21.南の国の呪いの姫と宝石と人助け⑬
「あわわ。どうしよ〜」
突然の展開と、闘志を漲らせるレイナードとに、ヒースはおろおろと視線を彷徨わせている。
「もしかしていい家の後継ですか、彼らは」
このまま決闘になると責任問題となってしまうのかと思ってみたが、それに対するヒースの回答はなんともあっさりしていた。
「ううん。宮殿に傷が付いたらどうしよう、って」
「……レイはそんな不器用ではないですよ」
建物かよ、と思わず口に出てしまうところだったが、そちらの方が大切だと思えるくらいには、令息達の出自は大したものではなさそうだ。国際問題にはならなそうで、その点では安心する。
庭へ出たレイナード達は、そこで睨み合っていた。場所が場所だけに招待客が集まってしまうのは仕方ないだろう。令息も群衆も抑えず、宮殿での決闘を許すヒースは何を考えているのか。
それともそれも、続いている異変のせいだろうか。そっと視線を向ければ、扇を広げたスターシャが庭へと向かっていた。マクスウェルはその後を追う。
移動の間にリリアンの様子を伺ったが、彼女はやはり険しい表情だった。さり気なく隣に並んだクラベルとヘレナが支えるように背中に手を添えていた。それだけなら安心に見えるが、リリアンの後ろの叔父の姿が目に入り、そうでもないかもな、とマクスウェルは思い直した。
いつもの無表情から更に感情を消したレイナードに比べて、アルベルトは一見穏やかに微笑んでいるように見える。が、実際には青筋を立て、小声で令息を貶していた。その内容までは聞かない事にする。どうせろくでもない言葉が続いているに違いない。
「貴殿が負けたら、我々被害者一人一人に頭を下げて貰うぞ」
「ああ、分かった」
集団の先頭に出た令息は口の端を上げ、にやにやとレイナードを見る。ちらりと仲間に視線を向けると、お互いに頷き合って、令息達はレイナードを取り囲むように広がった。
見守るマクスウェルの前で、令息の一人が警備兵に合図役をするよう言いつけていた。断れない警備兵は、戸惑いながら集団の視界に収まりそうな辺りで片手を下げる。
見回して、全員が構えを取っているのを確認すると、警備兵は下げた手を勢い良く頭上へと上げた。
それを合図に、取り囲まれたレイナードが襲われる。多くの者はそう予測していただろうが、実際にはそうはならなかった。
前方に突進したレイナードは目の前の令息の剣を叩き折り、そのまま真横に居た一人の剣を弾き飛ばす。
「くっ、このっ!」
「おい、邪魔だ!」
目測がずれたらしい令息がレイナードを追う。が、隣から飛び出した別の令息に進路を邪魔され、そちらに気を取られているうちに、この二人もレイナードに剣を折られてしまう。
これで、残りは二対一だ。ここからは慎重にならねば不利になる。令息達の出方を群衆も注目していたのだが、決着は呆気なかった。振りかぶった片方の一撃を受け流し、柄で手を殴って剣を落とさせる。そのまま振り抜いたレイナードの剣の切先は最後の一人——決闘を申し込んで来た令息の首にひたりと当たる。
「ま、参った」
令息は圧倒的な実力差を実感したらしい。からん、と手の剣が音を立てて地面に落ちる。そこで群衆が歓声を上げた。
「レイナード君、凄いじゃん!」
ヒースも、おお、と拳を握って健闘を称えている。
なんだか余興にされている気がするし、そんな感想でいいのかとマクスウェルは思った。なにしろレイナードが折ったのは、近衛兵が持っていた剣だ。それをぽきぽきと何本も折られていていいのだろうか。
同じ事を思ったのか、近くまで来ていたクラベルが疑問を口にする。
「剣ってあんなに簡単に折れるものなの?」
「いや、あれはレイの特技っていうか……なんかな、折れそうな箇所がわかるんだと。それでも絶対じゃないらしいが、そこを狙うと結構な確率で折れるらしい」
「ふーん、知らなかったわ。……という事は、あれ、折れてしまうような剣だったっていうわけね」
「そうなるな。まあ、普通は折れないから。おかしいから、あれ」
なのに、歓声に混じって黄色い声が聞こえる。耳をすませてみれば、どれもがレイナードを褒め称えるものだった。剣を折るなんて、よほどの腕力が無ければ無理なのに。本来ならマクスウェル達の祖父くらいの筋肉が必要なのだ。それを、レイナードはあの細腕で実行する。マクスウェルからしてみればわけの分からない事象が起きていて、あれのどこが良いんだと首を捻りたくなる。
あちこちから騒めきが聞こえる中、レイナードが剣を下ろした。首元に添えられていた冷たい感触が離れ、令息はほっと息を吐く。
予定とは大幅に異なるが仕方がない、どう計画を修正するかを早急に相談しなければ——そう考える令息は異変に気付いていなかった。
「うわっ!?」
急に上がった叫び声は、最初にやられた仲間のものだった。思わずそちらを見ると、彼はなにかを払う仕草をしていたが何も見えない。
虫でも居たのだろうか。そう思った令息の右手を、さらりと何かが撫でる。
「ヒッ」
驚いて引いた手に何かが纏わりついている。どれだけ払っても離れず、そのうちにどんどん量が増えて、何かは青いもやへと変わっていった。
その段になって、令息は気付く。もやは右手だけでなく残りの四肢の周辺にも集まっていたのだ。
「発言を撤回しろ。リリーは愚かなんかじゃない」
「は? え?」
不可思議な現象に気を取られている令息は気付いていなかったが、青いもやは庭に充満して敗者達を取り囲んでいた。もやの出所は令息の胸ポケットだ。
レイナードが魔力を立ち上らせている。令息に投げ付けた〝リベラ〟を器用に操っているのだ。
そうとは知らない令息達は、必死にもやから逃れようと、手足をばたつかせている。その程度で払えるものではないのだが、まず見破れないだろう。
未知の現象に騎士達が警戒を強めている。それでも動かないのは、ヒースが手出しするのを止めているからだ。
もやはもう、離れていてもそうと分かるくらいに密度を濃くしていた。言い掛かりをつけてきた令息達は、青い顔をして這っていた。逃げるのに必死でもやの出所に誰も気が付いていない。
喉をごくりと鳴らした令息は知らずのうちに後退ってしまう。そんな令息を、レイナードは一切の表情を消し去った顔で睨み付けた。
「容姿がこの世のものと思えないほど可憐で美しいのは認める。が、それによって異性を魅了しているんじゃない。異性が魅了されているだけだ。それはリリーの意思じゃない」
レイナードの瞳が怪しい光を湛えている、ように見える。マクスウェルもこんな姿を見るのは久しぶりだ。
無表情のレイナードにか、それともじわじわ強くなっていく魔力にか。令息はがたがたと震え出し、青い顔をより一層青褪めさせる。まあ、薄暗いから顔色はよく見えなかったが。
「ひ、ひぃっ!」
「撤回は」
「す、する! 悪かった、謝るから止めてくれ!!」
「二度とリリーの前に現れるんじゃない」
「わわ、わ、分かった!」
答えたものの、令息にはまだもやが纏わりついている為にうまく動けないようだ。そんな令息にレイナードは拾ったブローチを投げつけ、代わりに渡した〝リベラ〟を受け取る。
それで、青いもやがざあ、と消えていく。同時に周囲に漂っていた魔力も喪失した。身動きが出来るようになった令息はブローチを拾うと一目散に逃げ出す。その他の令息達もそれに続いたが、彼らはなぜかスターシャへ駆け寄ると、何かを囁いてから去って行った。
何を聞いたのかは分からないが、直後にスターシャの表情が険しいものに変わる。あまりの剣幕に、周囲を取り囲んでいた令嬢達がスターシャから距離を取るように後ろに退がっているが、本人はそれに気が付いていないようだ。
やはり、何かある。できる限り情報を得ようとマクスウェルは注意深く辺りの様子を伺った。
多くの者は騒ぎに驚いたり、何があったのかと探っているようだった。興味津々で覗き込むのは位の高くない家門の者だろう。遠巻きに様子を伺う方が貴族らしい行動と言えるが、どうやら本当に余興扱いされているようだ。レイナードが海を挟んだ向こう側からの客人で、どれほどの腕前なのかを見せて貰った、という事になっているらしい。王妃がご婦人方と話しているが、きっと彼女がそういう話にしたのだろう。本当の事を知られるより、そちらの方が都合がいい。
それ以外には目立っておかしな様子は見られない。貴族達の視線はマクスウェルにも向けられているがそれには構わず、戻って来るレイナードへと視線を戻すと、固く手を握り締めたリリアンが彼の元へ向かっているところだった。
「お兄様、危ない真似はお止めになって」
「必要な事だったんだ。それに何も危なくはない」
「でも」
それ以上言っても無駄だと思ったのか、リリアンは一度口を閉じ、
「怒るのなら、お義姉様を侮辱された時になさって下さい」
「それは」
「いいですね」
「……努力するよ、リリー」
断言しない兄に、もう、と頰を膨らませるリリアン。当のクラベルは「リリアン、わたしは気にしていないから」などと言っているが、表情は締まりのないものだ。本当に気にしていないだろうが、リリアンが代わりに怒ってくれているのが嬉しいに違いない。
はっきり言わないレイナードも、にやついているクラベルも、リリアンの本心を裏切っているのだがそれでいいのか。自然マクスウェルの表情は呆れたものになる。
その顔のまま視線をちょっと動かせば、リリアンの後ろで何も言わずに佇むアルベルトの姿が目に入った。叔父は珍しくも落ち着いた様子だった。そういえば、決闘が始まる前も、令息を小声で乏しめる以上の事はしなかったっけ。リリアンが悪く言われたのだから、てっきり手を出すかもしれないと思ったのだが。
「叔父上が手出ししなくて良かったよ、ほんと」
つい口に出せば、アルベルトがすっとこちらを向いた。
「レイナードが始末しただろう。私が出るまでもない」
「……ほんと良かった、マジで」
にやり、と口角を上げるアルベルトの姿は、一見余興を楽しんだようにも見えるだろう。けれどもとんでもない、これはただ愚か者を嘲笑っているだけだ。もしも叔父が手出しする事態になっていたら、王宮は消し飛んでいたかもしれない。
遠くの方から悲鳴に似た女性達の黄色い声が聞こえたが、知らないっていいなあとマクスウェルは頰を引き攣らせた。
「……なんなの? どういう事なの」
「スターシャ?」
呟きが聞こえてヒースが娘の名前を読んだ。それにつられてマクスウェルも振り返ったが、目に入ったものにぎょっとする。
スターシャから感じるのは、禍々しいとしか言いようのない魔力。それが彼女を取り巻いている。なのに、視認は出来るのに感覚として感じ取れない。どう考えても何かの異常が起きているとしか思えないのに、やはりヒースにも王妃にも、そして招待された貴族達にも、動揺は見られない。
「誰も彼も、わたくしの邪魔ばかり……!」
顔を上げたスターシャの瞳がぎらりと光った。それと同時に魔力が吹き上がる。純粋な魔力などではないと一眼で分かった。触れてはいけないものだと直感する。
どう対処すべきか思案するマクスウェルの目の前で、禍々しい魔力はスターシャの頭上へと集まっていた。身構えるが、呪いを含んだ魔力は触れるだけで心身を害する。防ぐのならまじないの籠った魔力でなければならないが、生憎とマクスウェルにそんな術は使えない。
であれば、術者を無力化するしかない。レイナードはリリアンを背中に庇うようにしているので向かうならば自分だろう。が、炎では王女を焦がしてしまう。手荒な手段を選ばなければならないな、と逡巡した所で、背後から悲鳴が上がった。
「ヘレナ様!!」
リリアンの叫び声だった。




