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変貌する世界

 まもなく雨が振り始め、レインコートを着込んだ瑠奈さんが少し早めに帰宅した。

 あぐりさんが出ていってから、凪は母屋の二階で休んでいる。

 俺は瑠奈さんに畑で起こった一部始終を話して聞かせた。

「そんなことがあったのね。あんたも、まずは初陣おめでとうってとこかしら」

 野菜干しに使う土間のロープにずぶ濡れのレインコートをかけ、靴まで染みた雨で濡れてしまった裸足をタオルで拭いている瑠奈さんが何てことないように言う。俺はその様子に驚いてしまった。

「は? 普通、畑から巨大な化け物ミミズが! とか、あぐりさんが行方不明とか聞いたら驚かないか?」

「お姉さまの行き先が分からないのはちょっと不安だけど、まあ当てはあるから」

 瑠奈さんの横顔は想像したより穏やかだ。彼女がそう言うなら、大丈夫……なのか?

「いやいや、それなら巨大ミミズはどうなんだよ」

「ひーろーしーくーん? あなたね、全国ニュースとか気にしないタイプ?」

 問い詰めようとした俺は、逆に瑠奈さんに問い返される。

「ニュースって……テレビも映らないんだぞ?」

「週に1回、政府広報が届くでしょう。地域で共有されてると思ってたけど?」

 そういえば、まだ学校に通っていた頃に校内の掲示板に張り出されていた記憶がある。ただし引きこもりになってからは、俺がその情報に触れられる機会は一切なかった。

「ま、そこも深くは突っ込まないわよ。世界中のデータを観測している、うちの『ネットワーク』の一端としては、あまりの情報弱者ぶりにちょっと残念に思っちゃうけど」

「……ごめん」

 俺は素直に謝った。瑠奈さんの言い分はもっともだ。

「素直に認めたご褒美として教えてあげるわ。あのね、巨大なミミズもそれ以外の異常な生態の生物も、別に珍しいことじゃないの。今はもう普通なの」

「……冗談だろ?」

 瑠奈さんの表情は真剣だ。俺をからかおうなんて魂胆は1ミリも見られない。

「世界的な水災で海岸線が後退してからもう何年経つと思う? その間に人間以外の動物の生態系もずいぶん変わったわ。絶滅したものもあれば、環境に適応して短い期間にありえない進化をしたものもある。特に単純な生体の動物ほど、進化のキャパシティは大きかったようなの」

「つまり、ミミズとか?」

「そうね。あと植物で言えばミントとか。元から繁殖力は旺盛だったけど、今は葉っぱの一切れでも地面に落ちたら爆発的に増殖して町ひとつ窒息させて全滅に追い込むわ。すでに国の最危険特定生物に指定されて、野生種は見つけ次第に掘り返して焼き尽くすのがルール。……あんたが見た巨大ミミズも、よくある類よ」

 俺は信じられない思いで瑠奈さんの話を聞いていた。まるでライトノベルやファンタジー小説のような非現実的な出来事が、俺の生きる世界で起きていることがまだ理解できなかった。

「そんなことが……本当に? いや、意味わかんねえ……」

「都会に住んでれば地方に比べたらミミズもミントも縁がないだろうし、しょうがないけど……。ほら、あんたのその足」

 瑠奈さんが包帯を巻かれた俺の足を指さす。化け物ミミズに巻き付かれて、内出血した跡が痛々しい。

「すぐには信じられなくても、あんた自身のケガが現実なんじゃない?」

「……」

 俺は黙りこくってしまう。瑠奈さんの言うとおりだ。

 どんなに非現実的でありえないと思おうとしても、異常進化したというミミズのせいで俺がケガしたのは紛れもない事実だ。

 そのせいで凪が怒ってくれて、あぐりさんが責任を感じて出ていってしまったことも。

 俺は天井を見上げて、二階にいる凪を思う。

「凪は私に任せなさい。お姉さまのことは心配しないで。あんたも少し休むといいわ」

「ああ……うん」

 色んな考えが頭をよぎって、上手く言葉が出てこない。

 瑠奈さんは俺に肩を借してくれて、寝床と化している納屋まで連れて行ってくれた。

「何かあったらすぐ呼ぶのよ、いい?」

「うん……ありがとう」

「……何も知らなかったら、すごく怖かったでしょうね。でも大したケガじゃなくて良かった」

 瑠奈さんは最後に俺を気遣って、納屋の戸を閉めた。

 俺は布団の上に座ってぼんやりとその言葉を反芻する。

 そうだよ、死ぬほど怖かった。生まれてこのかた見たことのない化け物に襲われて、骨を折られそうになった。心臓が縮む感覚が今でも思い出せるほどだ。

 あんな化け物たちが当たり前みたいに生息するようになった世界。今まで何も知らなかった自分。

 世界がこんなおぞましい姿に変貌していることも知らず、自分だけが安全な温室で引きこもっていた。ここへ来てちょっとくらい皆に認められたからって浮かれていた自分がたまらなく惨めで、恥ずかしくて、泣きたくなる。

 何もかも、糞食らえだ。

 雨が空気窓の雨除けを叩いている。そのリズムに合わせてガンガンと頭が痛む。

 急にこれからのことが暗雲に覆われたようだ。俺は頭を抱えてただ布団に沈み込むことしかできなかった。

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