第九十三話・仕官
「お初にお目にかかります。某、村井貞勝と申します」
「織田弾正忠信秀だ」
その日、信秀の元を一人の男が訪れていた。名を村井貞勝。後に信長政権下で活躍する能吏である。彼はいかにも真面目そうな鋭い視線のまま信秀を見定めるように眺めた。
「……成程、当主を継ぎ僅かな期間で尾張をほぼ平定するだけの事はありますな」
「村井殿。あまりそのような視線は好かんぞ。貴殿が持参した手付金が無ければ門前払いをしたいところだ」
村井貞勝はお目通りを願うにあたり大量の手付金を持参してきていた。それはとてつもない額であり、何の伝手もない貞勝がこうして信秀と会う事が出来ている理由であった。それだけに、まるで試されるかのような貞勝の視線に信秀は不快感を覚えていたのだ。
「失礼しました。某、どうも人を見る目が可笑しいとよく言われまして」
「それには同意するよ。それで? 態々目通りを願ったのは仕官が目的か?」
「その通りです。正確にはこの目で確認して、仕官するに値する人物かを見定めたかったと言った方が良いでしょう」
「……」
貞勝の明け透けな言葉に信秀は思わず顔をひきつらせた。ここまで取り繕わない言い方をされると怒りも湧いてこないものだ。信秀は一呼吸を置くと改めて姿勢を正した。
「それで? 俺は仕官するに値すると思ったか?」
「及第点といったところでしょう。某、出身は近江ですが六角家では小間使いのような役回りしかさせてもらえませんでしたので信秀様の下ではきちんと能力を生かしてもらえることを期待しております」
「あ、アハハ……」
村井貞勝は出身地である近江を支配する六角家に仕えていたが扱いはよろしくはなく、出奔して各地を放浪した末に尾張へとたどり着いたのだ。
「(六角家当主定頼様は高い能力を有しておりますが家臣団がそれに追い付いておらず、その力を十二分に発揮できておらず、北近江で台頭してきた浅井家当主亮政は武力一辺倒。斎藤利政は論外。信秀様ががだめならば駿河にでも向かおうかと考えておりましたがその必要はありませんでしたな)」
このように内心では冷静且つ冷たい反応をしていたが流石の貞勝もそこまで口にする事はなかった。明け透けな態度を崩さない彼も一応の線引きは持っているという事だろう。
こうして織田家には政略に強い貞勝が加入したことで加納口の戦いで失った国力を急速に補填する事が出来るようになった。貞勝はその高い能吏としての実力を生かして瞬く間に織田家で地位を確立し、信秀の側近として採用される事になる。
「信秀様。尾張には未だ燻っている猛者が多くいるでしょう。信康様の補填、と言うと言い方は悪いですが代わりを務められる人材は集めるべきです」
更に貞勝の意見から尾張中から人材を募集する事になった。採用条件は一芸だけでもいいから自信を持った者に限定したがそれでも尾張中から多くの人々が仕官に訪れている。採用は貞勝を始めとする能吏の面々に一任され、半数を雇う事になった。
「島田秀満殿、金森可近殿、池田恒利殿……。他にも多数いますが将来有望な若者が多く仕官してくれましたな。信秀様、ご自身もお若いので重々承知と思いますが功を焦って命令違反を行いやすいものです。引き締めは貴方様のお仕事ですよ」
「それは分かっているが……。貞勝、お前も若いよな?」
「某今年で25になりますので」
「十分若いじゃないか……」
とはいえ貞勝の加入により織田家は無事に立て直しに成功していく事になる。一方で織田家以上に損害を受けた水野家も筆頭家臣となった高木清秀の尽力により損害の補填を少しずつ行っていく事になる。
そして、侵攻の準備をする松平家もまたその準備を着々と整えつつあるのだった。




