第九十一話・加納口の戦い終
書けた……。奇跡的に書けた……
——殿、申し訳ございません。信康様は、討ち死にされました。
——……そうか。
道安が危険を承知で行ってくれた救援の結果に俺はそれだけしか答える事が出来なかった。現在、俺は稲葉山城を離れて尾張へと帰還する途上にあった。朝日が昇り、周囲を確認できるようになったことで味方がほぼ残っていない事が分かったからだ。
あの後、斥候を出した結果として無事な軍勢は一つも残っていない事が判明した。佐久間信晴は本人こそ無事で合流できたが兵はほぼ総崩れとなってしまっており、山口教継、橋本一巴、織田三位達は途中までは無事だったが本丸へと上って来た新たな斎藤家の軍勢に壊滅させられたとの事。話を聞く限り東美濃の有力豪族である遠山家のようだ。
水野家の軍勢は散り散りであり、忠政殿を始めとして水野家の者達の行方はつかめていない。本来であれば友軍を置いていくなどあり得ないかもしれないが最早俺たちにはそんなことを言っている暇は残されていなかった。
今、俺と共にいる兵は千しかいない。美濃へと攻め入った時には六千もいたというのに。その全てが討ち取られたわけではないだろうが半数は確実に失っただろう。
それに、何よりも信康の死が俺の心に大きな穴をあけている。俺を兄として慕い、ここまでついてきてくれた信康。俺を武の面から支えてくれたあいつが死んだなんて信じられなかった。氏興との一騎討でさえ勝利したあいつがこんなところで死ぬなんて想像できなかった。
きっとボロボロだろうが今に合流してくれると心のどこかで未だに信じているほどに受け入れる事が出来ていない。こんなんじゃダメなのは分かっているはずなのになぁ……。
「報告! 報告します!」
「……話せ」
その時だった。後方から斥候を任せた兵が俺の元に駆けこんでくる。俺は何も言えずにいると隣にいた道安が代わりに話すように促してくれた。
「稲葉山城から斎藤方凡そ三千が出陣! 土田城に向かっています!」
「……そうか」
「殿。これは……」
土田城に向かったという事は俺たちよりも裏切り者を先に処罰する気なのだろう。……土田政久は討ち取られたと斎藤家が大々的に叫んでいたらしく当主が死んだことでまともな抵抗も出来ないと判断しての事だろう。本来ならば救援に向かうべきなのかもしれないが今の俺たちでは出来る事等何もなかった。精々が土田家の娘を予定通りに側室に迎え、義理を通すことぐらいだろう。
話によると土田政久は出陣前に娘を尾張に向かわせていたらしいから戦火に巻き込まれる事はないだろう。雪とうまくやってくれていると良いが……。
「道安。もし、土田家の者が庇護を求めてきたら受け入れてやってくれ」
「かしこまりました」
今の俺にはそれしか出来ない。ああ、本当に敗残兵とは惨めだ。思惑はあれどこちらの味方になった豪族を盾にするようにして逃げる事しか出来ないのだから。そして、出来れば二度とこんな経験はしたくない物だ。
暫くして無事に尾張へと入った頃に斎藤家によって土田城が落城したと伝わって来た。五百という最大人数で出陣していた土田家は当主政久の討ち死にもあって大した抵抗も出来なかったという。
斎藤方は裏切り者の土田家を許さなかったようで政久の子供たち、それも娘に至るまで切り捨てた上に身分の低い家臣すらも悉く討ち取ったという。結果、土田城は廃城となり、野盗等の根城とならないように徹底的に破壊されたそうだ。
それを持って斎藤方は兵を引き、こちらに追撃をしてくるような真似はしなかったという。また、北西部で戦っている朝倉家も俺たちの敗走を聞くと兵を引き上げたそうだ。利政は稲葉山城に戻ってしまい、美濃の攻略は更に難しくなった。朝倉家も特に何かを言ってこないあたりそこまで期待はしていなかったのかもしれない。
結局のところ、織田方がただただ損害を受けるだけで終わったこの戦いであり、誰も得をしないものとして終了することになった。更にきな臭い動きを見せる今川や松平に備えるためにも俺は信康の死を悲しむ暇すら与えられることなく戦後処理に忙殺される事になるのだった。
2、3話戦後処理についてやったら最終章に入ると思います。




