第53話:「森の貴き客人たちと、野蛮なる肉の挟み焼き」
「……なんだ、この下品で野蛮な匂いは」
ログハウスの周囲を囲む深い森。
その木々の上から、ふわりと音もなく数人の影が舞い降りてきた。
透き通るような金糸の髪に、長く尖った耳。森の魔力を支配する美しき亜人、『ハイエルフ』の一団である。
「おい、エルフの連中がなぜこんな場所にいる。ここは私の狩り場だぞ」
庭先でカツサンドを頬張っていたエドが、不機嫌そうに漆黒の巨剣に手をかける。
「待ってエド! お客さんかもしれないから!」
レナが慌てて制止し、エルフたちに向き直る。
リーダー格と思われる、一際美しいエルフの青年が、鼻をヒクヒクとさせながら冷たい視線を向けてきた。
「我らハイエルフは、朝露と清らかな果実しか口にせぬ。だというのに、先ほどから森中に立ち込める、この油が焦げたような酷い悪臭はなんだ。森の空気が穢れるではないか」
「悪臭だと? 貴様ら、レナの飯を侮辱する気か。その長い耳を根元から削ぎ落としてやる」
セリアが白銀の剣を抜き放ち、一触即発の空気が漂う。
しかし、レナは怒るどころか、ニッコリと笑って木のお盆を差し出した。
「ごめんなさい、ちょっと匂いが強かったかな? でも、お腹が空いてるなら一つどう? ちょうど『カツサンド』がいっぱいできたところだから」
「馬鹿にしているのか、人間。我らがそのような、茶色くて脂ぎった野蛮な塊を口にするはずが……ッ」
グゥゥゥゥ……。
エルフの青年の腹が、その美しい顔に似合わない盛大な音を鳴らした。
「……」
「……ふふっ。毒は入ってないから、一口だけ食べてみてよ。ほら、ふかふかだよ?」
レナがソースの染み込んだカツサンドを青年の口元へ近づける。
暴力的なまでの肉と油の香ばしさ、そしてパンの甘い匂いに、エルフの青年は抗いきれず、震える手でそれを受け取った。
「こ、こんなもの……一口だけだ。一口で捨ててやる……」
青年が、目をギュッと瞑ってカツサンドに齧り付く。
ザクッ!! ジュワァァァッ!!
「――ッ!!?」
青年のエメラルドグリーンの瞳が、限界まで見開かれた。
「な、なんだこの食感は……ッ! 表面の恐ろしいほどのサクサク感と、この『パン』と呼ばれるものの雲のような柔らかさ! そして、噛み締めた瞬間に溢れ出す獣の肉汁が、甘酸っぱい濃厚な果実のソースと絡み合い、口の中を蹂躙していくぞぉぉぉッ!!」
「あはは、美味しいでしょ? パンに挟むと、お肉の脂もサッパリ食べられるんだよ」
「美味い……美味すぎるッ! 我々が何百年も食べてきた、朝露や果実の味気なさは一体なんだったのだ!? この野蛮で暴力的な食べ物こそが、真の美食ではないかぁぁぁッ!!」
エルフの青年は高慢な態度など完全に忘れ去り、両手でカツサンドを掴んで狂ったように貪り食い始めた。
その後ろにいたエルフたちも、次々とレナのお盆からカツサンドを奪い取り、顔をソースまみれにして歓喜の声を上げている。
「ふははは! 霞を食うエルフも、揚げ物と炭水化物の前には赤子同然じゃな!」
ウカが狐の尻尾を揺らしながら高笑いする。
【料理名:『特濃ソースの極厚カツサンド』】
【効果:森の亜人を魅了。状態:『エルフの羨望』『高慢の崩壊』を付与】
「お、おかわりだ! 頼む人間、いや、レナ様! 我らの森で採れた『幻の星クズ林檎』と『世界樹の蜜』を全て献上する! だからこの『カツサンド』をもっと食わせてくれぇぇぇッ!!」
プライドの塊であるエルフたちが、ソースまみれの顔で地面に土下座する。
隠れ家食堂の生み出した暴力的な携帯食は、森の貴族たちの矜持すらも、パンと油で完膚なきまでに粉砕したのだった。




