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21.南の国の呪いの姫と宝石と人助け⑧


 治療を再開してから一時間ほど経った頃、ふいにアルベルトが魔力を断ち切った。


「今日の所はここまでだな。これ以上は王女の身体に障る」


 どうやら作業が終わったようだと判断したリリアンは、椅子から立ち上がるとアルベルトの元へとやって来る。

 実は、さっき心のアルバムに刻んだ一幕が強烈過ぎて気合いの入ったアルベルトは、そのせいでちょっと、いやかなり急速に治療を進め過ぎてしまっていた。もう少しゆったり進めるつもりであったのにやり過ぎて、ヘレナに負荷がかかりそうだったのだ。それを慌てて止めたのである。

 それをおくびにも出さず、さも予定通りと装うアルベルトにリリアンは微笑む。


「お父様、お疲れ様です。お体は大丈夫?」

「ああ、なんともない。リリアンが応援してくれていたからね」

「まあ。お力になれて良かったわ」


 どうやら体調を気遣ってくれたらしい。それが嬉しくて、その思いのままアルベルトは笑みを浮かべる。釣られて微笑むリリアンを目の当たりにすれば、長時間座りっ放しだった疲労感は吹っ飛んでいった。

 ご機嫌なアルベルトはそのままに、リリアンはベッドへと視線を向ける。そこで眠るヘレナは、随分と顔色が良くなっていた。寝息も安定していて、これには主治医が目を丸くする。


「し、信じられません……! そんな、数時間でこんなに良くなるだなんて」


 リリアンがアルベルトを見上げれば、得意そうに口角を上げていた。


「さすがお父様ですわ」

「うむ」


 更に腕を組み、胸を張ってそう言うものだから、ついリリアンは笑い声を上げてしまった。

 アルベルトの真剣な様子からして、ヘレナの容体は本当に危ないものだったのだろう。リリアンはそう考えていたのだが、不思議と不安感の少なかったリリアンは、ヘレナが持ち直したことに安堵する。ほっと胸を撫で下ろすと自然と笑みが溢れた。

 丁度その時、控え目に扉を叩く音がした。返事をすれば、マクスウェルがひょこっと顔を覗かせる。


「どんな具合だ?」

「ちょうど終わったところです。お医者様が仰るには、ずいぶん良くなっていると」


 主治医に視線をやれば、彼は頷いた。


「そうか、それは良かった。さすがはヴァーミリオン公ってわけだ」

「その様ですわね」


 ふふ、とリリアンは笑うが、マクスウェルは内心で目を細める。マクスウェルの言葉には呆れが混じっているのだ。

 アルベルトが有能なのはマクスウェルだって知っている。知能も魔法も、叔父を超える人なんて存在しているのだろうかと思うくらいには、めちゃくちゃに優秀なのだ。身を持ってそれを知っていたのだが、よもや難病の治療までできるとは思っていなかった。

 その治療というのが魔力を操って行うのだと言われて納得した。アルベルトの魔法は本当に規格外なのだ。魔力量もさる事ながら、特筆すべきはその属性。アルベルトは、確認されている属性の全てに適性がある。通常ならあり得ない話だ。

 属性には融和するものと反発するものとがある。マクスウェルの持つ属性は火だ。火は水と反発し、風とは融和する。融和し合う属性を複数宿す事はあっても、反発する属性を同時に宿す事は無い、と言われている。

 けれどもアルベルトの場合、全ての属性が自身の属性と言える程の適性がある。どの属性であっても最大限力を行使できる、という意味だ。

 そこにあの魔力量が加われば、アルベルトに出来ない事は存在しない。その存在しない中に、治療があった。ただそれだけのこと。

 それだけがどれくらい凄いのか、本人は理解していないだろう。だからこその呆れだった。


「終わったのなら宿へ戻るか? それとも、何か用事があるだろうか」

「ええと、特には。お声掛けも頂いておりませんし」


 マクスウェルが言うのでリリアンはそっと父親を見上げる。視線を受けたアルベルトは、リリアンへと頷いてみせた。


「居ても無駄だ。宿へ帰ろう」

「分かりましたわ」


 王女の容体の確認と世話は主治医と侍女に任せて、一同はヘレナの寝室を後にした。何人か居る侍女達の目元が赤くなっているのに気付いたが、それも仕方ないだろう。王女を最も近くで支えていたのは彼女達だ。落ち着いたヘレナが目を覚まし、侍女と話せればいいなとリリアンはそれを見送る。

 廊下に出ればレイナードとクラベルらがリリアンを迎えた。


「お疲れ様、リリー」

「わたくしは、何もしていませんわ」

「父上の子守りをしていたろう?」

「嫌だわお兄様、そんな言い方をして」

「ヘレナ様のご様子はどう、リリアン」

「ずいぶんと顔色が良くなりましたわ、お義姉様。お医者様ももう大丈夫だろう、と」

「そう。それは良かったわね」

「ええ!」


 リリアンが嬉しげだからか、アルベルトの機嫌もいい。穏やかな雰囲気で回廊を歩いていたのだが、そんな一行の背後から呼び止める声があった。


「レイナード様!」


 その声に足を止め振り返れば、少女が侍女を伴って駆け寄って来るのが目に入る。


「あの方は……?」

「ヘレナ様の双子の姉君よ、リリアン。スターシャ様と仰るの」

「まあ」


 リリアンは驚いた様子だった。さもあろう。クラベルにはその気持ちがよく分かる。

 スターシャは、レイナード以外が目に入っていないようだった。彼の元へ一目散に向かうものだから、余計にリリアンは驚く。彼女は出発前と同じく、顔色が悪かった。なのに目だけはぎらぎらと輝いてレイナードを見詰めている。


「今伺おうとしていたところですの。お会いできて良かったわ」

「何かご用でしょうか」

「ええ! 晩餐にご招待させて頂こうと思って。どうでしょう、いらして頂けませんか? お父様に頼んで、とびっきりの料理を準備させたのです。先日お父様とお母様とお兄様と会食なさったとか……お父様もお母様も、どうしてわたくしに知らせて下さらなかったのかしら。ご一緒したかったわ。ねえ、そこで気に入ったものはあって? 料理長に準備させますわ」

「いえ、僕は」

「聞けば、城下で宿を取っているとか。あなたほどの方が城下で過ごされるだなんて! 部屋を用意させますから、どうぞ泊まっていって。ね?」

「折角ですがご遠慮申し上げます」

「まあ、どうして?」

「それは……」


 言葉少なく拒否するのは、会話をしたくないという意思表示だ。けれどもスターシャにそれは伝わっていないらしい。しかも、遠慮する理由まで聞き出そうとしている。いくら招待している側とは言え不躾だろう。その事にレイナードの機嫌が急速に悪くなっていく。

 仕方ない、とクラベルは一歩前に出た。


「スターシャ殿下、レイナードはわたしに遠慮しているのです」

「……あなたは?」

「レイナードの婚約者のクラベル・ランバルと申します」

「まあ! あなたみたいな地味な方が、レイナード様の婚約者?」


 あんまりな言い方だ。リリアンの美しい眉が寄せられる。

 それが目に入ったレイナードもきゅっと眉を寄せた。顔を覗き込むようにしてくるスターシャとは、もう目を合わそうともしない。


「レイナード様にはもっと華やかな方がお似合いではなくって?」

「過分なお言葉痛み入ります」

「そんな。わたくしとあなたの仲ではないですか」

「……えっ」


 スターシャが言ったのに、思わず、といったような小さな声が上がった。声はリリアンのものだ。

 リリアンは、レイナードとスターシャの間とで視線を彷徨わせている。その瞳に困惑の色が浮かんでいるのを見付けて、レイナードは舌を打った。——面白くない勘違いをリリアンにさせている。その元凶がいつまでも目の前にいるのが気に入らない。


「ね、レイナード様。ぜひ一緒に食事を」

「ご遠慮申し上げます、と言ったはずですが」

「そう言わず」


 いつもの無表情を崩して不機嫌を全面に出すレイナードと、それからなぜかアルベルトがピリピリしている。それはきっとリリアンがスターシャを信じられないものを見る目で見ているからだろう。彼女の態度はクラベルに対して無礼だから。

 クラベルは気にしないが、優しいリリアンはきっとそうではない。そして、リリアンが心を傷めていたのなら、その原因をアルベルトが見過ごすはずがない。

 このままではいけないと察したクラベルは、無理矢理間に入った。


「レイナード。折角お声掛け頂いたのだもの、一度くらい応じて差し上げたらどうかしら。そうだわ、エル=イラーフの伝統菓子の話を聞かせて頂けませんか? 街で見掛けたのですが様々な細工があるのですね。王家にのみ伝わる細工もあるのだとか……わたし、菓子作りが趣味なので、一度見てみたいわ」

「…………」


 暗に自分も同席するぞとクラベルが言えば、スターシャの顔からすっと表情が消えた。


「気が変わったわ。レイナード様、また明日お誘いしますわね」


 そうしてろくに謝りもしないまま、来た道を引き返していった。侍女達が申し訳なさそうにこちらに頭を下げるのも、彼女は気付いていないらしい。


「ベル、相手にしなくていい」

「そういうわけにはいかないでしょう?」

「お義姉様……」

「でもまあ、リリアンと一緒に泊まれないのなら、居ても仕方ないわね」


 自分を気遣ってくれるリリアンに微笑んで、行きましょ、とクラベルは促す。途中視線の合ったマクスウェルが肩を竦めてみせたが、きっと彼とクラベルの考えている事は同じだろう。


(爆発しなくて良かったわ)


 沈黙している未来の義父が、何を考えているのか分からなくて怖い。目をぎらつかせるスターシャよりも、アルベルトの方がよっぽど恐ろしく感じるクラベルだった。

 その後は前日と同じようにマクスウェルだけ王宮に残し、リリアン達は宿へと戻った。まだ夕食には早い時間だったので、リリアンの提案で揃ってお茶にする事にした。全員が賛成した為、ゆったりとお茶を頂いている。その間の話題といえば、やはり王宮の王女達であった。特に帰り際に会ったスターシャは、その様子からして異常だ。

 レイナードとクラベルは、その前、視察に出る直前にも彼女と会ったのだと、そう説明をした。


「まあ。それで、あんな事を?」

「多分そうだと思う。少し会話をしただけなんだけど」


 リリアンにそう返した後、レイナードはアルベルトへと視線を向ける。


「彼女は妙な魔力をしていました」

「見れば分かる」

「ヒース陛下から何か聞いていませんか」

「知らん」


 思った通りの返答があって、レイナードは息を吐いた。この父が必要外のものを訊ねているはずがないのだ。

 それを聞いていたリリアンも不思議そうに首を傾げる。


「わたくしも、なにも伺っていませんが……スターシャ様もヘレナ様のようにやつれておいででした。ヒース陛下があの状態のスターシャ様を放置なさるとも思えませんが」

「リリーの言う通りだ。それで、彼女の状態が誰にも認知されていないのではないか、とベルが」


 レイナードの視線を受けてクラベルは頷く。


「わたしは、魔法には疎いのですが。そういう可能性はあるのではないかと」

「ふむ」


 アルベルトは椅子に凭れた。スターシャ王女の様子には興味は無いが、魔法となるとアルベルトの得意分野だ。リリアンに褒められている事もあり、アルベルトは知識を探った。


「自身を周囲に認識させない、という魔法は確かに存在する。一部の魔物がそういった術を使う場合がある」

「では、それを?」

「それを使っているとは考え難い。産まれたばかりの幼体の魔物が、身を守る為に魔力で自分の存在を誤魔化すというのがそれなんだが。人の魔法でそれを再現させるとなると……」

「相当な知識と魔力操作が必要となりますね」

「ああ。あの王女がそれほどの術士だとは思えないが」


 レイナードとクラベルとが、それぞれアルベルトの解説に所見を述べる。それを聞いていたリリアンは、ふとその中の単語が気に掛かった。


「幼体の魔物……」

「リリアン?」


 視線を下げて考え込むリリアンに、どうしたのかとアルベルトが名前を呼ぶ。リリアンは、真剣な面持ちで父親に向き直った。 


「スターシャ様は十二歳。幼体とは言えませんが、まだ子供です。子供だからこそ使えるものがあるのではないでしょうか?」

「なるほどな」


 聞いた事は無いが、無くはない話だ。魔法には様々な種類があり、呪術の様に魔法陣を使用しないものも多い。知られていない魔法というのが存在していてもおかしくないのだ。


「素晴らしい着眼点だ、さすがはリリアン」

「父上は、リリーの言った事が事実だと?」

「崩すのならその点からだな」


 アルベルトがそう言えば、レイナードとクラベルは息を飲んだ。もしも本当にそうだとしたら、スターシャは無意識のうちに魔法を使っていた事になる。その影響がどの程度のものなのか、彼らには予測がつかなかった。

 彼女の状態からして、なにかしらの認識が歪められているのは間違いないだろう。どんな魔法なのか分からなかったが、アルベルトなら見破れるのではと思っていたのは正しかったらしい。ヘレナの治療が完了したら次はスターシャを観察してみると、アルベルトはリリアンにそう誓っていた。リリアンに誓っているのなら心配いらないだろう。

 それにしても、とクラベルは改めてその横顔を見る。魔法とは関わりの薄いクラベルは、アルベルトがどのくらいの魔法使いなのかピンと来ない事が多い。けれども、どう対処していいのか分からないスターシャに臆した様子は一切無かった。それは魔力量が優っているからというだけでなく、対処の仕方に心当たりがあるからではないかと、クラベルはそう思っている。

 魔物の幼体がそんな術を使うのには理由がある。天敵から身を守る為だ。天敵は術を使った幼体を見付けられないが、幼体の親は、術を使った我が子を見失わない。

 どう再現するのかは分からないが、きっとそれと似た方法を使うのだろう。そういう知識も他者とは比べものにならないくらいに持っているのがアルベルトの強みだ。

 そこまで思い至ると、ふと気になったクラベルはその疑問を口にした。


「ちなみにですが、閣下ほどの術者であれば、その魔物の使う術というもの。使用する事は可能なのでしょうか?」


 アルベルトは眉を跳ね上げる。そういう類いの魔法は、強く思わないと効果が具体的にならない。

 やってみようと思った事はないが、再現しようと思えば可能だろう。命懸けで行使する魔物には及ばないものの、それなりには認識を歪められると思う。が。


「身を隠す必要があると思うか、この私が」


 大抵の危険は単身でどうにか回避できるアルベルトからすれば、試す気にもならなかった。


「……ですよね」


 そう返すクラベルの声は小さかった。


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