故郷の味、雨上がりの祝宴
その後、力任せではないミミズ退治の結末を見てもらうため兵頭さんに来てもらった。
というより、あぐりさんが無理やり連れてきたと言ったほうが正しい。
「ほら、ほら! 兵じいあそこだ。見てみろ!」
興奮気味で兵頭さんの腕を引っ張るあぐりさんは、何だかいつもより子供っぽく見える。
落とし穴の底でもう動かない巨大ミミズの姿を見下ろした兵頭さんは、低い声で唸った。
「こりゃあ……大したもんよな。本当に、一撃も食らわしとらんのか?」
「ああ。音でおびき寄せて、野菜の汁でやっつけた」
「ほうかあ……そんなら危ない目に合わせんと、他の若い衆にも何とか教えちゃれるかもしれんのう……」
兵頭さんは俯いてしみじみと呟く。その背中は少しだけ小さく、けれど長年の重圧から開放されて軽くなったようにも見えた。
兵頭さんは丸い陶器製の酒瓶を持ってきてくれていた。化け物ミミズ退治のお祝いらしい。
「あぐり、お前ひとりで飲まれんぞ」
と、冗談っぽく注意を受けたあぐりさんはほんの少しだけ頬を赤らめていた。
それなら夕飯もふさわしいごちそうをということで、落ち込んでいたぶんを取り戻すかのように凪が腕を振るうことになった。
「本当は鯛が欲しかったんだけど、シケが続いてるらしくて、これだけ」
沿岸の漁師さんたちに魚を分けてもらいに行った凪だったが、あいにく小さなイワシしか持たせられなかったという。
「大丈夫そうか?」
「まかせて。こういう時のためのとっておきがあるの」
心配する俺を横目に、凪は余裕のウインクをしてみせた。
小魚の下ごしらえは少し手間がかかるという話で、俺は凪を手伝うことになった。
凪がイワシを捌いている横でかまどに向かい、平鍋でおからを炒って細かく刻んだネギ、ショウガ、河内晩柑の皮と混ぜる。それを酢、砂糖、醤油で味付けし、さらによく炒って水分を飛ばす。
「上手い上手い。洋くん、料理も向いてるよ」
「混ぜて炒めるくらい誰だってできるだろ?」
そう返したものの、凪に褒められて悪い気はしなかった。
凪が三枚におろしたイワシは塩を振って余分な水分を取ってから、酢に漬ける。身が白っぽくなってきたら取り出してタッパーの上に並べておく。
俺が炒ってボウルで冷ましておいたおからを、凪と二人で小さく丸めていく。おからはしっとりした手触りで、さっぱりした甘酢の中にかすかに柑橘の香りがする。
「これくらいか?」
「うーん、イワシが小さいからもう少し控えめに、かな」
丸めたおからの上にイワシの身を乗せ、形を整えたら完成だ。いつもの大皿の上にそれらを並べていき、青菜の漬物やコンニャクの照り煮を周りに添えていく。
俺も初めて見る料理だ。あぐりさん、喜んでくれるかな。
「みんなお待たせ! 丸寿司でーす!」
大皿に乗ってきた、小さくて丸っこい寿司の形をしたものを瑠奈さんはしげしげと見つめた。
「すし飯……ではないわよね。これ、何?」
「米の代わりにおからを使うの。ひいおじいちゃん達がまだここに住んでたとき、一度だけ食べさせてもらったことがあってね。普段でも食べるけど、宴会料理とかにも出されてたんだって」
「へえ〜」
「お祝いだからほんとは鯛とかがふさわしいんだけど、これも美味しいんだよ。さあ食べましょう」
「……あど、これも」
丸寿司の大皿の横に、あぐりさんが丼を並べる。
「これは?」
「『だし』だ。ナスとキュウリと昆布と……色々。飯に合う。食ってくれ」
いつの間にか、あぐりさんも手ずから料理を作ってくれていたらしい。細かく切った野菜と薬味に昆布のとろみが絡みついて、美味そうだ。
丸寿司と『だし』、それに兵頭さんが持ってきてくれたお酒。まさに化け物退治成功を祝う会にふさわしい食卓になったと言っていい。
「それでは、みんなで食べましょう。いただきます」
「いただきます!」
全員で声を合わせてから、思い思いに箸を伸ばす。俺は手伝いをした丸寿司からいただくことにした。
小さく握られた丸寿司は一口大で食べやすい。酢締めされてさっぱりとしたイワシの身と、甘酸っぱい味付けのおからが絶妙に舌の上で混じり合う。
「うん、これ美味いよ! ネギとショウガの食感もいいな」
「本当? よかった」
「子どもの頃に食べさせてもらったお寿司とは全然違うけど……栄養もあってヘルシーだし、悪くないわね」
「うん。この味付け、酒に合う」
あぐりさんの感想にハッとしてそちらを見ると、すでに兵頭さんにもらった酒瓶を開け、白濁した酒をコップからゴクリと飲んでいるじゃないか。
「あぐりさん、酔いつぶれたこと忘れちゃったの? コップじゃなくてお猪口で! 控えて!」
凪が慌てて止めようとするが、あぐりさんは怯まない。
「今夜はお祝いだ。凪も飲め」
「私は未成年だから!」
「あ〜はいはい、お姉さま。私がちょっともらうわ」
「分かった」
「ちょっとだけ! ちょっとだけだってば!」
凪に助け舟を出したものの思ったより多く注がれたらしい。騒ぎはじめた瑠奈さんたちを横目で見ながら、俺は麦飯に『だし』をかけて大きく頬張る。
食べやすく刻んだナスとキュウリの瑞々しい食感。甘じょっぱく味付けされ、とろりとしただし汁が熱いご飯に絡んで最高に美味い。たっぷり入れた薬味の風味が爽やかに鼻を抜けていくこの感じ。こちらもきっとお酒に合いそうだ。
「あぐりさん、こっちも美味いよ」
「ん」
「これって山形の『だし』よね? お姉さまが料理してくれたのって初めてかも」
「……ん」
少しとろみのある酒――後から聞いたが、どぶろくという酒らしい――を傾けながら、あぐりさんはどこか遠くを見る眼差しでいる。
「おれは姉ちゃんたちに囲まれて育ったさげ……あんまり料理やる機会、なかったんだ」
気のせいだろうか。
たまたま話の流れで出たのだろうその言葉の中に、ほかの意味が込められているような引っかかりを覚える。
俺が感じたその引っかかりは波が砂を浚うように、凪と瑠奈さんの楽しそうな笑い声に持っていかれてしまった。




