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ヴァンプライフ!  作者: ししとう
scene.3
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042 クドラクとクルースニクと許嫁と

 栗栖さんのお願いが自分の想像していたものと違っていて、少し驚いた。想像していたのは何かの罰ゲーム的なもの。例えば“八神先生に『先生って安い接着剤みたいな臭いがしますよね☆』みたいな悪口を言いに行く”とか、そういったものを想像していた。まあ、それをされていたら僕は確実に死んでいた訳だけれども。

 しかし。

“私のことも知ってください。ちゃんと。全部”

 と、来た。

 どういうことなんだろう?

 首を捻る。

 栗栖さんが何かしらのクドとの因縁があるのだろうなとは、栗栖さんの刀を見て思った。

 でも。

 そういうのって、普通。あまり知られたくなかったりしないんだろうか。

 正直、僕は「え?」と思った。何でもすると言った手前、本当にそんなことでいいのかと思った。だから、

「ほ、本当にそんなことでいいの?」

 聞き返す。

「うん」

 はっきりと栗栖さんは頷く。

 聞き間違いではないらしい。

「でも……ほら、無理に話すことないんだよ? 僕だって無理に聞き出そうだなんて思ってないし、このことを見なかったことにするぐらいは出来るから」

「いいえ。知ってほしい。クドラクの事情だけ知っているのはずるいです」

「ずるいって……」

「ずるいです」

 じっと、栗栖さんが純粋な目で僕を見た。

 思わずたじろぐ。

 思いがけぬ迫力に気押しされ、断れるような雰囲気はいずこかへと消え去った。

 元より断るつもりは毛頭ないのだが……しかし気になる。

「あ、あのさ」

 思わず聞いていた。

「本当に僕たちって初対面……なの?」

 聞いてしまってすぐに後悔。

 この事が原因で栗栖さんを怒らせてしまったことがあるのに、僕はなんてバカなんだろうと思った。さらに機嫌が悪くなったら元も子もないじゃないか。

 すぐ訂正しようと思い、顔を上げる。

 すると、

「初対面じゃないです」

 はっきりと言う。

「私がなんでこの高校を選んで入学したのか知ってますか?」

「え……り、立地がよかった……とか?」

 結構真面目に考えたつもりの答えは、

「そんなわけないでしょう!」

 と、割と本気で怒られてしまった。

 ぷくぅとお餅を焼いて怒る栗栖さんは不謹慎にも可愛いと思った。でも。

 あれ?

 なんだろう。

 何かが頭の中で引っかかる。

 こんな顔どっかで……。

 どこだったかな?

 思い出そうと逡巡してみるが、やはり子供の頃の記憶は思い出せない。なので、それはともかくという便利な日本語で全てを片づけることにした。

「まったく」

「ははは……」

 怒っている栗栖さんに苦笑で返す。

 すっかりおかんむりな彼女が横を向いた。すると、がやがやと屋上の扉から声が聞こえてきた。どうやら階下の生徒がここへ登ってきているようだ。

 そういえば不思議だったが、ここへと続く扉の鍵が開いていたのを思い出す。

 ちなみにこの学校は屋上への侵入はいかなる理由があろうとも校則違反である。

「あ」

 声に気が付いた栗栖さんは慌てるようにささっと僕の後ろに隠れた。

「もしかして?」

「もしかして」

 こくりと頷いた彼女を見て、全てを納得。

 おそらくここへ来たのは彼女の意志で、しかもここに来るための鍵を開けたのも彼女。なんというか、らしくない。そう思った。

 がしがし頭を掻く。

『なに、騒いでんだお前ら』

 屋上の扉の向こうで八神先生の声が聞こえてきた。

『あ、八神先生。なんか屋上の扉が開いてるみたいなんですけど』

『あん? げ。マジじゃねーか。ったく、誰だよ。オレの仕事を増やしやがったバカは』

『さあ?』

『ち。とりあえずこのことをお前ら校長先生に伝えてこい。オレが様子見てくっから』

 ま、ままま、マズイ! やつが来る!

 慌てた。とにかく慌てた。

 何故だか理由は分からないけど唐突にスクワットを始めた。次に腹筋、腕立て伏せ。背筋も。

 ふぅ……。

 って、落ち着いてる場合かー!

 思いっきり錯乱して、地面にごんごんと頭を打ち付けた。

 こつこつと階段を昇ってくる靴音。

「うぅ~~~~~~~」

 しばらく唸って、栗栖さんの顔を見た。

 彼女もどうしていいか分からずおろおろしている。


 刀を持って。


 拳を口元に当てる。

 マズいよなあ~……。絶対マズいよなあ~。だって刀だもん。刀。

 刀を持ってる女子高生って……。何かすごく漫画ちっくだ。けど、残念なことに現実からいくら目を背けようとも現実は簡単には消え去ってはくれない。

 こつ。

 靴音がそこで止み、扉の前に八神先生が立ったらしい。

 慌てふためく。

 体が硬直していくのが分かる。指を咥え、ぴっきーんと硬直した体で周りをきょろきょろと見回して、咄嗟にあることを閃いた。

「(く、栗栖さん!?)」

 思い切り大声で、しかし扉の向こう側にいる人間には聞こえないほどの絶妙な音量ボリュームで、

「(栗栖さんって……刀を持ってるってことは、クドと戦ったんだよね!)」

「(え、ええ……まあ)」

「(じゃあ……ちょっとぐらいの高さのビルくらいなら跳べる?)」

「(は、はい。おそらくビルの一、二階程度なら余裕で……)」

「(ちゃ、着地も!?)」

「(はい)」

 よし! と思わずガッツポーズ。それを聞いて僕は覚悟を決めた。

「(じゃ、じゃあ……跳んで! 今すぐ!)」

「(え)」

「(というか……逃げて! 八神先生がここにやってくる前に!)」

 屋上の先を指差す。

「(あっちの方向に僕の家、っていうか『スタブロス』っていう喫茶店があるから! そこ、僕の家! そこに逃げ込んで!)」

「(く、久遠くんは……?)」

 とんと胸を叩く。

「(大丈夫。僕が時間を稼ぐから)」

 そう言ってにいっと笑う。

「(ちょっと……妙案があるんだよね)」

 少し誇らしげに。

 僕の自信溢れる顔を見て、栗栖さんは一度小さく頷く。

「(分かりました。お願いします)」

 そう言って彼女は踵を返し、屋上のフェンスを乗り越え、

「(ご無事で……!)」

 たん、と。

 栗栖さんは学校の屋上から飛び降りた。

 それと同時に、屋上の扉が開け放たれる。ほとんど僅差だった。

「あん? お前……なにしてんだ」

 背後から声。

 せーふ。ぎっりぎりせーふ!

 どうやら気が付いていない。ここから栗栖さんが逃げ出したことに。

 僕は振り返る。

 そこにはやはり。

 鬼がいた。

 八神先生は火の点いたタバコを咥えながら、相変わらず不機嫌そうな顔でそこに立っていた。

「や、やあ! 八神先生!」

 手を上げて、挨拶。ちょっと声のキーが高い。

「やあ……って」

 八神先生は思いっきり変な表情になった。

 それもそうだろう。

 屋上に生徒が一人でいて、周りは何故か傷だらけで、給水タンクに至ってはぶっ壊れているんだから。

 どう考えても何かがあった。

 もしくは。

 犯人はお前だ。

 である。

 八神先生は首を少し動かして辺りを見回す。

「なにがあっ」

「いい天気ですね!」

 先生が何かを言う前に言葉を遮る。

 明らかに先生のこめかみがひくついた。

 それでも構わず、

「いや~こんな天気のいい日は深呼吸がしたくなっちゃうな~……すぅ、は~。すぅ、は~。わ~なんて美味しい空気なんだ! 先生もご一緒にどうですか!」

「…………あ?」

 ぎらり。

(ひ、ひ~)

 こ、怖すぎる!

 ナニあの目!

 ほんとにあの人教師!?

 ヤクザじゃないの!!

 と、半分本気でそう思っている。

 僕はヤケクソ気味に素っ頓狂に笑う。

「はっはははは。あぁ、もうすぐ授業が始まっちゃいますね。僕、戻ります!」

 だっと駆ける。

「待てこら」

 その首根っこを八神先生がとてつもない膂力りょりょくで掴んだ。

 顔がつい引きつる。

「く~お~ん~」

「は、はひっ!?」

 先生はすごく笑っているのに、目が。目だけが。先生の澄んだ綺麗な目だけが、どー見ても笑ってない。

「今ならまだ間に合うぞ」

「そ、その心は……?」

「うん? そーだな。屋上でハイクラッチ式ジャーマンスープレックス。あ、受け身とれよ。受け身とらねーと頭から血が出っから」

 ハイクラッチ式ジャーマンスープレックスってあれっすよね。腕と首を背後から高い位置で固定されるから受け身を取るのがプロでも難しいっていうあの!

 絶対コンクリートの地面でやっちゃいけないやつっすよね!

 僕は引きつったままの笑顔を見せた。

「せ、先生……」

「おう」

 これ以上悪くなるなんてことないんだ。

 栗栖さんのため。

 そう思えば、なんてことはない。

 一度目を瞑ってからもう一度開く。

 今こそ、妙案を試みる時。

 栗栖さんがここにいたという可能性を少しでもなくすため。

 僕が咄嗟に思いついた妙案。

 僕は先生に、

「あの……」

 と、小さく声をかけた。

「前から……思ってたんですけど……」

 小さな、小さな、それは誰にも聞こえないほどの小さな声。あまりにも小さな声だったので八神先生が耳を近づけて威圧。

 そして。

 叫ぶ。


「先生って安い接着剤みたいな臭いがしますよね☆」


 結果。

 久遠かなたは。

 臨死した……。


 計一〇回のハイクラッチ式ジャーマンスープレックスを受けた後、これでもかと言うぐらい先生にボコボコにされた。

 ついでにツバも吐かれた。

 屋上に残ったのはボロ雑巾と化した少年だけだった……。

 幸いにも、ここに栗栖梨紅という少女がいたという事実が知られることはなく、僕の妙案は成功(?)した。

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