21.南の国の呪いの姫と宝石と人助け⑮
リリアンの、祈りにも似た願い。それを聞いたアルベルトは僅かに眉を寄せる。
「……リリアンがそこまで言うなら仕方がない」
そう言うなり、空いた片手に魔力が集中する。それがリリアンの目の前で風魔法となって発現した。
「きゃあ!」
スターシャを中心とし、取り囲むように強風が吹き荒れる。驚いたスターシャが声を上げるが、ごう、と床から噴き上げる風はあっという間に収まった。
身体に何の異変も感じないのを不審がるスターシャだったが、すぐにそれが攻撃ではないのに気付いた。胸元を飾っていた首飾りが、突風に抜き取られていたのだ。首飾りを運ぶ風は、アルベルトの手の中にそれを落とす。
「返して!」
「あの娘が呪術を使えた原因はこれだ」
「これが?」
リリアンは覗き込む。大きな石のついた、年代物の首飾りだ。
近くに居た王妃が、それが何なのかを教えてくれた。
「代々受け継いできた品ですわ。ヘレナのブローチと対になっていて、二人の成長を祝って渡したのです」
「なんだか、禍々しい気配がします」
「……そんなはずは」
リリアンの言葉を否定したが、王妃にもはっきりと感じ取れる。虹色に輝いていたはずの宝石は、澱んだ魔力でいっぱいになっていた。
どうしてこれまで、この魔力を感じなかったのだろう。これは、この魔力は、スターシャの心の表れだ。こんなにも澱んでしまう程、スターシャは感情を溜め込んでしまっていた。
「どうやら呪術師としての才覚があるようだな。そのせいで石を呪物へ変えてしまったんだろう」
「そんな……!」
しかも悪い事に、誰もが想像していなかった才能が事態を悪化させてしまったらしい。魔法を使う為の触媒、それそのものが呪物となったのなら、スターシャ自身も呪われている可能性が高い。
いや、実際そうなのだろう。ヘレナを呪い、それが発覚しないように幻術を使っていて、あんなにやつれているというのに動けている。呪いによって無理矢理身体を動かされていると言った方がしっくりくる。
「……なによ。なんなのよ。どうしてこう、うまくいかないの」
「スターシャ」
「父上もうすのろヘレナも。みんないなくなってしまえばいいんだわ!」
スターシャの叫びに首飾りが反応する。アルベルトの手の中にある石が禍々しく光った。
彼女はよっぽど才能に満ち溢れているのだろう。普通、触媒とする魔石や杖は、手元から離すと効果を発揮しない。魔力が高いか触媒が強力か。あるいは、それだけ強い思いが込められているのか。
おそらくは、そのどれもなのだろう。激昂しているというのに、スターシャは泣き叫んでいるようだった。
「スターシャ様、落ち着いてください。きっと何か誤解があるんだわ」
堪らずリリアンは言う。
スターシャに対しては普段通りの姿が見えるよう、幻術が掛けられていた。だから本来どうなのか不明瞭ではあるが、ヒースも王妃も、それから兄達も、スターシャを疎んでいるはずがないと思う。
リリアンの知る王族は、伯父夫妻が主だ。そしてリリアンは、伯父達が王族としてというよりも、家族としてよく纏まっているのだと良く知っている。家族として纏まっているから、王族として振る舞っても、一家の結束が揺らぐ事はない。
エル=イラーフ王国の王家も故郷で見るものとほとんど変わらなかった。自身に求められているものが何か理解しているから、互いに行動を支えられる。
推測でしかないが、ヘレナがスターシャを憎んでいるとは思えなかった。ヘレナはこの場で一度も姉を糾弾していないのだ。
「こんな方法を取らずとも、ヘレナ様もヒース陛下もお話を聞いて下さいます。何よりスターシャ様の身体が持ちません。心を鎮め、魔力を抑えて」
「黙りなさい!」
懸命に訴えるリリアンを一喝し、スターシャはぎりりと奥歯を噛む。
そう言うリリアンの前にはアルベルトとレイナードが居て、更に隣にはクラベル、マクスウェルが控えていた。それでどれ程リリアンが思われているか分かるというものだ。
今はただそれだけがスターシャの感情を揺さぶる。
「なによ、父親に、家族に守られて。あなたに案じられる筋合いはないわ!」
そんな中、アルベルトはうっすらと笑みを浮かべていた。
いつになく穏やかに見えるが、実のところ、リリアンの言葉を遮ったスターシャにキレかかっているのだ。
整った顔立ちに微笑みを履き、オーロラを背景にする姿は無駄に美しい。まだ光の粒子が漂っているせいで幻想的になっているのも良くなかった。こんな状況だが、王妃が息を呑んで頬を赤くする。ヒースも、それからヘレナ達の兄二人も言葉を失っていた。同性から見ても惹きつけられる魅力があったのだ。
「ぐっ……」
幸いにも(?)、アルベルトの微笑はスターシャにも効果があった。怒りで真っ赤になっていた顔は、今度は別の感情で赤くなる。ぎゅっと口を結んでいるのはそんな場合ではないからだろうが、平常であればぽかんと惚けているだろう。
「すごいな叔父上。顔で黙らせたぞ」
「父上の特技なんだ」
「すごくどうでもいい情報だな」
思わずマクスウェルは関心してしまった。が、直後にどうでもいい情報を吹き込まれる。感動が薄れた。
マクスウェルが関心するほどの美貌を活かした微笑みを湛えたまま、アルベルトは吐き捨てる。
「リリアンに対して無礼な小娘だな。死にたいのか」
「お父様」
が、あまりに直接的な言葉だったせいか、リリアンが父親を呼んだ。その声には窘める音が存分に乗せられており、表情も固い。
リリアンにそんな顔をさせるとは、と一層アルベルトが機嫌を悪くしたところで、スターシャの叫び声が響いた。
「わたくしに呪いを撒き散らせ、と言ったのはあなたでしょう!」
はあ、とアルベルトは息を吐く。
「私は才能がある、としか言っていないが。おい、首飾りの石を砕くぞ。これを砕くのが一番手っ取り早い」
術者に止める気が無いのなら、触媒を使えなくした方が的確だ。面倒になったアルベルトがそう言えば、ヒースがわかり易く動揺した。
「そ、それはちょっと……ヘレナの持ってるブローチと一対になってるんだ。だからそれ砕いちゃうと、ヘレナの石もダメになる可能性が」
「あなた、そんな事を言っている場合ではないわ。二人の身の安全の方がずっと大事よ!」
王妃がヒースの腕に縋りついて訴えていた。ゆったりとした服の袖を両手で握って引っ張っている。そんな妻を、だが、と振り払えないでいるヒースは迷っているようにも見えた。
「あれは砕いていいものじゃない」
「ですが」
その直後、だめよ、と声が上がった。ヘレナだ。
「これはお祖母様の……お母様が、お祖母様から受け継いだものでしょう! なのに」
「そうだけれど、あなた達二人とは比べるべくもありません。触媒など新たに探せば良いのですから」
「お母様……」
「ヴァーミリオン公、お願いします」
振り返った王妃は施政者の顔をしていた。さっきまでの名残りか、少し顔が赤い気がするが、まあどうでもいい。ならばと握る手に力を込めたアルベルトに、ヒースがストップをかけた。
「ちょ、ちょっと待った!」
「なんなんだ」
「いやすまん、でも待ってくれ。まだ方法はある!」
ヒースはぐっと拳を握り締め力説する。
「呪物はなにも呪いだけじゃない。まじないに使う触媒だって、元を辿ればどちらも同じ魔石なんだ」
「……!」
「で、では」
「ああ。スターシャ次第では、これも別物にできる!」
びしっ、とアルベルトの右手を指差すヒース。禍々しい魔力を湛えた石は、確かに彼の言った通り、本来であればただの触媒でしかない。そこに加える魔力の質、それこそが触媒の方向性を決める。なので、ヒースの指摘は正しい。
新たな可能性に、ヘレナと王妃は希望を感じたらしい。ぱあ、と表情が明るくなる。
が、そんな家族をスターシャは嘲笑する。
「やると思うの? わたくしの心には憎しみしかないわ」
「そんな……スターシャ。オレ達にとってはヘレナもお前も、等しく愛しい娘なのに」
「そんな戯れ言、信じるとでも?」
「スターシャ……!」
「近寄らないで!」
スターシャは激しく拒絶の意思を示した。
そりゃそうだ。この程度の説得で大人しくなるなら、そもそもこんな騒ぎを起こすはずがない。アルベルトは目の前の茶番に、リリアンを連れて宿に戻りたい衝動に駆られる。
そんな中、バチン、と激しい音があちこちから聞こえ出した。同時に火花のような閃光が起きる。王女の感情に合わせたように魔力が爆ぜているのだ。
これはあまり良くない兆候だ。このまま暴走が続けば、魔力回路に負荷がかかってしまう。自棄になって魔力を暴走させては、寝込んでいたヘレナよりも酷い状態になるだろう。
すぐに止めないといけなかったが、スターシャの周りで頻繁に爆発が起きているせいで近付けない。特にヒースやヘレナが近付こうとすると激しさが増した。
「くっ、なんて激しい反抗期だ!」
その様子をヒースがそう表したのだが、マクスウェルはひくりと口の端を引き攣らせる。
「ヒース陛下、そうかもしれないが、今それを言ったら」
「反抗期なんかじゃないわ!!!」
「言わんこっちゃねー!」
まずい事に、ヒースの言葉はばっちりとスターシャの耳に届いてしまっていたようだ。くわっと目を見開いたスターシャの感情に呼応して、爆発が加速する。あちこちでバチバチと魔力が弾けた。
ヒースや王妃がなんとか宥めようとするが、どの言葉もスターシャには届かない。マクスウェルも参戦したものの、無視されてしまった。ヘレナやリリアンは逆効果になってしまうからと口を噤んでいたが、レイナードが庇うようにしているのが気に入らないらしく、スターシャはキーキー喚いている。
そんな中でただ一人、アルベルトは衝撃を受けていた。
「反抗期? これが……!?」
雷に打たれたように全身が硬直する。初めての感覚に、アルベルトは瞠目していた。
反抗期。それは、日常生活でも耳にする機会の多い言葉である。特に年頃の子供を持つ親であれば尚更だ。避けて通れない、必要な通過点として立ちはだかるという。
だからもちろんアルベルトだって概要は知っていた。だが、それがこんなに激しいものであるとは。
反抗期と一口に言っても、個人差がかなりある。時期はもちろん、どの程度のものなのかも。レイナードの時はどうだったか、アルベルトははっきり覚えていない。いや、そもそもあったのか、と今では思う。どう始まりどう終わったのかさっぱりだった。
リリアンは十四歳、反抗期に入ってもおかしくない。だから、いつ来てもいいようにと心構えをしていたつもりだが、こういう激しさは想定していなかった。
(いや、しかし……リリアンの魔力は宮廷魔術師以上。感情が制御できず、こういった暴走を招く危険もあるではないか!)
自分の考えが不十分であったのをアルベルトは恥じた。なにが完璧な父親か、そもそも自分はこの事態を想像していなかったと言うのに!
(だが……私であれば対処できる。全力で受け止めてみせる……!)
魔力と魔法に関する事であればどうにか出来る自負がある。アルベルトは〝夜明けの女神のドレス〟の発動を止め、集中して体内に魔力を巡らせた。
魔力暴走は、感情によって魔力の放出を抑えられない場合に起きるケースがほとんどだ。止めるには感情を抑えるか魔力を抑えるかだが、感情を抑えても魔力の放出が止められない事が多い。反対に、魔力の放出を止めても感情の方がついて来ず、再び暴走してしまう事が多かった。
なので、一番手っ取り早いのは気絶させる事だったりする。
「おわ、ちょ、叔父上、何する気だ!?」
が、そんな手荒な真似をリリアンに対して出来るはずがない。アルベルトは別の方法を取る事にした。
騒がしい音を意識から排除し、全力でリリアンの姿を思い浮かべる。
白いエル=イラーフ王国風のドレスを纏ったリリアン、初めてオーロラを見て感激するリリアン。それから、ヘレナの私室で見た女神のようなリリアン。ああそうだ、そう言えば、我が儘王女を説き伏せアルベルトを庇ってもくれたっけ。
どの瞬間のリリアンも非常に気高く美しい。アルベルトの心は神々しいリリアンで満たされていく。
それと同時に魔力を練り、丁度いい頃合いでスターシャへ向けて放った。魔力に乗せたのは、美しいリリアンを思い返してハッピーなアルベルトの気分。
つまり、スターシャの魔力に、嬉しいという感情を乗せた同量の魔力をぶつけたのだ。
目論見通り、アルベルトのご機嫌な魔力はスターシャの魔力を吹き消してしまう。
「きゃあっ!」
その余波で、スターシャの身体は後ろへ飛ばされてしまった。仰向けに倒れるが、すんでの所で彼女の兄達が床との間に体を滑り込ませて庇った。
目を閉じるスターシャからはもう、異様な魔力は感じない。外傷も無いのを確認したヒースは、長い息を吐いた。
「ありがとう、アルベルト。助かったよ」
「礼ならリリアンに言え」
「え、なんで?」
ヒースはそう返したが、なんでもこうもないと腕を組むアルベルトは真剣そのものだ。訳がわからないヒースは首を傾げる。
そこへ、本日の功労者がアルベルトの元へとやって来る。リリアンだ。
「お父様、魔法を使われたようですけれど、お加減は大丈夫?」
もちろん、とアルベルトは頷く。
「なんの問題もない。お前の時はもっとうまくやるからな」
「えっ? ええっと、はい……?」
こんな事態を起こす予定の無いリリアンは首を傾げたが、真剣な面持ちの父親の姿に頷いた。更に頷き返すアルベルトに、ますます何のことか分からなくて、リリアンの頭を疑問符が埋め尽くす。
そんな家族の姿を見て、レイナードはピンと来た。
(まさか父上、リリーの反抗期がああなるとでも思ってるのか……?)
介抱されるスターシャを見るアルベルトは、本当に珍しく真面目な顔をしている。いつもであれば、もう用済みだと言わんばかりに意識の外に存在を放り出すというのに。きっとあれは予後がどうなのか観察しているのだろう。理論上では魔力の相殺というのは可能だが、実際にはなかなか上手くいかないものだ。どの道失神するなら物理的にやった方が早いし、確実だから。
スターシャは余波で後ろに倒れてしまった。兄達が助けに行っていなかったら、確実に頭を打っていただろう。対策としては不十分だったと、アルベルトはそう判断しているのだ。
気の遠くなる思いをしていると、クラベルが小さく呟く。
「ねえレイ、あれって……」
「ああ、多分そうだと思う」
レイナードが頷けば、だよなあ、とマクスウェルも溢す。
「大変だなぁ、リリアンも……」
三人は同時に溜め息を吐いた。
◆◆◆
後日、目を覚ましたスターシャはすっきりした顔付きで、毒気もすっかり抜けていた。ベッドの上ではあったが、見舞いに訪れたマクスウェル達にきっちりと謝罪をした。
パーティーで貴族令息に決闘を申し込まれたのも、スターシャの仕込みだったらしい。そこでもしもレイナードが負ければ、騒ぎの責任を取って婚約者の入れ替えがあるかも、と思ったそうだ。正気に戻ったらどれだけ浅慮だったかと、スターシャは赤面していた。反省もしているようだし、妙な事態になっていないからと、レイナードは彼女の謝罪を受け入れた。
その後、別室でどうして彼女がこんな真似をしたのかの説明を受ける。
調べてみて分かったのが、スターシャの婚約者であった令息が原因だった。彼は事あるごとに、彼女に厳しく当たっていたそうだ。
スターシャとヘレナは王族らしい美しさを持っていたが、彼女達の姉と比べると華やかさに欠ける。ヘレナの場合は持ち前の明るさがそれを補っていたのだが、王女としての誇りから自らを律する事の多かったスターシャにはそれがない。それを令息はなじったのだ。
凛と顔を上げるスターシャは聡明そうに見える。けれども、そんな彼女を小賢しいとまで言っていたそうだ。ヘレナの婚約者であるルカリスは、そんな令息からスターシャを庇っていたのだという。
それを知ったヒースは、即座にスターシャの婚約を白紙に戻した。同時に元婚約者は、生涯王宮への立ち入りを禁じられた。今後どれだけ手柄を立てようと、役付きにはなれない事になる。二度と王宮に入れなくなった令息の処分は家門に任せたそうだが、おそらく僻地へと追いやられることだろう。
ルカリスとは、これから話し合いをするつもりだとヒースは言う。ヘレナとの婚約を継続するかどうかも、そこに含まれるだろう。
それを聞いたスターシャは、自由な振る舞いをするヘレナが羨ましかったのだと語った。そして自分を庇ってくれたルカリスが、妹の婚約者であるのを悩んだ。親しくすればいいものを、ヘレナは彼とはろくに話そうともしない。段々とそれが許せなくなったのだとも。
スターシャは、本当にヘレナを害するつもりは無かった。しかし不運にも、王女として与えられた首飾りを肌身離さず持っていたことが事態を変えてしまった。スターシャの苦しみ、妬みで魔力が歪み、呪術として発動したのだ。スターシャの苦しみが呪いとなってヘレナの魔力回路を歪ませ、彼女と、それから自分自身が苦しむ姿を見られたくないという思いが、周囲の人間の認識を歪ませた。
「すまなかった、スターシャ。信頼出来る家臣の息子だからと思って、安心していた。……それにお前はとても聞き分けが良かったから。我慢しているだなんて思っていなかったんだな」
「…………」
「俺のミスだ。今後はもうこんな事にならないよう、ちゃんと話そうな。もう我慢はなしだ、何でも言ってくれ」
ヒースがスターシャの手を取る。
そんな父の姿を、スターシャはぼんやり眺めていた。
「……父上達に、呪術をかけていたわたくしを、許すのですか」
「当然だ。スターシャの父親だもの、俺は」
スターシャの瞳からぽろぽろと雫が溢れた。そっとそれを拭うヒースの手は大きく——温かい。
雫が落ちたのを皮切りに、スターシャは声を上げて泣き出した。王妃が、そして兄達がその背を撫でる。それでより一層、スターシャの涙は止まらなくなった。
そんな姉に、ヘレナは長く息を吐いた。
「スターシャも馬鹿ね」
「……ヘレナに言われたくない」
「そうでしょうとも。だってあんたはあたしよりずっと賢いじゃない。なのにこんな事して。馬鹿じゃないの」
「ヘレナに言われたくないって言ったでしょう!」
分かってるって、とヘレナは組んでいた腕を解いた。そしてビシッと、自身の片割れを指差してやる。
「そんな馬鹿な真似しなくったって、他にやりようはあったでしょ。あたしより賢いんだから、絶対に思い付いたはずよ。なのに」
「…………」
「馬鹿。死にそうになってるのはあんたじゃない……」
「……どうしてヘレナが泣くのよ」
「分かってるくせに、そういう事、言わなくていいのよ!」
そうしてヘレナの涙も止まらなくなった。
家族全員、そうなったのは一家の秘密だ。だから内緒にしてね、と言われたリリアンは、そっと微笑んだ。
スターシャは、ヒースの助言で呪術師に師事することにしたそうだ。ちゃんと魔力と感情を制御して、もうこんな間違いが起きないように、と。
それを聞いたヘレナが「真面目過ぎでしょ!」と言ったので、そこでまた言い合いになったらしい。が、すぐに兄が仲裁に入り、その場で仲直りしたのだと、嬉しそうにヘレナは語った。
「リリアンお姉様のお陰だわ! 本当に、ありがとう」
「わたくしは、なにもしておりませんわ」
「ううん。お姉様にお会いできてなかったら、あたし、スターシャと仲違いしたままだったと思うの。だから」
「まあ。それは、ヘレナ様がスターシャ様と分かり合いたい、と思って行動したからですわ。わたくしではなく、ヘレナ様の成果です」
「そうかしら?」
「ええ。絶対、そうです」
ヘレナはリリアンの言葉に、くすぐったそうに笑った。
リリアンはそんなヘレナの様子ににこにこと笑みを浮かべている。リリアンがそうであるので、アルベルトもご機嫌だ。花が咲くような笑顔でいるので、王妃が顔を赤くして視線を彷徨わせている。
「女神様って本当に居るんだなぁ」
うんうん、と頷くヒースの横で、マクスウェルは笑みを浮かべる。
エル=イラーフ。その土地の名は、古語で「神々の地」あるいは「神のもの」という意味だ。
そんな国の長たるこの人が、そんな事を言っていいのだろうか。マクスウェルはそんなふうに思った。




