夕闇に浮かぶ白い石垣
リアス海岸に沿って大崎鼻の灯台を回り込み、凪が現在住んでいるという狩浜地域に着いたのは日が暮れかかる前のことだった。
海の向こうに沈んでいく太陽は、澄み切った海の青を紫がかった深い藍色へと染めていく。
俺と凪が乗る船よりさらに小さな漁船が並ぶ漁場の端に、仮組みの小さな乗降場が作られている。そこで降りるのは俺たちだけのようだった。
乗降場から下りてすぐ、白い石垣の段々畑が迎えてくれた。きつい山の斜面にある段々畑の間に作られた狭い農道を、凪はゆっくりとした足取りで登っていく。
「つまづかないように気をつけてね」
農道の土と、昼の太陽の熱で焼けた石垣の乾いた匂い。久々の陸の気配だ。
凪にそう言われるそばから、俺は船酔いで揺れる体を支えきれずに何度もつまずいた。
段々畑には黄色い実をつけたミカンの木が並んでいる。濃厚で爽やかな香りが夕闇の空気に溶けているようだった。
「ミカン? この時期に?」
「河内晩柑。今から夏までが旬なの」
「夏のミカン?」
「ふふ、昔は洋くんの家にもお裾分けに行ったんだよ」
凪には悪いが、さっぱり覚えていない。確かうちでは果物は切った状態で出されていたから、こんなに大きな実がなるなんて知らなかった。
下りてきた乗降場が見えなくなるくらい農道を登り続けて、ようやく道路らしい道に差しかかる。
船酔いと、元から無い体力をフルに使い続けた俺はへとへとだった。
「洋くん大丈夫? ほら、あそこが家だよ」
凪が指さす方を焦点の合わない目で見上げる。
生活道路からさらに一段高いところに石垣が組まれている。生垣の緑の先に瓦葺きの大きな純日本家屋があった。お屋敷と言っても大げさではない。
「……え。凪、あんなとこ住んでたっけ?」
「あ、いや。ひいお祖父ちゃん達の家。二人が亡くなってからは空き家になってて、今は私が住んでるの」
それにしたってでっかいんだけど。時代劇とかで見る門とかあるんだけど。
目を丸くするばかりの俺は、ただ先を歩く凪に付いていく。
立派な門を潜り、踏み石の周りに砂利が敷かれた母屋の玄関までの道を歩く。その途中にも色んな植木やでかい青色の石が置いてあったりして、俺の目には全てが別世界のもののように映った。
屋敷の中は明かりがついている。凪が玄関の戸を開いた。
「ただいま、遅くなっちゃってごめん!」
玄関の奥は、左に板間、荒いコンクリートの床に、だだっ広い土間……台所? が広がる。
土間の手前にはコンクリート製の大きなシンク。その向こうにはキャンプ場で見るような本格的なかまどが2つある。
そこに立って料理をしていたらしい、2人の女の子が同時にこちらを見た。




