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違和感の正体

 夕焼けで真っ赤に染まる空の下。

 直子さんのお宅からの帰り道、俺はずっと虫が飛ぶような声を出して唸っていた。

 胸の中のモヤモヤが晴れない。この違和感は何なんだろう。

 それにしびれを切らしたのは瑠奈さんだ。

「何なのよ! 言いたいことがあるならハッキリ言って!」

 たぶん俺の声にイライラしていたんだろう。俺を睨みつけてくる視線には殺気に似たものが混じっている。

「ごごごめん、そんなに怒るなよ」

「怒りたくもなるわよ、鬱陶しい」

「あー、えー、うーんとだね……」

 直子さんの家で感じた違和感はまだ形になっていない。とりあえず、俺はほかの疑問を口に出す。

「あのー、瑠奈さんが点検してたあの箱。何で動いてるんだ? 燃料の継ぎ足しがどうのって言ってたけど」

 俺の問いに、瑠奈さんは当然のことを聞かれたという顔で答えてくれる。

「バイオマス発電装置よ。簡単に言えば、ゴミを電気に変えてるの。生ゴミ、剪定した枝、汲み取り式のトイレや家畜から出る糞尿……何でもよ」

「ふん……? ……え、それ、臭わないのか?」

 微妙な顔をする俺を、瑠奈さんは鼻で笑った。

「中で発酵させて出たメタンガスをエネルギーに利用してるから、外には漏れないわよ。この地区は大規模な発電所がない分、一戸単位で電気を自給自足しなきゃいけないの。余った電気は送電線を通して、発電が足りてない家へ分け与えることもできる。……ま、一種の助け合いね」

「へええ……。都会じゃ考えられない工夫だな」

「工夫しなきゃ生きていけないもの。段々畑の一部に設置した太陽光発電もあるけど、あれは天気に左右される気まぐれ屋だから。今は『ゴミから作る電気』が、一番確実で堅実なインフラなの」

 一通り説明を聞いた俺は、感心して頷いた。

「瑠奈さんのおかげで地区のみんなが快適に生活できるんだな」

「……別に、大したことじゃないわ」

 ぷいっと顔を逸らされてしまう。照れてるのかな。

「実際そうだろ。今日様子見に行った家、どこもお茶やお菓子が出て、もてなしてくれて……」

 そう言いかけたタイミングだった。俺の中で、ずっとぼやけていた違和感の輪郭が急にはっきりとした。

「どうしたの?」

 突然黙ってしまった俺を瑠奈さんが不審そうに眺めてくる。

「そうだ、直子さん!」

「直子さんがどうしたの?」

「直子さんの家ではお茶が出なかった。変だよ!」

「なにそれ、あんた図々しいにも程が……」

「そうじゃない! 直子さんは瑠奈さんと会うのを楽しみにしてるはずだろ。それなのにお茶の一杯も出さない方がおかしいんだ。俺のばあちゃんだって、遊びにいくたびに食べきれないくらいのおやつを用意して待ってくれてた!」

 夕日に照らされた瑠奈さんの表情が凍りついた。それは彼女の焦りの色にふさわしかったように思う。

 二人で来た道を全速力で戻る。太陽はもう、水平線の向こう側へ隠れようとしていた。


「直子さん!」

 瑠奈さんが玄関の戸を開けると、土間の板間に腰かけていた直子さんが驚いてこちらを見た。

「まあ、瑠奈ちゃんどうしたん。忘れ物?」

「違う。直子さん、水、出てるの?」

「ええ?」

 要領を得ない様子の直子さんを横目に、瑠奈さんが手近にある水道の蛇口をひねる。

 そこからは水が一滴も出てこなかった。

「出ないじゃない!」

「ああ……」

「どうして? 変わったことがあったら言ってって言ったでしょ。どうして?」

 瑠奈さんの声は怒りよりも落胆に近かった。それを聞いた直子さんは、悲しそうに顔を伏せてしまう。

「言ったら、瑠奈ちゃんに迷惑かけると思ったんよ……。瑠奈ちゃんが頑張ってくれてるのに、文句言うようなこと、できんかったんよ」

 瑠奈さんは呆然として直子さんを見つめている。

 この地区全体のインフラを管理していると豪語していた彼女の、そのときの内心はどんなものだっただろう。

 大好きな瑠奈さんが来るのに、水道に異常があったためか水が出ない。そのせいでお茶を準備することもできない。お茶もなしでお菓子をふるまうわけにもいかない。

 瑠奈さんの貢献へ対する直子さんの『遠慮』という盲点。それこそが俺が感じた違和感だったのだ。

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