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喰らえ!クソミミズ一発逆転大作戦

 その日はあいにくの曇り空だった。

 しかし俺たちにとっては絶好の作戦決行日だ。

「雨が降った翌日、あと雨が降る前日にもあいつらは出てきやすいんだ」

 あぐりさんと兵頭さんの長年の経験から、巨大ミミズと対峙するには今日をおいてほかにない。

 のんびりしていては梅雨が明けてしまう。化け物ミミズに襲われなければそれに越したことはないが、運を天に任せるだけというのはあまりにも頼りない。

 俺たちは地区の廃材置き場から用意したものを手に、揃って中庭の畑に集合していた。

「それじゃみんな、準備はいいか?」

「おう」

「はいっ」

「いつでも始めてOKよ」

 俺とあぐりさんが畑に立ち、凪と瑠奈さんは畑から離れたところで待機する。

 まず畑の柵に使う木製の杭を畑に打ち込んだ。動かないほど深く打ったのを確認し、土から出た先端をあぐりさんの大鉈の腹で擦りつけ、ゴリゴリと独特の音を出す。

 すかさず、瑠奈さんがそちらへスマホを向けた。


「ワーム・グランディングっていう伝統的なミミズ寄せの方法があるらしいわ」

 数日前の夜。作戦会議の中、瑠奈さんがスマホを手に説明する。

「木の杭と金属片を擦ってミミズが嫌がる音を出す。そうすると土からミミズが這い出てくるみたい」

「嫌な音なのに寄ってくるのか?」

「わざわざ土を掘り返さなくても出てくるから、効率的に集めて釣りのエサとして売るんだって」

「なるほど、それでミミズ寄せか」

「どちらにしてもミミズが嫌がって出てくるのは間違いない……ね」

 凪が納得したように頷く。それを聞いていたあぐりさんがぼそりと呟いた。

「梅雨明けごろに畑を鍬で打つと、出てくる。その度に呼ばれて兵じいと一緒に懲らしめてたんだ」

「この地区全体を……? 大変だったんだなあ」

「ああ、でも仕方ねえ。畑を守んなきゃ、この地区も無くなっちまう」

『この地区も』という言葉にズシリとした重みを感じる。援農で各地を巡っているあぐりさんだからこそ見えているものがあるんだろう。


 どれくらい音を出し続けていただろうか。足元から、あの独特の振動を感じた。

「……来た!」

「洋、おめは次だ」

「了解!」

 俺はすっかり痛みもなくなった足で小走りに畑の外へ出た。そこには使わなくなってボロボロのドラム缶が置いてある。俺はその側に用意していた麺打ち棒を両手に持った。

 地面の振動が大きくなる。いよいよだ。俺はごくりと唾を飲み込んだ。

 大砲を撃ったような盛大な音を立てて、巨大ミミズの頭が土を撒き散らしながら出現する。あぐりさんがいる杭からはかなり離れた場所だ。やっぱりあの音が苦手なんだ。

 ふいに、蠢く巨大な青黒い肉塊が視界に飛び込んできた瞬間、背筋を凍るような悪寒が走った。

 一気に冷や汗が噴き出し、襲われて足を折られかけた忌々しい記憶がフラッシュバックする。あの日ケガをした足が地面に貼り付いたかのように動かなくなった。

 本能が全身に『怖い』と訴えかけてくる。頭の中が逃げ出したいという恐怖に塗りつぶされそうになる。

 そんな俺にあぐりさんの怒号が飛ぶ。

「洋! 叩けーっ!」

 ハッとして両手に握りしめた麺打ち棒の感触を思い出す。そうだ、自分にできることをやるしかないんだ!

 吹っ切れた俺はがむしゃらに麺打ち棒をドラム缶に叩きつける。土を伝わる繊細な振動を感じ取るなら、さらに大きな音も嫌がるはずだ。

 案の定、巨大ミミズは苦しむようにのたうち、もと来た土の中に戻ろうとする。しかしあぐりさんが木の杭からあの音を出し続けてそれを阻止した。

 行き場のなくなったミミズは畑の上をぐねぐねと這い回ってめちゃくちゃに移動する。その巨体がある場所まで移動したタイミングを見計らい、俺はドラム缶を叩くのを止めた。

 地面がボロボロと崩れ、ネットの上に置いた脆い廃材ごと巨大ミミズが落下する。落とし穴だ。

 すり鉢状に掘った落とし穴の中で、頑丈なネットに絡め取られたミミズは土に潜ることもできず、ただその長駆をうねらせることしかできない。

 そこに大きな鍋を持った凪が駆けつけた。

「えいっ!」

 そして、目を閉じてその中身を穴の底にぶちまけた。


「うっわ、強烈だな……」

 割烹着を着込んだ凪はかまどに火を炊き、大きな鍋で何かを煮込んでいた。

 鼻と口は大きな手ぬぐいで完全に覆い、長い髪も白い三角巾できっちりとまとめている。

 グツグツと音を立てる鍋からは、湯気と共に強烈な刺激臭が立ち込め、土間の隅々まで行き渡っていた。

「あ、洋くん。様子見に来てくれたの? 危ないから冷えるまで近寄らない方がいいよ」

 目を保護するゴーグルまでは見つからなかったのか、凪の目は真っ赤に充血している。そんな姿を見て心配するなって方が無茶だ。

 俺は土間の入口の板間に腰かけ、声をかける。

「何を煮込んでるんだ?」

「うーんと、ご近所さんから集めてきたトウガラシと、うちで育ててるクレソン」

 クレソンといえば、前に肉祭りで食べたキジのローストにたっぷり添えられてたあのハーブだ。

「ちょっとピリッとして美味しかったでしょ。でも瑠奈さんが言ってたよ。クレソンに含まれるシニグリンっていう防虫成分と、トウガラシの成分を一緒に濃縮すれば、皮膚呼吸のあいつらに絶対にショック状態を起こせるって」

「うん……おかげですごい臭いだ」

「あはは。洋くんにも効くなら、ミミズにもきっと効果てきめんだね」

 健気に笑っているが、時折鼻をすすったり、涙を拭う凪の姿は痛々しい。

「そろそろいいんじゃないか?」

「ううん、もう少し煮詰めないと。せっかく瑠奈さんが調べてくれたんだし、それに」

 少し間を空けて凪が小さく呟く。

「ずっとあぐりさんに頼りきりで甘えてた、私なりの罪滅ぼしなの」

「凪……」

「何か私ができることをしなきゃ。洋くんもそうでしょう?」

 俺は板間に伸ばしていた包帯の足に視線を移す。きっとあぐりさんも、この痛みを知っている。

「ああ」

「ふふっ」

 強烈なハーブの臭気で目を灼かれるような痛みを味わっているだろうに、凪は嬉しそうに笑うのだった。


 凪が浴びせたハーブの抽出液は、想像以上のダメージを巨大ミミズに与えたようだった。

 全身で呼吸するその鋭敏な表皮はハーブが持つ強烈な成分と刺激臭に耐えられなかったらしい。

 落とし穴の壁に激しく頭をぶつけ、不気味な巨体をブルブルと痙攣させてのたうった挙句に、表皮からぷすぷすと不気味な泡を吹く。

 そうして巨大ミミズは落とし穴の底で完全に動きを止めた。

 駆けつけてきたあぐりさんと瑠奈さんと共に、しばし呆然とその様子を見つめる。

「やった……」

 先に声を出したのはあぐりさんだった。

 ただの一度もその手に持った大鉈を振るうこともなく、化け物サイズに進化したミミズを完全に無力化した。その心境はどれほどか、俺達には想像もつかない。

「やった……やった、やったどおぉーーーーー!」

 両手を力強く胸の前で握り、天に向けて会心の声を上げる。

 曇り空の下、初めて見るあぐりさんの表情は、これから訪れる本物の夏の日差しのように力強く輝いていた。

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