第34話:「泥濘(ぬかるみ)の湿地帯と、幻の稲穂を愛する守護者」
「ええい、不快だ! なぜ私がこんな泥水をかき分けて歩かねばならんのだ!」
ズボッ、ズボッ。
膝まで浸かるような深い泥の湿地帯。
白銀の鎧を泥で汚したセリアが、ヒステリックな声を上げながら剣で葦をなぎ払っていた。
「文句を言うなセリア。おにぎりのためだ。……チッ、この泥、へばりついて重いな」
エドもまた、漆黒の外套の裾を泥まみれにしながら、不機嫌そうに舌打ちをする。
彼らにとって、強敵との戦闘は日常茶飯事だが、こうした「環境ダメージ」を伴う探索は最も嫌う作業だった。
そんな二人をよそに、一人だけ優雅なのが新入りの神様だ。
「よいではないか、若造どもよ! 大地とはすなわち泥! 泥こそが生命を育む揺り籠なのじゃ! ……ゆけ、我が愛馬よ!」
「わんっ!」
ウカは、パピーのふかふかの背中にちょこんと跨り、偉そうに指示を出している。パピーもまた、神様を乗せているせいか、泥の上を軽やかに(水面歩行のように)進んでいた。
「ずるいぞ狐! 降りろ! 私がパピーに乗る!」
「ならぬ! 神の威光に泥を塗る気か! ……むっ!? 待て、皆の者! 止まるのじゃ!」
ウカがピンと狐耳を立て、湿地帯の奥を指差した。
「この香り……間違いない! 『幻の稲穂』はこの先じゃ!」
一行が指差された開けた場所へと出ると、そこには信じられない光景が広がっていた。
濁った泥水の中から、そこだけスポットライトを浴びたように、黄金色に輝く数本の「稲」が自生していたのだ。
「あれが……お米の苗……!」
レナが目を輝かせて駆け寄ろうとする。
だが。
ゴポォォォォォッ……!!
泥沼が大きく盛り上がり、黄金の稲穂を守るように巨大な影が立ちはだかった。
ヌメリとした長い巨体。太い髭。そして、人間を丸呑みできそうな巨大な口。
「出おったな! 稲穂の守護者、『大沼の主』じゃ!」
「ナマズ……? うわぁ、大きい!」
レナが見上げるほどの巨大ナマズが、侵入者を威嚇するように長い尾を叩きつけた。
バシィィィィンッ!!
泥水が爆発し、強烈な衝撃波が襲う。
「……ふん。ただのデカい魚か」
「泥遊びの代償としては安すぎるが……まあいい。八つ当たりさせてもらおうか」
エドとセリアが、待ってましたとばかりに前に出た。
泥汚れのストレスをすべてぶつけるように、二つの殺気が膨れ上がる。
「邪魔だッ!!」
「消え失せろッ!!」
ズドォォォォォン!!
エドの巨剣がナマズの頭蓋を粉砕し、セリアの突きが心臓を一撃で貫いた。
湿地帯の主は、悲鳴を上げる暇もなく、ただの巨大な食材へと変わって沈んだ。
「……相変わらず、食材への殺意が高いね」
レナは苦笑いしながら、主がいなくなった泥沼へ入り、丁寧に黄金の稲穂を根っこごと採取した。
【貴重品:『幻の稲穂(神の種籾)』を入手しました】
「やった……! これでお米が作れるよ!」
「うむ、見事じゃ! さあレナよ、急いで帰るのじゃ! 泥抜きをして、精米をして……今夜は炊きたての銀シャリ祭りじゃあ!!」
「そうだね! ついでに、この大きなナマズも持って帰ろう。蒲焼きにしたら絶対に美味しいよ!」
「カバヤキ……? 肉か? ならば私が持とう」
エドが巨大ナマズを軽々と担ぎ上げる。
泥だらけの探索は終わった。
手に入れたのは、日本人の心「お米」と、極上の白身魚。
今夜、ログハウスの食卓に革命が起きる。




