据えた。

「消さない。支配されないようにするだけだ。……おっと、噂をすればスパイスの到着だぜ」


エルダの眉がぴくりと動く。

「……止まれ」


彼女の低い一喝に、広場が静まり返った。

風が止まる。音が消える。光と闇の境界線で、微かな「違和感」が弾けた。


「三……いや、四か。外側、北西。光を避けて動いている」


エルダの報告に、カイゼルはニカッと不敵な笑みを浮かべた。

「よし、初仕事だ。全員、持ち場を離れるな。訓練通りにいこうぜ」


村人たちが、最近配備されたばかりの試作型バレット銃(魔法弾投射器)を構える。だが、カイゼルはそれを手で制した。


「撃つな。仕組みで捕まえる。エルダ、デモンストレーションをお願いできるか?」


「……承知した」


エルダが闇に溶けるように踏み出した。

次の瞬間、カイゼルがパチンと指を鳴らす。


「招待客にライトアップを!」


特定の魔道具が指向性を変え、闇の一角を強烈に照らし出した。

「なっ……!? しまった!」

狼狽える声。そこには、闇に乗じて村へ侵入しようとしていた盗賊たちが、丸裸の状態で晒されていた。


「残念だったな。お前らが隠れてるつもりだった場所は、すでに俺の設計図の中だ!」


逃げようとする盗賊たちの足元から、水の鞭がしなやかに伸びて絡みつく。さらに土が盛り上がり、彼らの四肢をガッチリと固定した。風の圧力が上から押さえつけ、氷の鎖が最後の一押しを加える。


わずか数秒。

盗賊たちは、剣を抜く暇さえなく、完璧に拘束されていた。


「……早い」

「魔法……いや、これは仕組みだ」

村人たちがどよめく。


エルダが闇から悠然と戻ってきた。

「見えていたからな。それ以上の理由は不要だ」


捕らえられた男たちは、信じられないといった表情で地面に這いつくばっている。

「バカな……夜だぞ……俺たちが、見つかるはずが……」


「夜はもう、お前たちの味方じゃない。俺たちが夜を買い取ったんだよ」

カイゼルは盗賊の前にしゃがみ込み、陽気に、しかし芯の冷たい声で告げた。


「さて、どうする? このまま首を括るか、それともこの村の『回る仕組み』の一助となるか。働き口なら山ほどあるぜ。夜道の整備、水路の掃除……お前ら、体力だけはありそうだしな!」


「……殺さないのか?」


「殺すのは資源の無駄だろ。奪うより、回す。それが俺のスタイルだ。歓迎するぜ、新入社員諸君!」


エルダが肩をすくめる。

「お前らしい。……だが、これで村の安全は一段と強固になったな」


夜が再び戻る。

だが、それはもう「奪う夜」ではない。

灯りが道を照らし、見張りが安心を担保し、仕組みが脅威を退ける。

子どもたちは再び笑い、鍋からは温かい湯気が立ち上り、大人たちは明日の豊作を語り合う。


恐怖は消えていない。だが、もはや誰もそれに支配されてはいなかった。


カイゼルは満天の星空を見上げ、深く息を吐いた。

「夜も、悪くないだろ?」


「ああ。これなら、眠るのがもったいないくらいだ」


エルダの言葉に、カイゼルは今日一番の明るい声を響かせた。


「ははっ、しっかり寝ろよ! 明日はさらに忙しくなるんだからな! 流れは止まらない。俺たちが止まらせないのさ!」


村はまた一つ、決定的な壁を越えた。

夜を支配し、時間を手に入れた彼らの前には、もう光り輝く未来しか残されていなかった。

静かに、しかし熱く。村の鼓動は夜の静寂を塗り替えていく。

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