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21.南の国の呪いの姫と宝石と人助け⑭


「ヘレナ様!!」


 リリアンは叫んでヘレナへと駆け寄る。

 決闘騒ぎが終わり、兄を注意しているとなんだか妙な気配があって、それがスターシャの方からだと気付いたリリアンは彼女を注視していた。すると、急にヘレナが胸を抑えて倒れた。

 倒れたヘレナからは禍々しいものを感じる。それが彼女を襲っているようだ。だが、どういう事なのだろう。禍々しいものはスターシャが纏う魔力と酷似している。

 倒れたヘレナの顔からは、血の気が一切感じられない。


「ヘレナ様。……ヘレナ様!」


 何度呼びかけてもぴくりともしない。瞼も硬く閉じられていて、まるで初めてベッドで会った時のようだった。

 妙な点は他にもある。ヘレナが突然倒れたというのに、彼女の家族がまったく反応しないのだ。どうかしましたか、という王妃の声は気遣う色を含んでいたが、それはリリアンに対してであって、娘に向けられたものではない。

 訝しむレイナードやクラベルが駆け付けてくれるが、彼らに何か手立てがあるわけでもない。眉を寄せ、痛ましげにするばかり。

 クラベルに宥められながらヘレナを呼んでいると、アルベルトがやって来て反対側に膝をついた。


「お父様」

「安心しなさい、大丈夫だから」


 そう言う父親の微笑みは普段通りのものだ。リリアンは肩の力が抜けるのを実感した。

 アルベルトは一時じっとヘレナを見ると、会場の端に控えていたベンジャミンを呼んだ。


「え、お父様、それは」


 ベンジャミンは、シルヴィアが運んで来た椅子に手の中の物を置くと、するりと被せてあった布を剥いだ。

 そうして現れた物にリリアンは目を丸くする。どうしてこれが、と詳しく訊ねる前に、アルベルトがそれに魔力を注いでしまう。

 直後、頭上に現れたのは、王宮へ初めて入った日に見たオーロラだ。緑色の光の帯はこんな時でも溜め息が漏れそうになるくらい美しい。が、これを発生させられるのはエル=イラーフ王国の国宝、〝夜明けの女神のドレス〟のはず——それは今なぜか、椅子の上に鎮座している。

 どういう事かしら、とリリアンはまじまじとそれを見ているのだが、どう解釈したのか、目が合ったアルベルトはにこやかに笑っている。そんな場合ではないのだけれど。

 国宝を持ち出していいのか、いや、そもそもどうやって持ち出したのか。ぐるぐると考えるリリアンの視界にちらりと何かが輝くものが入る。オーロラとは別の光だ。小さなダイアモンドの欠片が降り注いでいるかのような輝きは、先日はなかった。

 きらきら輝く光の粒子には魔力を感じる。目で追うと、落ちた先でちらりと光って消えていった。気のせいかもしれないが、消える瞬間、一際輝きが増しているようだ、とリリアンは思った。その様子は綺麗だったが、今こんなものを出して何になるのだろうか。

 リリアンが首を傾げていると、それまで妙に静かだった周囲から、ほう、と感嘆の声が聞こえてきた。それと同時に戸惑いの声も上がっている。

 顔を上げたリリアンは、ヒースが額を押さえ、頭を振っているのを見た。


「あれ……? なんで……」


 ヒースはきょろきょろと周囲を見回している。そしてようやく倒れているヘレナに気付いたようで、悲鳴に近い声で叫ぶ。


「へ、ヘレナ!?」


 その声に王妃達がはっとしてこちらを向く。彼女達はヒースと同じ様にヘレナを呼ぶと、末姫へと駆け寄った。が、いくら家族が声を掛けても、やはりヘレナは目覚めない。

 その内に、周辺の貴族達の様子も変わっていった。彼らもヘレナが倒れたのに気付いていないようだったのに、今は遠巻きに見守っている素振りを見せている。

 その段になって、ようやくヒースはスターシャの様子に気が付いたようだ。彼女の顔色に驚いていた。


「ス、スターシャまで……! 大丈夫か? 何があった? どうしてこんな……っていうかなんでオーロラ? え、あれ? どういう状況?」

「今のうちに観衆を追い出しておけ」

「あ、うん。……っておい、それ〝夜明けの女神のドレス〟じゃんか! どうしてここにあるんだよ!」

「いいから急げ。王女が何をするか分からん」

「……くそ、後で話聞かせろよ、アルベルト」


 ヒースはそれだけ言うと、ひとまず招待客を広間から避難させるよう騎士達に指示を出した。王妃と王太子も率先している為か、大人しく従う者が大半だった。中には興味本意で覗き込む者もいたが仕方がないだろう。こんな場でこれだけの騒ぎは、どうしたって醜聞になる。

 けれどもそれはアルベルトには無関係の事なので、王家がどう評価されたってどうでもいい。とにかく今はリリアンが悲しそうにしているのでヘレナの治療をする事にした。先日のように集中して、アルベルトは魔力を操る。

 この間とは違い、短時間で害された為か、ヘレナの魔力回路はそこまで複雑な絡み方をしていなかった。治療はすぐに終わり、ヘレナは瞬く間に元の血色を取り戻す。


「う……」

「ヘレナ様、大丈夫ですか」

「え、ええ。リリアンお姉様」


 覗き込むリリアンに瞬いたヘレナは、どうして自分が倒れているのか理解していない様子だ。


「あたし、どうなってたの……?」

「胸を押さえて、急に倒れてしまわれたのです」

「……そう言えば、スターシャから嫌な気配がしたと思ったら、急に息苦しくなって……」


 ヘレナはそこから先は覚えていないと言った。当然だろう、その直後に彼女は倒れたから。

 しかし、あまりにも突然の出来事だった。リリアンが今もヘレナを気遣っているのはそのせいだ。不可解なままでは落ち着かないだろうと、アルベルトは何が起きていたのかを教えてやることにした。


「魔力回路に異常が出ていた。この間までの症状と同じだ」

「また治してくれたって事? あ、ありがとう……ございます」

「リリアンの友人とあらば助けないわけにはいかない。例え口喧しい小娘であろうとな」

「すごいわ。顔の綺麗な人が心の底から不本意だと、虫みたいな顔になるのね」

「それだけ憎まれ口が叩ければ問題無かろう」


 口が聞けるようになった途端これだ。殊勝にも感謝したかと思えば、直後に褒めてるようにけなす。まったくもって喧しいとアルベルトはヘレナを睨み付ける。

 そのやり取りに、リリアンがほっと胸を撫で下ろしていた。「良かったわ」という安堵の囁きをアルベルトは聞き逃していなかった。表情も柔らかくなったリリアンに、本当に良かった、と一安心したのはアルベルトの方だ。リリアンの悲痛な声は心臓に良くない。

 とにかくこれでもう用は済んだな、と国宝を戻す算段に入った時、つかつかとヒースが歩み寄って来た。


「アルベルト、これは一体どういうことだ?」


 ヒースは眉間に皺を寄せている。説明するのは面倒だったが、話すまで帰らせて貰えそうにない空気なのはアルベルトにも分かった。仕方なく説明してやる事にする。


「今しがた小娘が倒れた。症状は先日までの魔力回路の不備と同様。それを起こしていた魔力と今の魔力——そっちの王女の魔力とが同じものだった。決定だな」

「スターシャが、ヘレナをあんな風にしていたって言うのか……? っていうかだから、国宝!」

「悠長に話している場合ではない」

「いや、そうなんだけどさぁ!」


 なんでどうして、と喚くヒースをアルベルトは一瞥した。なんで、と言われても、必要だから、としか言い様がない。

 ヘレナの治療をしていたアルベルトは、彼女のこんがらがった魔力回路が何者かの魔力の干渉によって絡まっていた痕跡を見付けた。その干渉している魔力、というのは、王宮に入ってからすぐに感知したものと同じものだった。王宮全体を覆っていた魔力が、第三王女を害していたのだ。

 王宮に蔓延していた為にその魔力の出所は曖昧だったが、これだけの広範囲ともなれば候補は絞られてくる。王宮内に術者が居るだろうなとあたりをつけたのだが、術を解除するには、術者を止めるか、より強い魔力で上書きしてしまうしかない。気配はそこかしこにあり、一人一人を確認していくのは面倒だ。

 そう思い至ったアルベルトは、治療を中断し、休憩すると言ってヘレナの私室から出ると広間へ向かった。そこで国宝の保管用機具の構造を覗かせて貰ったのだ。鍵さえあれば解除出来るという、簡素な封印には呆れたが、ならばと鍵を借りた。鍵を管理しているのは王太子で、真面目な彼は初めは渋ったが「王から許可は得ている」と言えば眉を寄せながらも差し出してくれた。

 ヒースの許可はもちろん取っていない。必要だったから仕方ないのだとゴリ押しするつもりだった。

 そう、この〝夜明けの女神のドレス〟は、この場では非常に効果的なのだ。何しろ広範囲に魔力を広げ、注ぐ事が出来る。呪いを振り撒く魔力を上書きするのに最適であった。

 オーロラから降り注ぐ光の粒子こそ、国宝を触媒にした解呪のまじない。これが会場内に満ちたスターシャの魔力を相殺していった。そうしてようやく、ヒース達に掛けられていた幻術が打ち破られたというわけだ。

 もしやに備え、パーティーが始まる前に持ち出しておいて良かったと、アルベルトは心の底から思っている。なぜならば完璧に着飾ったリリアンをオーロラで照らせたからだ。

 幻術を相殺する為に込めた魔力が、国宝を触媒にしたからかいい感じの光の粒になった。それがきらきらと舞い降り、リリアンに降り注ぐ。不思議そうに見上げるリリアンの瞳にその魔力が映り込んで、ただでさえ眩しいのに輝きが増すのだ。あまりに美しいので表情が緩むのを抑えられなかったくらいだった。

 思い返すアルベルトのにやけた表情とは違い、ヒースはスターシャのあり様に顔を歪ませる。対峙する娘の姿はやつれきっていて痛ましい。


「アルベルトの——こいつの言った事は本当か、スターシャ」

「ええ、事実です」


 返ってきた言葉にヒースは息を呑む。そう答える姿は、平時となにも変わらない、いつものスターシャのもの。ただその回答をはっきりと返すのはおかしいだろうに。

 どうしてそんな事を、という声が後ろから上がった。二人の息子のうち下の子の声だ。ヘレナとスターシャより五つ年上の息子は、双子の妹を分け隔てなく可愛がっていた。驚愕するもの無理はない。

 王妃も兄達も、皆痛ましいものを見る目をスターシャへ向けている。


「どうしてそんな事をしたんだ」

「わたくしはただ、ヘレナに分からせようとしただけよ。ルカリスに相応しいのはわたくしの方だ、って。だってそうでしょう。ヘレナってば、ろくに作法も学ばないのだもの、ちっとも王女らしくなくて」

「それで……?」

「ええそうです。ヘレナが居なくなれば、その代わりにわたくしがルカリスと婚約を結べるもの」


 言い切るスターシャはにこりと微笑む。隈がくっきりと浮かんだ笑顔からは狂気のようなものを感じた。

 無論、ヘレナにもしもがあって婚約が解消される事になっても、スターシャの言う通りにはならない。スターシャにはちゃんとスターシャの婚約者がいる。そうなる場合もあるが、可能性は低いと言えた。無理に相手をすげ変える必要が無いのだ。

 スターシャだってそんな事は理解しているはずだ。それなのにどうしてこんな馬鹿げた真似をするのか。ヒースは考えるが、どうにも理由が分からなかった。

 そんな中で「そうだったの」と小さく呟く声があった。ヘレナだ。


「それでルカはあんたと一緒にいたのね」


 どこか諦めたようなヘレナの態度に、スターシャがつんと顎を上向ける。


「そうよ。彼に相応しいのはわたくしだから」

「でも今は? ルカはどこに居るの?」

「もう居ないわ。わたくしが追い出したから」

「……追い出した?」

「ええそう。いくら言ってもヘレナの元へ帰してくれって、そればっかり。しつこいったら」

「だから追い出したっていうの?」

「……そうよ、うすのろヘレナ。そう言ったでしょう」


 険のある視線をヘレナに向けるスターシャは、珊瑚色の唇で語る。

 ヘレナの婚約者であるルカリスは、確かにスターシャと居る事が多かった。それはスターシャがそうなるよう立ち回っていたからで、彼自身はヘレナの元へ戻りたがっていたのだという。特に年明けのパーティー以降は頻繁に訴えるようになったようだ。

 ただ、それをスターシャが許さなかった。見舞いへ行くのも禁止すると、今度は反発するようになった。


「だからもういいわって言ったの。そうしたら、父上に報告するっていうから」

「……ルカリスが余計な事を言わないようにヘレナを弱らせたのか」


 ヒースがそう言えば、スターシャはにこりと笑みを浮かべる。


「そうよ。ヘレナがどうなってもいいのかって言ったら、簡単だったわ」

「なんてことを……ヘレナは死にかけたんだぞ」

「だって、黙っていて貰わないと、わたくしが叱られるでしょう?」


 何を当たり前の事を、と言わんばかりにスターシャは小首を傾げる。

 その仕草といい、表情といい、いつものスターシャと何も変わらない。それがかえって不気味だった。

 そんなスターシャは父親から視線を外す。ぎらりと光る目が捉えるのはリリアンの隣、レイナードだ。これまでの態度からそうだろうなとは思ったが、やはり彼女の関心はレイナードにあるようだ。

 表情をうっとりとしたものに変え、スターシャは語る。


「でも、ルカリスよりももっといい人がいたわ。レイナード様、わたくしの本当の宝物……! だから不要だと思ったの。それにヘレナだって元気になったのだから、いいじゃない」

「なんて言い草なの……!」


 ヘレナは怒りに拳を震わせるが、それを聞いたレイナードもクラベルもマクスウェルも、揃って頬を引き攣らせる。


「モテる男は辛いわね、レイ」

「全然嬉しくない」

「クラベル嬢、他人事みたいに言うんだな」

「だってレイだし。珍しいとも思わないわ」


 周囲にはオーロラ。スターシャからは変わらず禍々しい魔力が迸っていて、空っぽになった会場はなかなか混沌としている。あまりゆったり話すような状況でも無いが、三人は慌てなかった。スターシャを刺激しない為だ。もっとも、今の会話がスターシャの耳に入ったらどうなるか分からないが。

 そもそも部外者なので口出し出来ない。大人しくしているしかない三人の前で、ヒースが声を震わせた。


「スターシャ、ヘレナに謝るんだ。それからルカリスにも」

「なぜ?」


 だが、スターシャは首を傾げるばかり。まったく響いた様子がない。


「なぜ? いつものお前なら、そんな風に聞き返したりしないのに……どうしちゃったんだスターシャ。ヘレナとルカリスを傷付けたんだぞ。それをやったのがお前だって言うんなら、謝らなくちゃ」


 ヒースはそう説得したのだが、返ってそれがスターシャの神経を逆撫でる結果となってしまった。


「……父上はいつもそう。ヘレナヘレナって、そればっかり。粗雑なヘレナなんかより、王女らしいわたくしの方が、ずっと立派なのに!」


 叫んだスターシャから更に魔力が立ち上る。大いに感情が乗せられた魔力は禍々しさに拒絶の意思を加え、ヒースの言葉を拒む。聞く耳を持たないぞ、と全身全霊で言っているようだ。


「なんて身勝手な王女だ。もう少し周囲というものを見た方がいいんじゃないか」

「父上が言いますか」

「は? 私はリリアンの為に行動しているだけだが?」


 父親の言葉を聞かないとは、とアルベルトは鼻を鳴らすがレイナードからはよく分からない言葉が返ってくる。本心をそのまま言えば、息子は呆れた顔になった。なぜだ。


「スターシャ、もうやめるんだ」

「やめる、とは? なぜそんな必要が?」

「スターシャ……!」


 目の前では父娘が睨み合いを続けている。母親は口を出さずにいるが、組んだ手が白くなっていた。

 会場に残るのは国王一家とアルベルト達の他には、近衛らしき騎士とごく少数の従者。

 彼らは何が起きていたのかを察しているようだったが、誰もが驚きを隠せていない。無理もないだろう、王家の娘が家族を呪っていたなど、想定していても想像したくないだろうから。

 スターシャの幻術と呪いは解除したが、話し合いという名の睨み合いは平行線のままだ。まだ時間がかかるかも知れないし、そもそもこの場では解決しないかも知れない。

 が、そんな親子事情はこの男には関係がない。


「用は済んだな。帰ろうかリリアン」

「えっ」


 アルベルトはリリアンの背中に手を添えると、笑顔で促す。リリアンは突然の事に「でも」とヘレナとアルベルトとを見比べている。リリアンの意識を半分奪っている小娘にアルベルトがむっとしていると、声が聞こえたらしいヒースが振り返った。


「こ、こんな中で正気かアルベルト!?」

「我々は無関係だからな」

「うっ、それもそうか〜!」


 ヒースは真剣なのだが、口調が妙に軽い。そのせいで緊迫感が薄れてしまう。

 脱力しそうになるのを堪え、リリアンは父親を見上げた。


「お父様、グレンリヒト陛下が仰っていたではありませんか。困っていることがあるようだから、助けてあげて欲しい、と」

「だがリリアン、ここは危ない。こんなところにお前を置いておくわけにはいかない」


 リリアンが訴えてもアルベルトは頷かない。キリッと引き締めた表情はなかなかお目に掛かれないものだ。

 こうなると厄介だった。けれども、今回ばかりはリリアンも引くわけにはいかない。

 ヘレナは黙ってスターシャを見ている。その目は、非難するものではなかった。憐れみでも同情でもない。ただ助けたいという、近しい人物相手なら誰だって思う、当然のもの。


「ですが、このままではヘレナ様も、スターシャ様も危険です。わたくし、友人とその姉君が苦しんでいるのを見過ごすなんて、できないわ」


 助けたいという気持ちはリリアンも一緒だ。だからどれだけヘレナが飛び出そうとする衝動を我慢しているか、リリアンにも分かった。そうは思うが助ける術が無い。それで無計画に向かう程、ヘレナは無鉄砲ではないのだ。

 だが、このままでは我慢の限界を超えるだろう。そうなればどうなるか分からない。だからこのままの状態だと、自分も何をするか分かりませんよ、とリリアンはアルベルトに伝えた。


「お父様、お願いします。お二人を助けてあげて」


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