東京からの穀潰し
納屋で凪とルミティアの思い出話をしてから、泥のように熟睡した。
重たい瞼を開いて目を覚ますと、明かり取りの窓から朝の光が差し込んでいた。
「あ〜……何時だ? いま」
辺りを見回すが、さすがに納屋の中に時計はない。
よくよく辺りを観察すると、ただの倉庫かと思っていた納屋の中はさらに戸で仕切られていて、上り口のある板間なんかもある。
ここに布団を敷けばよかったかな。まあ、納屋で寝る羽目にならないのが一番だが。
警戒しながら戸に手をかけてみると、あっさりと開いた。表に例の棒が立てかけてある。おそらくあれで戸が開かないようにしていたのだろう。
太陽はずいぶん高く登っている。玄関まで敷かれた砂利が光を反射して眩しいくらいだ。
俺は勝手口からチラッと中の様子を伺った。誰もいないようだが、かまどはまだ温かい。
「あっ、洋くん。おはよう」
横から声をかけられて思わず跳ね上がる。凪だ。
「おっ……はよう! みんなは?」
「もう出かけたよ。瑠奈さんは発電設備の確認。あぐりさんは段々畑の収穫。二人とも朝早いの」
「そ、そっか。何時くらい?」
「朝の5時かな。4時のときもあるかも」
嘘だろ。おばあちゃんの起床時間じゃないか。
「もう朝ごはんは済ませちゃったから、できたてじゃないけど今準備するね。座ってて」
「あ……ありがとう」
「中庭の畑の近くに井戸があるから、そこで顔が洗えるよ。生水だから飲まないでね」
「分かった」
俺は返事をしてから凪に言われた通りに外へ出た。
母屋の縁側の前には広々とした畑がある。色んな作物が育っているみたいだが、まだ熟していないトマトとキュウリくらいしか分からなかった。
畑の向こうは瑠奈さんたちが泊まっている長屋。その中間あたりにポンプ式の井戸があった。
確かレバーを上下に動かすんだった。記憶を辿りながら、重たいレバーを両手で扱ぐ。
そうしているとチョロチョロと蛇口から水が溢れてきた。触れてみると思ったよりずっと冷たくて、寝ぼけていた目が覚める。
レバーを扱ぐ力が弱すぎたのか片手で溜まるぶんしかないその水で、湿る程度の洗顔を終えた。
玄関から中に入ろうとすると、開け放たれている縁側の障子から凪がひょっこり顔を出す。
「縁側から入ってきていいよ?」
「えっ……行儀悪いだろ」
「ぜーんぜん。あぐりさんなんて畑仕事から靴脱いで、そのまま上がってくるの。この辺りでも農家の人はみんなそうしてるよ」
「本当かよ?」
昨日のこともあって、小野寺さんの言動にはやや疑い深くなる俺だ。
でも、確かにいちいち玄関開けるよりは効率的かもな。
ものは試しで縁側から上がってみる。居間の食卓の上には、すでに朝ごはんの準備が整っていた。
麦ごはんとみそ汁。青菜とダイコンの漬物。焼いた魚。
「うまそー。これなんて魚?」
「昨日も使ったアジの一夜干しだよ。身はまだ柔らかいけど、骨も鋭いと思うから気をつけて」
「アジってもっと小さい魚かと思った」
「こっちではお刺身にできるくらいはあるよ。もちろん漁師の皆さんのおかげだけど」
「そっか。感謝しないとだな」
俺はいただきますをしてからみそ汁を飲む。
甘い麦味噌に、コンニャクとダイコン、ワカメの具がそれぞれ異なる食感でうまい。
一夜干しはほろっと身が取れる。焼いたアジの旨みとほのかな塩気で麦ごはんが進む。
シャキシャキした漬物は発酵の甘みが絶妙だった。ぬか漬けとか、麹漬けとかだろうか。
「朝ごはんもうまい! 凪って毎日こんなの食ってるのか?」
「材料が少ない時は漬物とお茶漬けだけってこともあるけど……。ご近所さんからはダイコンとかの野菜をもらえるし。毎日じゃないけど魚も食べようと思えば食べられるね。その代わり、うちの菜園で取れたものと交換するの」
「物々交換てやつか。すごいなあ、生の魚なんかもう何年も食べたことない」
「東京ではそうだったんだね……」
「まあ、配給だけでもありがたかったけどな。伯母さんちの家族も俺が増えて……」
俺はそこで言葉に詰まった。
――何もできない引きこもり。学校へ行くことも働くこともせず、ただ消費するだけの穀潰し。
さっきまであんなに美味かったアジの塩気がやたら苦く感じる。
「……洋くん?」
凪の声で我に返った。
「大丈夫? 小骨が刺さったとか?」
「いや……違う。大丈夫」
俺は食べかけの朝食を見下ろす。
このご飯の元は全部、凪が、小野寺さんが、ひょっとすれば瑠奈さんも、地区の一員として汗水垂らして手に入れてきた食材なんだ。
それを何の貢献もせず、誰よりも遅く起きてきた俺がただ座って食べてるだけでいいのか?
俺は漬物を食べ、麦ごはんを一粒残らずかき込み、みそ汁を飲み干し、一夜干しの隅々まで全部平らげた。
「ひ、洋くん……そんなにお腹すいてたの?」
「ごちそうさま」
両手を合わせて朝食を終え、俺は凪に向き直った。
「凪。俺にも何か手伝えることはないか?」
突然の俺からの申し出に、凪は瞳を大きく見開いていた。




