くつはぬぎましょう
凪が言うには昼になれば小野寺さんが昼ごはんを食べに戻ってくるので、そのときに農業の手伝いについて尋ねてみればいいとのことだ。
「農業の人手はいつも足りてないってみんな言うから、きっと喜ばれると思うよ!」
凪は笑顔で激励してくれる。その後押しが嬉しい。嬉しいのだが……。
そうなると、昼まで俺は何をすればいいんだろう?
決意表明の後、いきなり途方に暮れそうになっている俺に凪が提案してくれる。
「フリースクールに行ってみたらどうかな? 元々はそっちに参加の予定なんだし」
「そっか。いや、今でも参加予定だ」
「案内するよ。ちょっと待ってて」
お言葉に甘えようとも思ったが、俺はその申し出は断ることにした。
「場所だけ教えてもらえれば一人で行けるって。凪だって忙しいだろ?」
「洋くん……。うん、正直ね。4人ぶんの家事で、バタバタ」
困ったように苦笑してみせる凪だ。
「だろ? 全く知らない土地じゃないんだ。分からなかったら人に聞く」
「ふふ、洋くん何だか急にたくましくなったね」
なんだそりゃ。初めてのお使いじゃあるまいし。
凪の過保護な言い方に少しだけムッとするが、しょうがない。昨日までの俺は本当に他人任せで甘えてた。
でも今日からは違う。これ以上凪に俺の世話焼き係をさせるわけにはいかない。
俺は生まれ変わって、自分から進んで行動するんだ。
「あ、そうだ。ちょっと待って」
フリースクールへの目印を書いた簡単な地図と、だいたいの住所(災害の後なので本当に適当だ)をもらい、縁側に置いていた靴を履く。その俺の背中に凪が声をかけてきた。
「これ、渡しとく」
振り向いた俺の目の前にぶら下げられたのは、あのルミティアだった。安っぽい樹脂製の宝石が陽の光を受けて煌めく。
「私が持ってるのも、なんか違うかなって。洋くんにあげたものだし」
「いいのか? 今じゃ貴重なんだぞ」
「うん。だって、これは私の『気持ち』だから」
凪は照れたように少し俯いた。
「洋くんに持っててほしいなって……だめ?」
ダメなわけがない。凪の素直な気持ちが嬉しい。そして、なにより。
(かわいいな……)
改めて思う。凪はきっと誰の目から見ても可愛い。見た目はもちろんだが、思いやりに溢れた純真な心を持っている。
それがきっと昨日の共同浴場で地区の男どもから「抜け駆けは許さん」と威嚇された理由だろう。凪はこの地区全体のアイドルなのだ。
「負けてられねえ」
「え? 何が?」
俺は密かに未婚の地区の男どもに対抗心を燃やすのだった。
フリースクールは廃校となった小学校を再利用し、全国から生徒を募集している。
世界が水没する前より交通手段が限られた今となっては、生徒が頻繁に来ることはめったになくなった。それでも毎年少ないながら訳ありの子供が入学してくるらしい。
もちろん俺もそのうちの一人だ。
小さい太陽のような黄色い実をつけた段々畑の緑を横目に、生活道路を下っていく。
凪は一人で行けるか心配していたが、高台から見下ろせば学校らしい敷地はすぐに見つかった。そこへ向けて歩けば問題ない。
災害前は避難場所になっていた場所だ。海との距離は近く、ほぼ目の前になったがさすがに水没は免れていた。
正面の重たい鉄製の門は閉じられている。その横の小さい通用門が開いていたので中に入った。
玄関から見た三角屋根が印象的な二階建て校舎。わりと近年改修されたのか、思ったよりはきれいなコンクリートの建物だ。ここなら安心して生徒を通わせられるだろう。
両開きの戸を開け、玄関ホールから校舎の中に入る。心地よい潮の香りからひんやりとしたコンクリートの匂いに切り替わり、鼻を突いた。
近くに人気はなく静かだ。靴箱が並ぶホールには目立つところに大きな立札があった。
『くつはぬぎましょう』
『せいとさんは、103のきょうしつへ』
達筆な、けれどどこか温かみのある手書きの文字だ。従ったほうが……いいんだろうな。
俺は靴を脱いでひとまずそのまま玄関に置いたままにし、近くにあったサイズの合わないスリッパに適当に履き替えた。
いざ、103の教室へ。




