第九十四話・松平広忠
「殿、出陣の準備は半月も経たずに完了するでしょう」
「分かった。忠員、あと少しだが頼むぞ」
「ははぁっ! お任せくださいませ!」
岡崎城にて戦支度をしている広忠は家臣大久保忠員の報告に顔をほころばせつつ彼の活動をほめたたえた。5年前に父清康が亡くなり、後見人の信定に実権を奪われた上で今川家に従属する羽目になっていた広忠は今川家の支援ありきとはいえ漸く織田家に復讐を果たせる機会を得られたと入念な準備を行っていた。
信定は今川家に従属後も広忠の後見人として我が物顔をしていたが今川義元はそれを許さず、信定が行使できる権力は無いに等しくなっていた。おかげで広忠は岡崎城を中心に再び松平宗家としての力を取り戻していた。
しかし、父清康のように三河全土を支配出来ているわけではない。国人衆の大半は今川家に直接従っており、分家の者達も信定を筆頭に広忠の命令を無視していた。広忠に従うのは岡崎城周辺のみであり、動員できる兵力も無理をして3千が限界だろう。
「報告によれば今川殿は2万の軍勢を動員しようとしているとか。やはり大国今川家は凄まじいな」
「そうですな。対する織田家は先の戦での大敗もあり精々が8千程度でしょう」
3倍近い兵力差。余程の事が無ければ負ける事はないだろう。それだけに広忠は余裕を持って準備を行う事が出来ていた。例えそれが今川の威を借りたものだとしても気にする事はない。駿河を、今川を、義元を実際に目にした広忠は今川に逆らう事がどれだけ愚かな事かを理解させられてしまっていた。
「(義元殿は私を松平宗家の当主として扱ってくれている。信定の叔父上の傀儡とされていた私を救ってくれたのだ。復讐のためだけではなくそのご恩に報いるためにも此度の戦で活躍してみせよう)」
すっかり広忠は今川家の忠臣となり果ててしまっていた。そして、それは忠員の目から見ても明らかであり、そのことに少しだけ悲しい思いを感じていた。
「(父君清康様はその武力で三河統一を成し遂げ、尾張に侵攻するに至ったというのに。いや、年若い広忠様にそれを求めるのは酷か。それに今川と松平では国力差は明白。そう考えれば広忠様の態度も悪い物ではない)」
最早松平家が今川家から独立する道は残されていない。例えそれを行ったとしても圧倒的な力を持つ今川家に引きつぶされるか織田家にこれ幸いと攻め込まれるだけだろう。清康が亡くなり、織田家と今川家に挟まれた時点で松平家の未来は確定してしまっているのだ。
「(せめて今度の戦では功績を上げて今川家中での松平家の発言力を高めねば……)」
広忠と忠員。互いに思惑はあれど戦で功績を上げようとする思いは一致していた。そして、それは他の家臣たちも同様であり、織田家への復讐を望む者、功績を上げて今川に取り立ててもらおうと画策する者、松平家への忠誠の為……。そんな思い思いの事を考えながら松平家は織田家との戦の準備を整えていくのだった。
「者ども! 出陣せよ!!!」
「「「「「おおぉぉぉぉぉぉっ!!!!!」」」」」
そして半月後、松平広忠を総大将とする二千五百の軍勢が岡崎城を出陣した。更にそれに呼応するように今川義元も自ら総大将を務める二万の軍勢を出し、尾張へと向けて出陣した。
後に信秀最大の戦とも言われるようになる小豆坂の戦いを含む西三河の戦いが始まった瞬間であった。
次回から最終章に入ります。その前に恒例の登場人物紹介をやります。




