101:徴発通達 悪徳貴族から強制徴収命令。
朝の空気は、いつも通り穏やかだった。
畑には露が残り、陽がゆっくりと差し込む。
村人たちは、何も言わずとも動き出す。
水路の流量を調整する者。
苗の状態を確認する者。
収穫物の選別を始める者。
流れは止まらない。
それが、この村の日常になっていた。
だが――
その流れに、異物が混じる。
「止まれ」
乾いた声。
村の入口。
兵士が立っていた。
鎧は磨かれているが、動きは雑。
数は六。
統制はない。
だが――
権威だけはある。
背後の旗に刻まれた紋章。
周辺を支配する貴族のものだ。
「通達だ」
一人が紙を掲げる。
「この村に対し、徴発を行う」
ざわめきが起きる。
だが、混乱はしない。
「内容は?」
レイナが前に出る。
兵士は鼻で笑う。
「食料、魔石、金銭。すべてだ」
「割合は?」
「全量だ」
空気が一瞬、止まる。
だが――
すぐに戻る。
「理由は?」
今度はマリナ。
視線は鋭い。
兵士は肩をすくめる。
「上の判断だ」
「戦争準備だとよ」
雑な言い方。
「拒否は?」
マリナが聞く。
兵士が笑う。
「反逆だな」
静寂。
だが恐怖はない。
ただ、状況を測る空気。
そのとき。
「分かった」
カイゼルが来る。
前に出るわけではない。
いつも通り、少し後ろ。
「書面を見せてくれ」
兵士が紙を投げる。
「読めるのか?」
嘲り。
カイゼルは気にしない。
目を通す。
一瞬で終わる。
「偽物だな」
言い切る。
兵士の顔がわずかに歪む。
「何だと?」
「正式な徴発なら、王都印がある。これは地方印だけだ」
「権限が足りない」
淡々と。
「あと文言が古い。十年前の様式だ」
完全に見抜く。
兵士が舌打ちする。
「細けぇな」
「で?」
エルダが前に出る。
一歩だけ。
それだけで空気が変わる。
「どうする」
カイゼルは短く答える。
「従う理由がない」
それだけ。
兵士が笑う。
「強気だな」
「いいのか?潰されるぞ」
エルダが答える。
「来ればいい」
声に迷いがない。
「ここは止まらない」
村の後ろで、人が動いている。
いつも通り。
それが答えだった。
兵士が周囲を見る。
違和感に気づく。
怯えていない。
誰も逃げない。
「……お前ら」
「分かってねぇな」
一歩踏み出す。
その瞬間。
「止まれ」
低い声。
エルダ。
同時に。
獣人が屋根に上がる。
索敵。
人族が構える。
バレット銃。
ドワーフが足元を調整する。
罠。
一瞬で整う。
連携。
無駄がない。
兵士の顔が変わる。
「おい……」
「構えが違うぞ」
もう遅い。
「撃つな」
カイゼルの声。
全員が止まる。
兵士は固まる。
撃たれない。
だが――
逃げ場はない。
「話は終わりだ」
カイゼルが言う。
「帰れ」
兵士が睨む。
だが踏み出せない。
理解している。
「……覚えてろ」
捨て台詞。
だが弱い。
そのまま引く。
背を向ける。
誰も追わない。
専守防衛。
それだけでいい。
静寂が戻る。
「仕事に戻れ」
エルダ。
それだけ。
全員が動く。
何もなかったかのように。
流れは止まらない。
レイナが小さく笑う。
「ほんと、止まらないわね」
マリナが腕を組む。
「来るわよ、次は本気で」
「分かってる」
カイゼル。
「だから準備する」
それだけ。
恐れはない。
ただ、対処するだけ。
リナが近づく。
「怪我は?」
「ない」
「ならいいわ」
微笑む。
日常の延長。
それがこの村の強さだった。
夕方。
村の外れ。
カイゼルとエルダ。
「戦うか」
エルダが聞く。
「必要なら」
「迷いは?」
「ない」
即答。
エルダは少しだけ口元を緩める。
「変わったな」
「そうか?」
「前は、お前が全部やろうとしてた」
「今は違う」
村を見る。
動いている。
「やる必要がない」
エルダは頷く。
「いい」
短く。
そして言う。
「もう“守る対象”じゃない」
それは、以前の言葉の裏返し。
認識の変化。
村はもう弱くない。
カイゼルは何も言わない。
ただ、見る。
流れ。
人。
仕組み。
すべてが回っている。
「……来るなら来い」
小さく呟く。
挑発ではない。
事実。
この村は、止まらない。
外の圧力も。
権力も。
奪う意志も。
すべて流していく。
夜。
灯りがともる。
笑い声が響く。
料理人が鍋を振るう。
リナが薬を配る。
レイナが明日の流れを組む。
マリナが外の情報を整理する。
エルダが配置を確認する。
そして――
カイゼルは、一歩引いた場所で見る。
「回ってるな」
それだけ。
誰も止めない。
誰にも止められない。
この村は、もう。
止まらない。




