第47話:「金の亡者と、絶対不可侵の聖域」
「ふふふーん♪ 今日は何を作ろうかなー」
お昼前のログハウス。
レナが鼻歌交じりに仕込みをしていると、突然、店の扉が乱暴に蹴り開けられた。
「ここが、街で噂になっている『隠れ家食堂』か。随分と小汚い小屋ではないか」
現れたのは、全身をギラギラと光り輝く純金の装備で固めた、恰幅の良い男だった。
その後ろには、高レベルと一目でわかる重武装の護衛プレイヤーが十人以上も控えている。
「いらっしゃいませ。あの、まだ営業時間前なんですけど……」
レナが困惑して尋ねると、男は鼻で笑い、カウンターにドサリと重い革袋を投げ捨てた。
チャリン、と大量の金貨が擦れ合う音が響く。
「俺は始まりの街の最大派閥『黄金の天秤』ギルドマスター、マーカスだ。単刀直入に言おう。お前の料理スキルと、この店の権利を全て俺のギルドに譲渡しろ。ここにいる間抜けな客どもを追い出し、俺たちトップ層のためだけの専属料理人になるなら、この金貨五千枚をくれてやる」
マーカスは傲慢な笑みを浮かべ、レナを見下ろした。
彼の目には、レナがただの「運良くレアな料理スキルを手に入れただけの、無力な生産職」にしか見えていない。
「……えっと」
レナは金貨の袋をチラリと見て、すぐに興味なさそうに視線を外した。
「ごめんなさい、お断りします。ここは私と、私の大切な常連客たちのための食堂だから。お金なら、この間お皿を買った時にいっぱい貰ったし」
「……あぁ?」
マーカスのこめかみに青筋が浮かぶ。
「おいおい、わかってないようだな。これは交渉ではない、『命令』だ。俺に逆らえば、この森で二度とアイテム採集などできないように、うちのギルド員で完全に封鎖してやるぞ。……おい、お前ら。少しこの店を『模様替え』してやれ」
マーカスが顎でしゃくると、後ろの護衛たちが下品な笑いを浮かべて武器を抜き、店内に足を踏み入れた。
その瞬間だった。
「――羽虫が。誰の許可を得て、私の食事処に土足で踏み入った?」
「――五月蝿いぞ、ブタ。レナの飯の匂いが濁る。今すぐその首を刎ねてやる」
ゴゴゴゴゴゴゴゴッ……!!!
ログハウスの奥、エドとセリアの専用個室から、空気が凍りつくような、物理的な質量すら伴う「特級の殺気」が膨れ上がった。
「な、なんだッ!? このプレッシャーは……ッ!?」
マーカスが悲鳴を上げ、後ずさる。
二階からゆっくりと降りてきたのは、漆黒の外套を纏う死神と、白銀の鎧を纏う戦乙女。
「う、動けない……! な、なんだコイツら……! ステータスが見えない! レベル測定不能だとぉッ!?」
護衛のプレイヤーたちが、武器を構えたままガタガタと震え、次々と膝から崩れ落ちていく。
エドとセリアが放つ威圧感だけで、彼らのHPバーはゴリゴリと削られ、恐怖による『麻痺』状態に陥っていた。
さらに。
「ふぁぁぁ……騒がしいのう。妾の安眠を妨げる愚か者は、どこのどいつじゃ?」
パピーの背中に乗った狐耳の神様が、神々しい黄金のオーラを放ちながら厨房から顔を出した。
「か、神霊クラスのNPCまで従えているだと……ッ!? な、なんだここは! ただの飯屋じゃなかったのか!?」
マーカスはついに腰を抜かし、金貨の袋を放り出して床にへたり込んだ。
絶対的な武力と、神の加護。
ここはもはや、一介のプレイヤーギルドごときが手を出していい場所ではなかったのだ。
「あーあ、もう。エドもセリアも、あんまりお店の中で殺気出さないでよ。ほら、お客さんが腰抜かしちゃったじゃない」
レナは呆れたように息を吐くと、怯え切ったマーカスの前にしゃがみ込み、ふわりと笑った。
「お金で私を買うことはできないけど……『お客さん』としてお金を払ってくれるなら、極上のご飯を作ってあげる。どうする? 食べる?」
「ひっ……! く、食う! 食います! なんでも払いますから、命だけはぁぁぁッ!!」
こうして、始まりの街を牛耳るトップギルドのマスターは、金と権力ではなく、圧倒的な暴力の前に完全に屈服し、涙と鼻水を流しながら「ただの客」としてカウンター席に座らされるのだった。




