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14.愚者は月を欲し天の怒りを買う②


 リリアンの後を追って庭を一回りし、朝食を終えたアルベルトは広げた新聞を眺めていた。この日も特に目につく記事は無く平和そのものである。

 そこへ、執事のベンジャミンがやって来た。彼の手にはいくつかの封筒がある。検分を終えたものだろう、その中のひとつをアルベルトに差し出した。


「婚約の申し入れが」

「断れ」


 誰に、とも誰から、とも一切訊ねる事なく、秒で返すアルベルト。ベンジャミンも分かっていたのだろう、大した反応は示さなかった。それは良いのだが、ただ、今回は一つ障りがある。


「他国の王族ですが」

「構わん」


 きっぱりと言い切るアルベルトに、ふう、とベンジャミンはため息をついた。

 まあこうなるだろうなとは思っていた。相手がどんな身分であれ、アルベルトが許すはずがない。この申し入れはリリアンに対してのものなのだ。

 レイナードにはもうクラベルという婚約者がいる。こちらは、あまり考えたくない事だが、どちらかが亡くなるような事がない限りは解消されないだろう。付き合いも長く気心が知れているし、お互い不満はなさそうだ。しかもクラベルにはリリアンがかなり懐いている。そういう意味でも安泰した二人だ、レイナードに対して婚約の申し込みがあるとは考えにくい。

 であれば、今のヴァーミリオン家に持ち掛けられるのは、リリアンに対するものだ。だからアルベルトはこうして間髪入れず断るよう言ってくる。

 リリアンももう年頃、そうして家格を考えれば、幼い頃にそれが決まっていてもおかしくない。だがそれを、芽を摘むとかそういう次元ではなく潰した男がいる。言わずもがなアルベルトである。

 幼いリリアンを連れ、参加したパーティーで令息を紹介されようとすれば、聞こえなかった事にして立ち去る。そういう目的で招待されればパーティーそのものを潰す。しつこくリリアンと令息を会わせようとする輩は、二度と王都に入れないようにした事もあった。幼い頃でさえそうなのだ、実は今もこっそりそういう事をやったりしている。唯一ルーファスだけがどうにもできず例外だった。まさか王子を、しかも親族を遮る事は出来なかったのだ。

 そんな訳であるから、今回断るのは何もおかしいものでもない。ただそれでも、本当にリリアンが嫁入りするとなったらどうなってしまうのだろうかと、そう思わなくもなかった。


「どんな国か、どんな相手かは、一応調べておくことにしましょうか……」


 返事はどうせ書かないだろうから、ベンジャミンが定型文で出す事になる。それでも情報があれば、何かあった時に役に立つだろう。そう考えて、ベンジャミンは指示を出すのだった。



 それから十日後、ヴァーミリオン邸にまた手紙が届いた。差出人は同人物だとベンジャミンが言うが、数日前に届いたのがどこの誰から出されたものなのか把握していないアルベルトは、ふうん、と気のない返事をしていた。

 一度断ったとしても、何度もしつこく申し込んでくる輩はいる。それでもきちんとした文体で、そこはかとなく圧力を感じる文章にすれば大抵は引き下がるものだ。ヴァーミリオンで融通しているあれやこれやらの利権をチラつかせれば更に効果的だった。そこまでやって、そのうえでまだ手紙を寄越すような連中は、物理的に手紙を出せない状況にするしかない。

 そんなのは一度や二度ではない。今更その数が増えたところでどうという事はない。しつこい相手なら一発懲らしめてやるかと、アルベルトはベンジャミンの手から手紙を抜き取った。

 どれどれ、と手紙を広げる。お世辞にも上手とは言えない文字がそこには並んでいた。


『俺はナルマフの正式な血を引く王子だ。その王子からの申し入れを断るとは何事だ! この俺の妃となれば、ゆくゆくは王妃となるであろう。本来であれば、そちらが頭を下げて当然だというのに! まったく愚かな事だ。良いか、もう二度とチャンスがあると思うな。分かったのであれば、頷くがいい。リリアンという娘を、俺に嫁がせるのだ!』


 ぴくりとアルベルトの口角が上がった。

 前置きも無ければ気の利く挨拶も無い。そのうえ粗雑なのが文章からも文字からも窺える。更に悪い事にどうやらこの男、かなりの馬鹿と見た。はっきり言ってアルベルトが目を通す価値が無い。

 だが、この馬鹿を無視してやる事など到底できなかった。


「ほう? 良い度胸じゃないか」


 にやりと笑っているが、こめかみには青筋が浮かんでいる。鋭く細めた目がぎらりと光った。

 おもむろに便箋を準備しペンを取る。そうしてすらすらとペンを走らせた。この馬鹿と違ってアルベルトの書く文字は、整っていて美しい。ただ、内容はどっこいどっこいだ。


『弱小国のたかが第二王子が吠えるなよ。ウチより金もない、そんなところにリリアンを嫁がせるとでも思うか? 身の程を知れ馬鹿者が!! 文章から貴様の小物じみた人格が見て取れる。そんな貴様がリリアンの名を呼ぶな、文字にも書くな! 神聖なリリアンが汚れるだろうが!!』


 その後もぎっちり罵倒の言葉を書き連ねて封をする。


「こんな馬鹿がリリアンの名を呼んでいると思うと殺してやりたくなる」

「お気持ちは分かりますが、魔力を抑えて下さい。またリリアン様が飛んできますよ」


 それはいかん、とアルベルトは無意識のうちに高めていた魔力を霧散させた。あんまり殺意高く魔力を集中させると、それを感じ取ったリリアンが一大事とばかりにアルベルトの元へやって来るのだ。リリアンの顔を見られるのはいいが、心配させるわけにはいかないので気を付けないといけない。

 魔力を霧散させた後なぜかキリリと表情と姿勢を正したアルベルト。きっとリリアンが飛び込んで来てもいいようにだろうな、と目を細めて、ベンジャミンは封筒を確認した。

 封蝋があればそれだけでいいだろう。宛名はベンジャミンの方で書き加えることにして、では、とアルベルトに視線を戻した。


「こちらは通常便で宜しいですか」

「いや、特急にしておけ。三倍でも構わん、とにかく早く届けろ」

「宜しいので?」


 手紙の特急便は訓練された魔鳥(まちょう)を使って届けるもので、大抵拠点間を往復させるものだった。王都にあるヴァーミリオン家の直営の商店と、他国にある支店とで使われているルートがある。それを使えと言っているのだ。魔鳥に魔石を与えれば更に早く飛べる。その分高額になるので余程緊急でなければ——先日の蝗害騒ぎのように——通常便で時間を掛けるのが普通だった。

 なのに、三倍の価格が掛かってもいいとアルベルトは言う。ベンジャミンには、それほど重要な手紙とは思えなかったのだが。

 それが表情に出ていたのだろうか。聞き返したベンジャミンを見て、アルベルトはにやりと笑みを浮かべる。


「一刻も早く身の程を分からせてやりたいからな」

「……そうでしたか」


 地獄から響いていそうな声でアルベルトはそう言った。その声色と表情に、ベンジャミンはなんとなくこれで終わらないだろうなと、そう感じた。



 ヴァーミリオン家の魔鳥は魔力の高い個体が多い。その為あっという間にナルマフ王国に手紙が届いた。往復で十日はかかるところを、二日も早い八日間で返事が届いたのだ。ヘラスはふん、と鼻を鳴らす。


「はっ。ようやく立場を理解したか」


 ヘラスは、ヴァーミリオン家が慌てて返事を寄越したのだと思った。他国の王族を怒らせた、その詫びも入れなければならぬと急いだのだと。ならば返答はもちろん応であろうと封蝋を破る。

 だが、そこに書かれていたのはとんでもない罵詈雑言なのだから、勢い余ってヘラスは手紙を破り捨てた。


「この俺が申し込んでいるというのに二度も断るだと!! しかもなんだ、この嫌味ったらしい手紙は! 俺を馬鹿にしているとしか思えぬ!!」


 実際、アルベルトはかなり差出人を馬鹿にしていたから、ヘラスの指摘は正しい。が、事実はどうあれ、馬鹿にされるのが何よりも嫌いなヘラスは、頭に血を登らせたまま部屋をうろついた。たかだか公爵家の人間に、王太子になる自分が軽んじられていいはずがない。どうにか状況を理解させねばならない。まったくこれだから馬鹿の相手は困ると、ヘラスは爪を噛む。


「俺の妻とは、すなわち将来の王妃。それを知ってこれとはかなりの馬鹿なのか? あるいは……いや、そうか。この娘、きっと表に出られない程醜いに違いない! 調書には美しいとあったが偽りを述べたか。なんとも身の程知らずで愚かな事よ」


 そうに違いない、と呟く。そんなヘラスを前に、従者は変わらぬ表情で壁際に控えている。誰も一切口を開かないのはヘラスに止められているからだ。何か意見をしようものなら問答無用で殴り蹴飛ばされる。いくら国の不利益があったとしても、誰も彼もが見えない、聞こえないふりをしてただ室内に居るだけだった。

 そんな自室で喋っているのは、ただヘラスのみ。自分の導き出した答えにうんうん頷き、そうに違いないと彼はにやりと笑んだ。


「この際不細工でもなんでもいい、あの国と金さえ手に入れば」


 そうして、三度目となる手紙を書いた。内容はこうだ。


『リリアンという女は、その年で婚約者の候補すらいないようだな。調べれば、幼少よりただ一度も候補すらできなかったようではないか。であれば、よほどのブスか訳ありか。何ぞ欠陥があるのであろう、今更取り繕うものでもなかろうに。そんな女を娶ってやると言っているのだ、大人しくこの俺に差し出すがいい。前回の手紙の無礼な言い分は見なかった事にしてやる。寛大なこの俺に、感謝するがいい』


 また五日の後にヴァーミリオン邸でそれを読んだベンジャミンは表情を無くす。


「どうした珍しい、お前がそんな顔をするとは」


 アルベルトがそう言うくらいには、珍しい事態だ。封筒と紙はどことなく見覚えがある。覗き込もうとしてくるアルベルトに、ベンジャミンは無言でそれを差し出した。


「…………………………」


 そう長くもない本文を読み終えたらしいアルベルトは、すっと手紙を持つ手を下ろした。そして無言で椅子に戻り便箋を取り出す。インク壺にどぷりとペンの先を浸し、がりがりと紙に書き込みをしていく。


「あの国ではミスリルが採れるんだったな」


 数分の後、ようやくそれだけを言った。それにベンジャミンはこくりと頷く。


「ええ。近場であることですし、条件は良いでしょう」

「うむ」


 その後もなにやら書き込んでいく。最後にきゅっと円を繋げば完成だ。綺麗に書かれたそれを小さく折りたたみ、仕上げにこれでもかと魔力を注ぐ。


「泣け! 喚け! 叫べ!! 地獄の底から呪ってやろう、愚か者め!!」


 アルベルトの全身から禍々しい魔力が溢れ出る。怒りや殺意なんかがふんだんに盛り込まれたそれは、言葉の通り呪詛に昇華されていた。


「アルベルト様、あまりやり過ぎると魔鳥(まちょう)が恐れて飛ばなくなります」

「なら封筒に防除魔法を掛けてやる。この殺意を、この怒りを!! 思い知らせてやらねば気が済まん!!」


 アルベルトはそう言って魔力を便箋に込めまくった。そうして封筒には防除魔法を施す。便箋の魔力が外側に漏れないように細工したのだ。

 結果、これが中の猛烈な魔力を反射させ、そこに乗った殺意を大きく増幅させる結果となった。

 アルベルトの呪いの手紙は出してから二日という、驚異的な早さでヘラスの手元に届く事になる。


「これはまた、ずいぶんと早いな」


 それもそのはず、魔鳥にはあらかじめ速度アップのために魔石による魔力供給が行われていたのだが、手紙から感じる怨念のような強い威圧感に魔鳥が嫌がったのだ。一瞬でも早く、この手紙を手放したい。そう思った為か、通常の四倍の早さで魔鳥は手紙を届けきった。

 ナルマフ王国には魔法使いが少ない。王族なら多少は魔力を持ってはいるが、使いこなせる者はほとんどいない国だ。だからヘラスはこの手紙から発せられる異常な魔力には気が付かなかった。

 封を開け、中の便箋を取り出す。と、にわかに便箋が熱を帯びる。


「熱ッ!?」


 驚いてヘラスは便箋から手を離した。

 床に落ちたそれはぶるぶる震え出し、ぶしゅうとなにやら禍々しい煙を上げる。


「なんだこれは!」


 便箋に書かれているもの、それは文章ではなかった。円の内側に見慣れない文字のようなものと、記号のようなもの、それらが組み合わされた紋様が書き込まれていた。


「これは……魔法陣か?」


 ナルマフの王宮には古の頃に使われていた魔法の痕跡がある。魔法陣はその最たるもので、古い区画には崩れた壁に遺されているものもあった。残念ながら解析しても使いこなせる者が居なかった為か、今では資料すら残っていない。

 それでも便箋に書かれたものが魔法陣であるとヘラスが判別できたのは、彼がその研究を再開させた為だ。ただ、国の為でもなんでもなく、己の地位を確固なものにするのに利用できると踏んでのものだったので褒められるものでもなかったが。

 ともかくそうして、何が起きるのかと便箋を覗き込んでいた時だ。突然便箋が飛び跳ねるように震え、ズン、と王宮が揺れた。


「うあッ!!」


 ブシャッと魔法陣から黒いものが吹き出す。それはヘラスを巻き込んで最も近くの壁目掛けて飛んでいった。ヘラスの体にも当たったが痛みなどの違和感は無い。なんなんだ、と視線を巡らせていると、普段は何があっても無表情の従者達が、ぽかんとヘラスを見ていた。


「なんだというんだ」


 それを苦々しく睨み付けるヘラス。が、様子を伺っていると、彼らはヘラスではなく、その背後を見ているようだと気付く。

 ヘラスは眉を顰め後ろを振り返った。白い石の磨かれた壁、そこにべっとりと黒いインクが付着している。


『殺されたいようだなクソガキめ! 今謝れば許してやらん事もない、泣いて詫びろ! 死にたいなら死に場所を選ぶがいい。そこで望み通り殺してやろう! このアルベルト・ヴァーミリオンの名において、愚か者に知らしめてくれる!!』


 壁にはそう書かれていた。一部文字が崩れている箇所があるのは、そこにヘラスが居たからだ。慌てて胸の辺りを見下ろせば、服にインクが着いていて崩れた箇所を補っているのが分かる。

 この服は、ヘラスが新年の祝いに(あつら)えたものだ。新たに王太子となるのは自分であると、それを王宮内に示してやろうとして身に纏っている。

 その豪奢な装いに、真っ黒なインクが染み込んでいる。しかも、何故か寒気がする。これはアルベルトがインクにも魔法陣にも魔力と殺気と、その他諸々の強烈な悪意を込めまくって呪詛と化したからなのだが、ヘラスはその寒気による震えを武者震いであると錯覚していた。真新しい衣装を台無しにされ、頭に血が登っているのだ。


「ふざけた真似を……! こんなにコケにされたのは初めてだ。兵を出せッ!!」


 呆然としていた従者達から、どよめきが起きた。


「殿下、それはさすがに」

「うるさいッ、黙れ!」

「国際問題になりまする。どうかお鎮まり下さい」

「黙れと言っておるだろうが!!」


 そう叫ぶが、この日はどうした事か従者達は止まらなかった。さすがに兵を率いて国境を越えるのはまずい、しかも他国の王家に連なる者を害そうとするのはだめだと、それを口々に叫ぶ。


「相手はトゥイリアースの公爵家。我が国のそれとは違うのですよ」

「万が一、ナルマフに攻め入られでもされたら如何なさいます!」


 それをヘラスは一蹴した。


「攻め入られたらだと? その方が好都合というものだ、臆病者どもめ。俺にはあれがある。そのトゥイリアースから仕入れたとっておきの武器がな!」


 にやりとヘラスは笑みを浮かべた。あれ、というのはまさにヘラスにとっての最終兵器で切り札、そして奥の手だった。本来であれば、兄キリウスとの継承争いに備えてのものだったのだが、この際どうでもいい。次の王となるのに邪魔となるのなら、その全てを吹き飛ばすしかないのだ。ヴァーミリオン公だろうと兄だろうと変わりない。それが出来るだけの物がヘラスの手にある。だからヘラスはこれほどまでに強気でいるのだ。

 ただ、ヘラスの手の内にある物がなんなのか、それを知る家臣は少ない。キリウスにそれを知られてはならぬと厳しく情報を遮っていたからだ。現に目の前の者達はぽかんとヘラスを見ているだけ。

 その愚図どもの呆けた顔が可笑しかった。何よりあのとっておきの切り札があれば、間違いなくヘラスには勝利がもたらされる。あの忌々しい兄と、それから自分をコケにしたヴァーミリオン公。両者が地に伏せる姿がありありと目に浮かぶようだ。それを思うと笑いが込み上げて仕方がなかった。にんまりと浮かべた笑みを更に深め、ヘラスは笑い声を上げる。

 白い壁に浮かぶ真っ黒な文字を背景に高笑いするヘラス。黒い文字からは禍々しい気配を感じる。その前で、どうしてこれだけ笑っていられるのか。室内に控えた誰もが、そこに狂気を感じていた。

 と、そこへ、更に喧しい声が響く。


「ヘラス、ヘラースッ! なんだというの、先ほどの衝撃は!」


 叫びながら飛び込んで来たのは正妃だった。彼女はいつも通り甲高く声を張り上げ息子に向く。

 ヘラスは、正妃が飛び込んで来たタイミングで笑い声を収めていた。だがまだ顔にははっきりと余韻が残っている。正妃は、そんなヘラスを訝しげに眺めていたのだが——彼の背景が目に入ったようで、壁とヘラスとに、交互に視線を動かした。そうして壁にとある人物の署名を見つけ、きゃあ、と悲鳴のような声を上げる。なぜかそれには、喜びのようなものが多分に含まれていた。


「まああ、あの方がナルマフへ!? これは好機です! ヘラス、良いですね。必ず勝利し、あのお方をこの城へ連れて参るのです。分かりましたね!」


 正妃は更に「ああ、あの方にお会い出来るだなんて!」と続けていた。これを読んでどうしてそのように思えるのか、ヘラスには分からなかった。我が母ながら意味が分からないと興が削がれる。

 だが、母の言うように、この高慢ちきな公爵を王宮に引き立てるのは悪くない。己の王宮で公爵を跪かせ、そして娘を差し出すよう言ってやるのだ。公爵本人は母にくれてやればいい。そうすれば親子揃って、存分にヘラス達の役に立つだろう。


「……ふん。それも面白い」


 ヘラスの顔に再び笑みが浮かぶ。


下手(したて)に出れば調子に乗りやがって。目にもの見せてくれる」


 ヘラスはそう呟いて、改めて家臣どもに指示を出した。己の配下全てに戦の準備を言い渡したのである。

 ナルマフ王国で、いや、周辺諸国でもほとんど初めてとなる、王子による単独の出兵がなされた瞬間だった。

 二日後、武装した兵を率い、ヘラスは王宮を出発する。

 その準備の間にも、そうしてヴァーミリオン公に対峙したその時にも、ついにヘラスが気付く事はなかった。

 妃の中で最も位が高い正妃、ヘラスの母親もまた、王家の傍流の出であった。教養が無いわけではないが、彼女は政治や立場による責任といったものに興味を示さなかった。王妃として、政治に携わる者としては凡百で、決して有能であったとは言い難い。

 さんざヴァーミリオンを公爵家風情がと馬鹿にしているが、彼の母親はトゥイリアース王国とは比べるまでもない小国の公爵家、しかもその末端に近い。それを王が見初めて嫁いだだけの女に過ぎない。

 それがどういう事なのか、ヘラスには分からなかったのだ。


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