第百話・三河侵攻4
祝・百話
織田信秀が安祥城を攻略している頃。三河北西部では今川氏興率いる二千の軍勢が進軍していた。目標は松平信定が城主を務める折平城である。そして、折平城を攻略後はその更に東部にある篠平城を落とす予定となっていた。
「ふむ、よくある城だな。なんの特徴もない普通の、城だ」
氏興は山間から見える折平城を見てそう判断した。折平城は東西を山に挟まれた場所に作られた城であり、攻めるためには南北からしか攻める事が出来ない立地となっていた。元々奥三河は険しい山々に包まれた場所である為にこういった城はたまに見かけるものであり、それだけに氏興は折平城をそう判断したのだ。
「まもなく南北から千ずつの軍勢が攻略に取り掛かります。……氏興様はやはり、行かれるのですか?」
「愚問だな。そのためにここにいるのだ」
家臣は少し戸惑いながら聞いてくるが氏興は一切反論を許さないと言わんばかりに圧を込めて黙らせた。氏興の周りには供回りの百名の兵士がおり、氏興の命令を待っていた。
「ですがたった百名で西から奇襲して落とすなど難しいと思いますが……」
「何かしらの奇策を持った城ならな。この程度の城なら問題は無い」
家臣はどうしても氏興を危険に晒したくはないのだが氏興はそれだけで止められるような人間ではない。結果的に家臣の説得は無意味に終わり、織田家から借り受けた二千の軍勢が南北から城を取り囲んだ。
「時間だな。行くぞ」
「分かりました……」
折平城には八百の兵が籠城しており、士気も高いためか何と二百ほどの兵だが城から打って出て攻撃を仕掛け始めたのである。しかし、それは氏興にとっては好都合だった。城内の兵がそれだけ減るのだから。
「しっ!」
「ぎゃっ!?」
氏興は音もなく城の側面まで近づくと見張りをしていた兵士を弓で次々と射殺していく。氏興の膂力で放たれる矢は甲冑の上から人を射殺す程の威力を誇り、兵士たちは何が起こったのかさえ分からずに絶命していく。
「行くぞ! 我に続け!!」
「「「「「うおおぉぉぉぉぉぉっ!!!!!」」」」」
「なっ!? 敵襲! てきしゅ……!」
折平城の兵士が気づいたころには既に手遅れであり、氏興率いる百の兵士が城内に侵入しており、片っ端から敵兵を切り殺していく。彼らは氏興によって鍛えられた一騎当千の強者たちであり、それぞれの得物を十二分に使い兵士たちを惨殺していく。
「ば、バカな!? 敵は少数だぞ!? それなのに……!」
「邪魔だ」
その中でもやはり氏興の力は郡を抜いていた。たった一人で軍勢を壊滅させそうな力を発揮する彼は一刀で敵兵を切り捨てていきながら常に動き回り、相手の反撃を許さなかった。時には殺した兵が持って嫌槍や刀を投擲して遠くの兵士を殺すなど多彩な殺害方法で城内を血だまりに変えていく。
「アハハハハハハッ!!!!! 三河の田舎侍共!!! その程度か! 山に籠ってばかりで戦いを知らねぇのか!?」
「ヒィ!? ば、化け物……!」
「人じゃない……! 鬼だ! 奴は鬼だ!」
返り血を浴びて真っ赤に染まる氏興を見て兵士たちは恐怖に包まれる。戦場で楽しそうに笑いながら敵兵を切り殺す姿は見ている者の心を折ってしまう程に悲惨な光景だった。
「怯むな! 敵は百名程! 数で圧殺し……!」
「出来るもんならやってみろ!!!」
途中、侍大将が指示を出して対応に当たろうとしたが指示を出し終える前に切り殺されて徒労に終わった。そして、それが最後の一押しとなったようで折平城の兵士たちは武器を捨てて逃げ出し始めたのである。
「逃げろ! 敵は鬼だ! ここに居たら殺されるぞ!」
「嫌だ! あんな化け物に勝てるわけがねぇ!」
恐怖で顔をゆがめ、必死の形相で逃げる者を見て事情を知らない兵士達にも恐怖が伝播して逃げ出し始めた。本丸で様子を見ていた信定はその様子に怒りを露わにしたが最早どうしようもなかった。
城外では南北から千の兵が挟みうつ形で城攻めを行っており、兵士が減った事や持ち場を離れたことで次々と城内へと侵入し始めた。そこまで来て信定も逃走を決めるがそのころには本丸以外はほぼ陥落したも同然の状態となっており、逃げ場は残されていなかった。
「清康を殺し、松平家の宗家の座を狙ったのだがな……。見果てぬ夢だったか」
信定は残った兵士の助命と引き換えに自刃した。ともにいた嫡男の松平家清定も同じように自刃したために信定が目指した野望は人知れずに費える事になるのだった。




