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繋がる想い、そして再始動

 瑠奈さんが兵頭さんを送り終え、戻ってきてから凪も交えて俺達は長い話をした。

 兵頭さんから教えてもらったこと。そして、これからのこと。

 話がまとまったのは夜が深く更けてしまった後だった。


 俺は凪に布団を出してもらい、その晩は居間で寝かせてもらった。もう男子禁制のルールをいちいち瑠奈さんが振りかざしたりもしない。

 明け方、誰も起き出してこない時間に玄関の戸が開いた。俺はすでに目は覚めている。

「……あぐり、さん?」

 こんな朝早くに外から訪ねてくるのは今の状況だと一人しかいない。

 黙ったまま玄関から中に入ったらしい人間は、静かに板間に上がり居間の襖を開けた。

 やはり、あぐりさんだった。

「おはよう。ごめん、納屋全然片付いてなくて。寝苦しかったろ?」

 普通に声をかける俺に、あぐりさんは驚いたようだった。目が頼りなく泳いでいて、この場をどう切り抜けようか迷っているようにも見える。

「……あの」

「あのさ」

 あぐりさんがせっかく話しかけようとしてくれたのに、それに被せるように言ってしまったのはちょっと申し訳ない。でも、こんな時に必要なことは何か。俺はよく知っていた。

「先に朝飯にしない? 腹が減っては、だからさ」

 立ち尽くすあぐりさんに笑いかけ、俺は布団から身を起こす。

 足の痛みは随分と良くなっていた。


 今日の朝は麦飯と、ミョウガとワカメのみそ汁。切り干し大根とひじき、こんにゃくを炊いたもの。

 特に豪華でも質素でもない、いつもの朝ごはんだ。

 凪と瑠奈さんも一緒に食卓を囲み、全員で手を合わせる。

「それでは、皆で食べましょう。いただきます」

「いただきます」

 屋敷の主である凪の声に合わせて唱和する。毎日変わらない平和な光景。けど今日はみんな言葉が少ない。

 それでも食事の席に誰も欠けずに全員が揃っていることが俺は嬉しかった。

 十分に食べ、片付けをした後も全員が居間から離れなかった。いつもは朝早く出かけてしまうあぐりさんや瑠奈さんもだ。

 頃合いを見て俺から口を開く。

「えっと。俺達、昨日夜遅くまで話したんだ。それをあぐりさんにも伝えたいんだけど、いい?」

「その前に言わせてくれ」

 座布団から下り、後ろに大きく下がって正座したあぐりさんがしっかりと俺の顔を見つめる。

「洋。昨日はすまねがった!」

 あぐりさんが深く頭を下げ、土下座をする。突然のことに俺はうろたえてしまった。

「あ、あぐりさん! いいって、そんなことしなくて」

「いんや、おれの気が済まねえ。許さなくてもいい。どんな償いでもする」

「償いなんて……。俺こそ、あぐりさんがどんな気持ちで農業と向き合ってるか知りもしないで、気楽に引き受けた。もっとしっかり話し合うべきだった。ごめん」

「なしておめが謝る? 悪いのはおれだ」

「悪くなんかない。あぐりさんはどうにかしようとしただけだ。そうだろ?」

 俺の言葉に、あぐりさんは弾かれたように顔を上げた。その顔はいよいよ腑に落ちないという戸惑いに満ちている。

「兵頭さんが昨日、心配して来てくれた。それで、全部話してくれたんだ」

「兵じいが……?」

 酔いつぶれて寝てしまっていたあぐりさんにとっては寝耳に水だろう。俺は彼女のこんなに驚いた表情を初めて見た。

「ミミズ退治のやり方、俺に教えようとしたんだよな。正直言うと怖かったし、ケガが無かったとしても俺には荷が重いと感じた。あぐりさんと同じようにはできないよ」

「……そんだな」

 あぐりさんは落胆の色を隠さなかった。万が一、億が一の可能性を俺に賭けてくれていたんだろう。でも自分の能力以上に無理してその期待に応えることはできない。

 隣に座る凪の、俺を案じる気持ちを今も痛いほど感じるからだ。

「けどさ、あぐりさんを突き放すこともしない。あんな化け物に俺達の野菜を好き勝手させたくないし」

「あ?」

 暗い雰囲気を吹き飛ばすよう、俺はわざと明るく告げた。

 それがなおさら訳が分からないというように、あぐりさんは間の抜けた声を出す。

「えっと、つまり。皆で協力しない? ってこと」

「協力……?」

 そこでずっとソワソワしながら成り行きを見守っていた瑠奈さんが口を開いた。

「お姉さまは確かに畑のプロよ。でも何もかも一人で抱え込もうとしないで」

「……瑠奈」

 硬い表情で沈黙を守っていた凪も続く。

「私はまだ、複雑な気持ち。でもあぐりさんは皆が嫌がるような仕事も進んでやって、この地区の皆を助けてくれた。私が口を出すことじゃないからって、それを当たり前みたいに思ってたところもある。だから……」

 凪は顔を上げてあぐりさんに向き直った。

「あなたが苦しいときは、手伝わせて。あぐりさんに比べれば体力もないし、力も弱いし、農業だって全然分からない。でも、困ってるならちゃんと私を頼ってください」

「……凪」

 あぐりさんはゆっくり皆を見回して何かを噛みしめるように俯く。

「皆、ありがとう。ありがとうな……」

 そしてもう一度、深く深く頭を下げた。今度は罪の意識ではなく、心からの感謝が伝わってくるようだ。居間に温かい沈黙が満ち、目に見えない結びつきが強まるのを感じる。

 張り詰めていた梅雨の重苦しい空気が、ようやくこの屋敷から晴れたような気がした。

「よし! それじゃあお姉さま、準備はできてる? 名残惜しいけど感動のシーンはおしまい!」

 パン、と瑠奈さんが小気味よく手を叩いて立ち上がった。その目はすでに問題を解決する意欲に溢れ、いつもの鋭さを取り戻している。

「ここからは現実的な話――昨日、洋と凪で夜通し練り上げた、『打倒! クソミミズトラップ大作戦』の内容をより具体的にしていきましょう。さあお姉さま、プロとしての意見を聞かせてね?」

 目を丸くしているあぐりさんと、溌剌(はつらつ)とする瑠奈さんを前に俺と凪は顔を見合わせる。

 ずっと思い詰めていた凪が柔らかく微笑むのを見て、俺は心から安堵した。

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