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一族の誇り

 瑠奈さんは地区の住人の家をひとつひとつ訪ね歩いた。

「おはようございます。調子はどう?」

「ああ、瑠奈ちゃんおはよう。水道も電気も問題ないよ、ご苦労さま」

「水の出が悪かったりしたらすぐに言ってよ」

「はいはい。心配性やねえ」

 地道で丁寧な聞き取りを毎日続けているせいだろうか。地区の人たちは全員瑠奈さんと顔見知りだった。

 来たときは俺と同じよそ者だっただろうに、昔からここに住んでいるかのような存在感がある。

 それよりも、俺が気になったのは瑠奈さんの持ち物だ。

 聞き取りを終えたあと、上着のポケットから取り出したのはスマートフォンだった。

「あ! スマホ……」

「なによ、興味あるの?」

 瑠奈さんはスマートフォンを持つ手を俺から遠ざける。

「言っとくけど絶対触らせないわよ。もし壊したり無くしたりしたら代替品はないの」

「貴重なんだろ? 分かってるよ。あれ? でも……」

 俺は記憶を辿ってみる。電車を下りて、香川に着いたばかりの時だ。

 確か駅から近い船着き場で、切符を渡した男もスマートフォンを持っていた。

「香川にもいたよ。スマホ持ってる人」

「ああ……。同じネットワークの人間ね。電車でよそから来た人間の人数とか、素性とかを管理してるの」

「え? 何でそんなこと……」

「色んな人間がいるからよ。あんたみたいな無能だけど害のない奴ならまだしも。どこかで後ろめたいことしでかして逃げてきたようなのが入ってきたら面倒なことになるでしょ」

「それはその通りだけど……」

 瑠奈さんの言葉に引っかかりを覚える。

 ネットワークって何だ? そんな警察や軍隊がやるような仕事までやる集団なのか?

 俺の疑問を肌で感じ取ったか、瑠奈さんがため息まじりに言う。

「言ってなかったわね。私は華僑の出自なの。ずっとこの国で育ったから、曽祖父みたいに帰る国はないけど……一族のネットワークを利用する権限はある。このスマホもそのひとつよ」

 華僑……俺の知らない言葉だ。国っていう言い方から察するに、瑠奈さんは外国にルーツを持っているんだろう。

 東京でハーフやクォーターは珍しくなかったが、瑠奈さんの物怖じしない強い態度は、一族の誇りみたいなものから来ているのかもしれない。

 一度しまいかけたスマートフォンを、瑠奈さんは改めて俺に見せた。

「水の災害が起きる前、一族の資産家が打ち上げたスターリンク衛星。それと直接通信するの。おかげで私たちは世界にいる一族同士で情報交換ができる。各地の復興の度合い、必要な資材、人流と物流なんかをね」

「すげえ……なんか、秘密結社みたいだな」

 素直な感想を口にする俺を、瑠奈さんは呆れたように見る。

「秘密になんかしないわよ。必要な情報は政府や関係機関に提供してる。もちろん、この地区のライフラインの状況もね」

「じゃあ例えば……もしここらで大きな停電が起きたとして、瑠奈さんが報告してくれればすぐに電気が通るようになるってこと?」

 瑠奈さんは目を泳がせ、少し間を開けてから答えた。

「……そうね。一族のみんなが必要な資材や道具を集めてきて、提供してくれると……思う」

 得意げにされるだろうと思っていたが、その歯切れの悪さが気になった。

 何でだろう? 十分凄いことだと思うんだけど。

「さ、おしゃべりしてるヒマはないわ。今日は集落の外のお宅まで行かなきゃいけないんだから」

 今度こそ瑠奈さんはポケットにスマートフォンをしまい、足早に歩きだした。

 俺も慌ててその後を追う。


 今日最後の訪問先は段々畑の外れ。山に近い境界線の、いわゆる里山にひとりで住んでいるというおばあさんの家だった。

「瑠奈ちゃん、よう来んさったねえ。疲れたろう?」

「これくらい平気よ。直子さんこそどこも悪くない?」

「うんうん、ピンピンしとるよ」

 端から見ると人の良さそうなおばあちゃんと孫娘みたいな光景だ。

 瑠奈さんは家のそばに設置されている小型の発電装置の具合などをテキパキと確認している。

「出力は問題なし……と。直子さん、燃料の継ぎ足しは地区の若い人に頼んでるから。装置から変な音がしたり、電灯が消えたりするようなことがあればすぐに知らせるのよ」

「はいはい、分かっとるよ。瑠奈ちゃんは優しいねえ」

「優しいとかじゃなくて……。不便な世の中だけど、なるべく快適に生活してほしいのよ、分かったわね?」

「はいはい」

 直子さんは瑠奈さんに何を言われても穏やかに頷いている。きっと瑠奈さんとおしゃべりできるのが嬉しいんだろうな。

「あんたは、どなた?」

「あ、俺。洋って言います。是澤洋」

「あらまあ、是澤さんとこの息子さんかね。しばらく顔見んかったけど、大変だったねえ」

 大変だったとは、俺の家族のことだろう。俺は小さかったから直子さんのことは知らないが、親戚に引き取られる俺のことを直子さんはどこからか知ったに違いない。本当に狭い地区なのだ。

「せっかく来んさったのに何も出すもんがなくて、すまんねえ」

「いえ、お気になさらず……」

 そこで小さな違和感を覚えた。縁側、土間、勝手口。一見して平穏なお年寄りの独り暮らしの光景だ。何も問題ないように見える。

 違和感がはっきりと像を結ぶことはなく、モヤモヤだけが胸に残る。

「直子さん、ほかに気になることはない?」

 話している横から瑠奈さんが割って入る。途端に直子さんは寂しそうな顔になった。

「うん、何もないよ。瑠奈ちゃんもう行っちゃうんかね?」

「ごめんね、仕事なの。また来るわね」

「そうかい……気いつけてねえ」

「ありがとう。直子さんもしっかり食べて寝て、元気でいてね」

 別れ際、瑠奈さんと直子さんは両手でしっかりと握手を交わした。直子さんを見る瑠奈さんの眼差しは、これまでの中で一番優しく感じた。

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