043 クドラクとクルースニクと許嫁と
「いてて……あの人、マジだったな……」
ちょっとした冗談ってことで笑ってくれてもいいのに。
歩きながら頬をさする。
ふと。目の前にケーキショップのショーウインドーが見えたので、そこで改めてぼろぼろになった顔を見た。
目の周りにアザがあり、頬が見事に腫れあがっていた。ようやく合点がいく。気のせいかとも思っていたが、すれ違う通行人のほとんどが僕を二度見し、絶句していた。これが原因か……。
店の中の人と目が逢った。お店の人がぎくりとして、店の中の電話に手を伸ばす。それは、一、一、と続けてプッシュする指の動き。
お願い! その後は九だよね! ゼロじゃないよね! ってか不審者じゃないです!
慌てて逃げる。この間から逃げてばかりだ。けど逃げる。逃げるに決まってた。
とりあえずこの顔で授業に戻る気もしなかったので、屋上で目を覚ました僕は屋上から飛び降りてそのまま家に向かっていた。柔らかな日差しが今はヒリヒリと痛むのでキツイ……。
「ふぅ……やっと着いた」
満身創痍の僕が学校を抜け出して自宅へと戻って来たのは結局、ちょうど一時間後だった。
店の中でせっせと働いている二人に軽く表で会釈をしたのち、店の裏口に回る。そこから入った方が自宅の玄関が近い。
父さんはともかく母さんは僕の顔を見て少し驚いた様子だったが、店が忙しいのかすぐに父さんに手を引かれて店の中に消えていった。父さんが空気を読んでくれたらしい。何かしら心配されるよりはその方がいいと思って、僕も「大丈夫」と言って裏口へと急ぐ。
裏口から家の中に入り、玄関で靴を脱ぐ。
そこには栗栖さんの靴もあった。
「ちゃんと、来れたみたいだな。栗栖さん」
ひとまずは安心する。どうやら道に迷うことなくこの家にたどり着けたようだ。ウチの店は割と繁盛しているので見つけるのは簡単なのだが、自分が差した方向だけで道が分かるかどうか少し不安だったのだ。ま、栗栖さんは頭もいいし、いらない心配だったか。
「……そういや、クドはどこにいるんだろう」
あれからクドの姿を一度も見ていない。
ひょっとして、服が破れたので家に帰ってきているのだろうか。
鉢合わせ……なんてことないだろうな。
あの二人には何かしらの因縁がある。それは間違いないだろう。
「ケンカ……してないよな……」
ちょっと心配だった。
事情はまだよく知らないけど、もしあの二人が戦うとなった場合。僕は何か出来ることがあるのだろうか。……無理、だよなぁ。戦うことが出来るってことは実力は五分だろうし、ほとんど素人の僕にどれだけのことが出来るのだろうか。
ま、その時はその時か。
戦いを止めることは難しいかもしれないけど、ケンカぐらいなら止めてみよう。
体を張って間に入ってしまえば、なんとかなるだろ。
とかなんとか甘い考えを抱きつつ廊下を進み、階段を上る。
と、その時。
二階の自分の部屋で物音がした。
口論のような激しく混ざり合う声。その次に地面を叩くような激しい足音。
明らかに穏やかではない。
「ん? なんだ……」
一瞬何なのかと考えた。
が、すぐにその声がクラスメイト栗栖梨紅と吸血鬼クドラクのものだと分かる。
「~~~~!」
「!」
口論は続いている。声はドア越しなのでよく聞き取れない。だが激しい剣幕で何かを言い争っているであろう雰囲気がドア越しに伝わってくる。
何やら理由は分からないが二人が揉めているのは間違いない。
とにかくやめさせなくては!
廊下を走る。
扉の前。
扉の前まで来ると口論の激しさがより伝わってくる。クドの声も栗栖さんの声もいつも聞く口調とまるで違っていた。
炎と炎のぶつかり合い。
どちらが勝利しようとも周りに危害が及ぶ。
そんな空気。
ピリピリ。
もはや仕方あるまいと覚悟を決め、意を決して扉を開ける。
「イチゴだ! イチゴがいちばん!」
「……チョコです。チョコがカップケーキにおいて王道にして最強です!」
部屋の中に二人の女の子がいた。
僕から見て左側にクドが。
手にイチゴと生クリームのカップケーキを持って。
僕から見て右側に栗栖さんが。
手にチョコレートのカップケーキを持って。
凄まじい形相で。
「イチゴ!」
「チョコです!」
二人が口論。
思わず裏返った声をあげる。
「な、なにやってんのさ~!」
声に。
二人がようやく口論を止め、こっちを見た。




