閑話1・斎藤家視点
斎藤家視点を書き忘れていたので閑話として投稿します。他にも幾つか閑話を書く予定です。
「何故でございますか!」
「弘就! 無礼であろう! 控えよ!」
斎藤家家臣、日根野弘就は主君であるはずの斎藤利政に詰め寄る勢いで怒りを露わにしていた。そんな彼を利政の護衛として控える長井通利が止めていた。その手は腰に差す刀に伸びており、弘就の行動次第では切り捨てる事も辞さないという覚悟を感じさせるものだった。
「構わん、通利。弘就よ。織田を攻めないのがそれほど不満か?」
「当り前でございましょう! 何故、何故尾張へと侵攻をしないのですか! 今の織田は信康を討ち取られ、兵も多く失い満身創痍の状態! これほどの好機、今後訪れるとは思えぬのですぞ!」
斎藤利政は何処か可笑しそうに笑みを浮かべながら弘就の話を聞いていた。弘就がここまで怒りを露わにしているのは尾張への侵攻を利政が却下したためである。朝倉家を退け、稲葉山城へと帰城した利政は即座に評定を開き、息子高政を中心に稲葉山城を守り抜いた若手たちを褒めたたえたがその後は尾張への手出しを禁じていたのだ。
その結果、弘就を始めとして若手は不満を感じていたのだ。弘就が怒りを爆発させていなければ何人かが詰め寄っていただろう。実際、岸信周や加藤影泰等は不満げな表情と態度を隠そうともしていなかった。
「……弘就。お前には今の織田を攻めるのが好機と映るか」
「そうでございましょう!? 殿はそうは見えぬと申されるのか!?」
「その通りだ。うつけが」
利政は鋭い視線で弘就を睨みつけた。それは利政が自分に歯向かう者を殺すときに見せる視線と同じものであり、その視線を正面から受けた弘就は怒りさえ忘れて恐怖心に身体を包まれてしまった。
「織田は此度の進軍に置いて六千の兵しか出しておらぬ。織田家の総兵力は一万であり、四千が未だ無傷だ。加えて、我らが攻めるとなれば中立を保っている岩倉織田家も何かしらの動きを見せるだろう。それに何より、あの今川が尾張攻めの為に準備を始めている。今攻め込めば漁夫の利と言わんばかりに今川が得をする事になるだろう」
斎藤家が出せる軍勢は一万である。これは美濃の国人衆を含めない数である為に遠山家を始めとする国人衆の兵数を合わせれば二万を出すことが出来るだろう。しかし、利政が美濃を土岐家から奪って日が浅く斎藤家に表面上従っても忠誠を誓っている国人衆は少ないだろう。
現に今回の侵攻を受けて土田家は真っ先に裏切り、他の国人衆も日和見を決め込んでいた。例外なのは遠山家くらいだがそれも恩を売りつけて自らの領地に斎藤家が手出しをしづらくするためであった。実際、遠山家は織田家が引き始めるとさっさと撤兵しており、今回の評定でも呼んでいたが顔を見せる事はなかった。
「今川はその気になれば二万だろうと三万だろうと用意することが出来る。美濃で戦う分には負ける気はない。しかし、それが侵略している敵地でならば話は別だ。儂は勝てない戦をする気はないからな」
「……」
利政の言葉にそれ以上は何も言えずに弘就は黙ってしまう。しかし、納得はしきていない様子で握拳を作り、腕を振るわせていた。その様子に利政は鼻で笑うとじろりと高政を睨みつけるように視線を向けた。
「高政。織田方が雇った間諜に殺されそうになったそうだな。無事で何よりだ」
「……ええ。辛くも命拾いしました。あの時は生きた心地がしませんでしたよ」
「お前は儂の大切な嫡男だ。命は大切にせよ。ああ、それと裏切り者の妻木だが尾張に逃げ込む前に始末した。妻木の事で頭を悩ませる必要は無いぞ」
「……分かりました」
高政はそう答えるしか出来なかった。妻木が用済みとして処分されたことなど明白だったがそれをこの場で言う程高政はおろかではない。妻木に関しては利政の方では既に知れ渡っているのか主君であるはずの明智光秀は何もいう事はなく黙ったままだった。
「(明智の若造め……! 父上にそこまで忠誠を誓うか!)」
高政は自分の家臣すら贄に出す光秀に苦々しい思いを抱くもやはりそれを表にする事は出来なかった。所詮高政は利政の嫡男であり、利政が健在の間は不遇な扱いをされるだけの存在でしかないのだ。
「(……まだだ。今はただ辛抱するのみ……!)」
しかし、高政はここで終わるつもりは無かった。父が自らを疎ましく思っているのと同様に自身もそんな利政を忌み嫌っている。今は無理だとしてもいずれは父を打ち倒して斎藤家当主として美濃の支配者になろうと野心をその心のうちに宿していた。
「(そのためにも今は父上の言うとおりに動きつつ味方を集めるのだ)」
この日より高政は利政の都合の良い存在として動き続け、いずれ来る反逆の日に向けて牙を研ぎ続ける事になるのだった。




