第九十話・加納口の戦い16
お久しぶりです。約4年ぶりの投稿になります。そのせいで色々と忘れてしまっていて設定とか話を読み直して何とか書きあげました。次話については完全に未定です。出来れば完結まで書き上げたい……。
「信周! 無事か!?」
「……ああ」
信康の軍勢を壊走させた弘就は本陣にて信康と一騎打ちをしていた信周に駆け寄った。本陣に討ち入った際には50名はいた兵は10名ほどにまで減っており、一方で信康側の兵がその倍以上倒れていた。彼らがどれだけ奮戦したのかが分かる数だった。
「信康は!? 討ち取れたか!」
「……」
弘就の言葉に信周は何も言わずに前方を指さした。弘就がそちらを見れば胸に信周の槍が深々と刺さった武将がこと切れていた。それを見て弘就は理解した。何故信周がここで立ち止まったままでいるのかを。
「……後は俺に任せろ」
「頼む。俺は少し疲れた」
弘就が短く信周を労い、改めて彼を見る。決して楽な戦いではなかったのだろう。彼は体中から出血しており、特に右足は真っ赤に染まるほど大量の血を流しており、このままでは命にかかわる事は明白だった。弘就は部下に信周の手当てを任せると大きな声で叫んだ。
「敵将織田信秀が弟! 織田信康を岸信周が討ち取ったりィィィィィ!!!!!」
「「「「「うおおぉぉぉぉぉぉっ!!!!!」」」」」
それはまさに織田方の劣勢を決定づけるものであり、勝者はどちらかなのかを明白にしていた。
そして、その声を聞いたのは斎藤方の兵士だけではない。信秀の命令で信康の救援に駆け付けていた林道安もまたその声を聴いていたのだ。
「道安様……。引きましょう。このままでは……」
「……分かっている」
——道安。元気な兵を集めて信康を迎えに行ってはくれないか? 信康は前後から挟撃を受けている。助けられるようなら助けてくれ。だが、無理だった時は……見捨ててくれ
「(殿……。申し訳ございません。間に合いませんでした……)」
道安は斎藤方の兵に気づかれる前に来た道を戻っていく。その表情は苦悶に満ちており、主命を果たせなかったことへの悔しさが浮かんでいた。本来であれば一戦交え、信康の遺体を取り戻すべきなのかもしれない。しかし、元気な兵を集めたとはいえその数は三百を下回っているうえに道安も信康を討ち取る程の猛将を相手に出来る武勇は持ち合わせていなかった。故に、彼は撤退する以外の道が残されていなかったのだ。
「(せめて、せめて信秀様だけでも……!)」
ここで信康だけでなく信秀も失う事になれば折角一つに纏まりつつある尾張は再び分裂してしまうだろう。那古野の今川氏興も藤左衛門家の信繁も信秀だからこそ従っているのであって彼が死ねば再び独立を目指そうとするだろう。
ましてや信秀が若く、嫡男さえ誕生していない状況では家督をめぐって家中で争い始めてもおかしくなかった。故に道安は信康の事は一旦忘れて、信秀の安全を最優先に考える事にした。どちらにしろこの戦いは敗戦以外のなにものでもなかった。最悪の場合は信秀だけを連れて尾張へと逃げ出そうと道安が考えていると傷ついた信秀の軍勢に合流する事が出来た。この時点で日は完全に昇り、稲葉山城や周辺の戦場を朝日が照らしていた。
「(一体、どれだけの者が生きて帰れるのか……)」
道安はふと、稲葉山城へと視線を向けた。前日までは本丸までに敵を追い詰めていたのに立った一夜で全てをひっくり返されてしまっていた。事前情報では斎藤家の若手しかおらず、ましてやそれらを率いるのは不出来であると噂されていた斎藤家の嫡男だった。負ける要素がない戦いのはずだったのだ。
「(少し、有頂天になっていたか……)」
信秀が家督を継いで以来織田家は危機こそあれどそれを乗り切り勢力を拡大していた。10年前と比べれば勢力は見違えるほどに。故に、驕っていたのかもしれない。相手が”蝮”の異名を持つ斎藤利政ではないからと、今回も勝てると驕った結果がこの惨敗のように道安には思えてならなかった。
「(気を引き締めなければ……)」
道安は驕っていた自分自身の気を引き締めようと決意をしながら最悪の報告をするべく信秀の元へと向かうのだった。




