第57話:「警告音(アラート)と、現れた特権階級(システム)」
「ふぅ……。エドもセリアも、どんぶりの底まで舐め回す勢いだったね」
ログハウスの厨房。
レナは空になったどんぶりを洗いながら、カウンターで幸せそうに腹を出して眠っている最強の二人と、狐姿で丸まっているウカを見て微笑んだ。
この『夢の食堂』には、もう足りないものはない。
最高の仲間、最高の設備、そしてどんな味でも再現できる食材。
(……ずっと、このまま美味しいご飯を作り続けられたらいいな)
レナがそう願った、その瞬間だった。
『――警告。警告。該当エリアにて、規定値を超える異常なステータス変動を検知』
「……えっ?」
空気が、凍りついた。
ログハウスの中にいる全員の視界を覆い尽くすように、真っ赤な『システムウィンドウ』が空中に無数に出現したのだ。
「なんだ、この赤い板は……ッ!? 私の剣が、すり抜けるぞ!?」
飛び起きたセリアが白銀の剣を振るうが、システムが作り出したホログラムには物理攻撃が一切干渉しない。
『異常データの発生源を特定。対象オブジェクト【ログハウス・厨房設備】および、未登録の消耗アイテム群。……これより、データ強制削除を実行します』
無機質な声と共に、空間がぐにゃりと歪み、ログハウスの中心に「真っ白なスーツを着た、のっぺらぼうのアバター」が降り立った。
プレイヤーではない。このVR世界の根幹を管理する、運営の『ゲームマスター(GM)』だ。
「貴様、レナの店で何をする気だ……ッ! 消え失せろ!!」
エドが咆哮と共に漆黒の巨剣を振り下ろす。
大地をも割るその一撃は、のっぺらぼうのアバターの頭頂部へ直撃した。
――キィィィィンッ!!
「な……ッ!?」
エドの巨剣が、見えない壁に弾き返された。
HPゲージすら表示されない。この世界において、彼らは「神」に等しい存在なのだ。
『NPC【エドワード】の敵対行動を確認。……権限実行。対象の座標を固定します』
白スーツのGMが指を鳴らした瞬間。
エドとセリアの体が、不自然なポーズのままピタリと静止した。瞬きすらできない。システムによって行動を完全にロックされたのだ。
「エド! セリア! ウカちゃんまで……ッ!」
ウカもまた、空中で跳躍した姿勢のまま凍りついている。
動けるのは、プレイヤーであるレナただ一人。
『プレイヤー【レナ】。あなたのアカウントは、現在重大な規約違反の疑いがあります。あなたが生成したアイテム(料理)は、システムが想定した限界バフ数値を大きく逸脱しています。これはゲームバランスを崩壊させる違法データです』
GMがレナへ向き直り、冷徹な機械音で告げた。
「違法データなんかじゃない! 私はただ、美味しいご飯を工夫して作ってただけだよ!」
『言い訳は不要です。ただちにこの異常な設備(魔導厨房)と、すべての食品データを削除します』
GMが手をかざすと、レナが苦労して手に入れたオリハルコンの調理台や魔導オーブンが、ノイズに包まれ、半透明に消えかかり始めた。
「やめて……ッ! そこは、私の大切な場所なの! みんなの笑顔がある場所なの!!」
レナは消えかかる調理台の前に立ち塞がった。
現実世界は、味気ないディストピア。ここで料理を作ることだけが、彼女の生きる希望なのだ。
『……退きなさい。あなたのアカウントごと凍結されたいのですか』
「退かないッ! ……システムだか何だか知らないけど、私の料理を『ただのデータ』扱いしないで! もし消すって言うなら……私の作ったご飯を一口でも食べてからにしなさいよ!!」
レナは涙目で睨みつけ、寸胴鍋に残っていた『地龍の豚骨スープ』をお玉ですくい、GMのアバターに突きつけた。
エドたちの物理的な暴力が通じない、絶対的なシステム管理者。
この冷徹な存在に対し、レナはたった一人、自らの『料理』だけを武器にして立ち向かうのだった。




