第九十五話・評定
美濃攻めから凡そ二月後。ついに松平家及び今川家が尾張に向けて出陣したという報告が入った。その数は2万越えと今までに経験したことがない数だ。幸いなのは先陣を切る松平広忠は二千五百の兵のみで二万を率いる今川は駿河を出陣したばかりで猶予がある事だろう。
「貞勝。こちらの兵は?」
「準備を進めていたので一万は出せます。まぁ、斎藤家へのけん制の為に動かせる兵は多くても八千が限度でしょう」
八千……。守るにしても心もとない数だ。美濃攻めの失敗が本当に痛い。
「加えて、言うのであれば一部は登用したばかりの若手衆ですので数通りの戦力と言えるかは怪しいですな」
「それもそうだな」
若手衆は若いだけあって血気盛んで勇猛果敢に戦ってくれるだろう。そのせいでこちらの命令を聞かない可能性が高いがそれを抑える教育は可能な限り施してきた。それがきちんと行き届いている事を願うしかないか。
「広忠の軍勢に関しては何とでも出来るでしょう。問題は今川の軍勢です」
「……ああ。すまないが急ぎ集められるだけ将を集めてくれ。今後についての評定を開きたい」
「かしこまりました」
5年前の三国からの侵攻なんか比ではない危機だ。何しろあの時でさえ1万4千程度の兵であったのに今度は2万を超える数だ。ただ守るだけでは絶対に勝つ事は出来ないだろう。
むしろ態々2万の軍勢を一つにして攻める必要も無い。俺だったら5千くらいの軍勢を4つにして一気に攻め込む。大軍というのはそういった行動も出来る。まぁ、各個撃破される可能性もあるにはあるがそう言った大胆な行動は難しいだろう。
「……待てよ? そうか。ならそうすれば良いのか」
俺はふと、思いつく。そうだ。一か八かの賭けになるがやってみる価値はありそうだな。とはいえあくまでも俺の思い付きであり、家臣たちや叔父上たちの意見も聞いて詳細を詰めた方が良いな。今回は織田家存亡の危機とも言える事態なんだから。
「それでは、評定を始めます」
翌日、尾張中の織田家の城より名だたる武将たちが勝幡城に集められていた。進行役として村井貞勝が音頭を取るが評定が行われる広間はその広さを感じさせない程の人数が一堂に会している。
信康の死によって一門衆の筆頭となった信秀の叔父である織田敏宗にその弟の秀敏。元服し、立派な武将としてこの場に来ている織田信光。家臣には筆頭家老となった林道安に平手政秀、佐久間信晴、山口教継、河尻親重にその子である秀隆。続く形で橋本一巴と平田三位、前田利昌に柴田権六。若手衆と呼ばれる新たに仕官した金森可近、島田秀満に池田恒利に佐々兄弟と一括りにされる政次と孫介が続いている。
他にも協力者乃至従属関係にある他家として藤左衛門家から織田信繁、水野家から水野信元と筆頭家老、高木清秀が、那古野今川家から今川氏興が参加している。清州の斯波義統は加納口の戦い以来信秀と距離を取っている為に不参加であった。
とはいえ織田弾正忠家の主要メンバーが勢ぞろいしている事に変わりはなく、信秀でさえ全員が集まっているのは見るのが初めての経験だった。……それだけ、今回の一件が非常に重要な事であることを物語っていた。
「皆様ならば既にご存じかと存じますが改めて説明しましょう。現在、ここ尾張を目指して松平広忠率いる二千五百の兵と駿河今川家二万が向かってきています。陣容こそ不明ですが義元や広忠が総大将を務めているとの話もあるので家中の主力、大久保家や朝比奈家、岡部家や安倍家などに連なる面々が参戦していると思われます。当然、今川家の軍師、太原雪斎も」
聞けば聞くほど絶望的とも言える相手だった。格上の相手が全力で攻撃してくるのだ。この場に参加する者達の表情が険しいものになっていく。精々が若手衆が血気盛んに「誰だろうと相手になってやる!」と自信満々なくらいだろう。
「そのため、急ぎ尾張防衛の軍編成を行います」
「……そのことだが」
その時だった。貞勝の話を遮り、信秀が言葉を発する。突然の事に誰もが視線を向ける中、信秀は言った。
「思い付きだが一つ試したい事がある。……三河を戦場にするんだ」
それは一世一代の信秀の決断だった。




