第41話:「温かい汁物と、旨味を宿す海の魔物」
「みんな! 今日は『海』に行くよ! どうしても必要な食材があるの!」
朝のログハウス。レナがエプロンの紐を強く結び直しながら宣言した。
「海だと? なぜだ。昨日手に入れたあの『黒い水(醤油)』とやらで、肉を煮込めば十分美味い汁ができるではないか」
エドが巨剣を背負いながら、怪訝そうに眉をひそめる。
「違うの! お醤油の塩気だけじゃダメなの! 汁物には絶対に、味の土台になる『出汁』……つまり、強烈な旨味成分が必要なんだよ!」
「ダシ……? 肉汁のことか?」
「うむ! 妾も気になるぞ! レナがそこまで言うほどの『旨味』、この豊穣の神が味わわずにどうする!」
ウカが狐耳をピンと立てて身を乗り出す。
一方で、セリアだけが青ざめた顔で一歩後ずさった。
「う、海……? 海ということは、またあの真っ黒な泥水を吐く『イカ』のような、気味の悪い軟体モンスターが出るのではないか……?」
「大丈夫だよセリア! 今日狙うのはイカじゃなくて、『海藻』と『魚』だから!」
レナは嫌がるセリアを引っ張り、一行はログハウスを出発した。
森を抜け、山を越え、数時間歩き続けると、視界が一気に開け、潮の香りと共に果てしなく広がる青い海が姿を現した。
「わぁ……! すごい、海だ……!」
ミレが歓声を上げ、パピーが砂浜を駆け回る。
現実世界では汚染されて真っ黒なヘドロの海しか存在しない。レナにとって、透き通った青い海はそれだけで感動的な景色だった。
ザバァァァァァッ!!
その感動をぶち壊すように、海面が突如として爆発した。
「な、なんだあの巨大な海草は!?」
セリアが剣を抜いて叫ぶ。
波打ち際に現れたのは、大蛇のようにうねる、長さ十メートル以上の漆黒の海藻の化け物『タイダル・ケルプ』だった。
「あれだ! あの昆布の魔物が欲しいの! あと、あっちで跳ねてる砲弾みたいな魚も!」
レナが指差す先には、海面を弾丸のようなスピードで飛び交う、鋼鉄のような皮膚を持った魚『バレット・ボニート(弾丸鰹)』の群れがいた。
「昆布に鰹……なるほど。あのような硬そうな草と魚で、極上の汁ができるというのだな?」
エドがニヤリと笑い、漆黒の外套を翻した。
「ならば話は早い。セリア、草刈りと魚釣りだ。一匹残らず仕留めるぞ」
「言われるまでもない! 気味の悪い海の魔物など、私の白銀の剣で細切れにしてくれる!」
ズドォォォォォン!!
最強の二人が砂浜を蹴り飛び出し、一方的な殺戮(素材採取)が開始された。
タイダル・ケルプはエドの巨剣によって根元から両断され、空を飛ぶバレット・ボニートはセリアの神速の突きで次々と砂浜に撃ち落とされていく。
数十分後。
「ふふふ……大漁、大漁!」
レナの前には、分厚く巨大な昆布の山と、丸々太った鰹の魔物が転がっていた。
「よし、早速『出汁』を取るよ!」
レナは砂浜に即席の大きな鍋をセットし、澄んだ水を入れた。
そこに、エドに天日干し(という名の炎魔法の熱風)で強制乾燥させてもらった巨大昆布を沈め、じっくりと火にかけていく。
さらに、カチカチに乾燥させた鰹の魔物を、セリアの剣圧でカンナのように極薄に削り出し、「削り節」を大量に作り出した。
鍋から昆布を引き上げ、沸騰したお湯に、削り節を一気に投入する。
フワァァァァァ……。
「――っ!? な、なんだこの匂いは……ッ!」
エドが目を見開いた。
肉の焼ける暴力的な匂いでも、ニンニクの刺激的な香りでもない。
まるで魂の奥底を優しく撫でられるような、深く、静かで、圧倒的な「旨味の香り」が砂浜を包み込んだのだ。
「いい香りじゃ……! なんと上品で、奥深い匂い……! 腹の底からじんわりと食欲が湧き上がってくるぞ!」
ウカも狐の尻尾を揺らしながら、鍋の縁にへばりついてうっとりとしている。
「これが『出汁』だよ。海の旨味が全部溶け込んだ、最高のお水!」
レナが黄金色に透き通ったスープを木杓子ですくい上げる。
肉食主義の騎士たちに、和食の真髄である「旨味成分(アミノ酸とイノシン酸の相乗効果)」という、全く新しいベクトルによる飯テロの準備が整った瞬間だった。




