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思い出のルミティア

 納屋の中は意外と広く、布団を敷く場所には困らなかった。

 天井付近にある小窓から入ってくる月明かり以外に照明らしいものはない。

 なるべく入口から遠い位置に布団を持っていき、床に直接置く。

 凪がせっかく干してくれた布団を初日から汚してしまった。

「……俺のせい、なのか?」

 恨み言も出るってもんだ。俺は凪と瑠奈さんを刺激しないように見守っていただけなのに。何でこんな目に遭わなきゃならないんだ?

 第一、この家の主人は凪のはずだ。どうして小野寺さんが決定権を持つ?

 そして凪はどうして小野寺さんに逆らえないんだ?

 色々考えたかったが、瞼がひどく重くなってくる。そうだ、長旅で疲れていたんだった。

 いま何時くらいだろうか。月の位置とかで分かればいいけど、あいにく俺にそんなスキルはない。

 布団を広げてその上に横になった。ふわりとお日さまの柔らかい匂いがする。

 俺は寝そべったまま、尻のポケットから掴んだものを取り出した。


 金ぴかのメッキが所々剥げかけた、女児向けのおもちゃのネックレス。

 中央にはキラキラの宝石を模した樹脂がはめ込まれて、その周りを月のデザインの装飾が囲っている。

 俺が一度ここを離れるとき、凪がプレゼントしてくれたものだ。


 ルミティアは当時大人気だった食玩で、お菓子の箱を開けるとランダムでおもちゃのアクセサリーが入っている。中でもシークレットと呼ばれるものは、小さい女の子たちの憧れの的だった。

 そのシークレットを別れの際に凪は俺に差し出した。

 俺は男だから必要ないとか言って、あげるあげないのやり取りを長いこと繰り返した記憶がある。

 しかし最終的には凪の押しが勝った。


「これは、凪の気持ちだからっ!」


 大粒の涙をボロボロこぼして、無理やり渡そうとする凪に根負けし俺はそれを受け取った。

 凪がすごく大事にしてたのを知っていたからこそ、受け取れなかったのに。

 伯母さんたちと退避船に乗り込む俺を、涙でぐしゃぐしゃの顔で大きく手を振って見送ってくれた凪。


 そんな彼女と俺は16歳になった。

 また故郷で再会できたのは不思議な縁もあるだろうが、きっと凪の『気持ち』のおかげに違いない。

 田舎の夜は静かだ。眠りを邪魔するものは何もない。そのまま目を閉じようとしたタイミングだった。

「洋くん……起きてる?」

「……凪?」

 戸の向こうから掠れたような凪の声がする。俺は布団から這い出てそっちに近づいた。

「起きてる。小野寺さんたちは?」

「二人とも寝てるよ。戸は開けてあげられないんだけど。ほんとにごめんなさい」

「凪が悪いんじゃないだろ」

「そうだけど……」

「小野寺さん。悪い人じゃなさそうだけど、たまに態度がデカくないか? 凪も逆らえないみたいだし」

「そんなことないよ。小野寺さんは黙ってみんなの話をよく聞いて、正しい意見をくれる。いつも助けられてるの」

「正しい結果が、俺を納屋に放り込むことなのか? この家の主人は凪だろ? みんな凪の意見に従うべきなんじゃないか?」

「それは……きっと私の意思が弱いから。みんな安心して私に任せきれないんだよ」

 凪の声がどんどんか細くなっていく。姿は見えないけど、落ち込んでいるのは分かった。

「とにかく、ごめんなさい。私が頼りないせいで洋くんまで」

「凪は弱くなんかない」

 俺は屈んで、床と戸の境を暗闇の中で手探りする。ちょうどいい隙間をみつけ、何とかルミティアを外側へ押しやった。

「洋くん?」

「足元見てみて」

「! これ……!」

 凪はひと目で気づいたようだった。押しきれなかったネックレスの鎖が戸の向こう側へ引き抜かれる。

「ルミティア……洋くん、まだ持っててくれたの?」

「うん。凪と会えたら見せてあげようと思って持ってきた」

「懐かしい。もうこんなおもちゃ、二度と手に入らないね……」

 しばらく黙ったあと、俺は思い切って口を開いた。

「凪は弱くない。これを俺にくれたとき、何言われても一歩も引かなかっただろ」

「そんなに?」

「うん。船の時間は過ぎそうになるし、手紙書くからって言っても絶対渡すんだって泣きわめいて」

「嘘……私ってそこまで強情だった?」

「そうだよ。ほんとの凪はそうなんだ。俺は凪の強さを知ってる。だから」

 うまい言葉が思いつかなくて天井を仰ぐ。苦し紛れに出てきたのはありきたりな励ましだった。

「もっと、自分に自信持ちなよ。俺が保証するから」

 凪からの返事はない。やばい。呆れてものも言えないとか?

「ありがとう……洋くん」

 凪の声は震えていた。その声に今の凪の精一杯が込められている気がして、何だか鼻の奥がツンと熱くなった。

「私、戻るね。しっかりお布団かぶって、風邪ひかないようにしてね」

「う、うん。分かった」

「それじゃ、お休みなさい」

「お休み」

 凪の足音が静かに消えていく。

 俺は大人しく布団に戻り、肩までしっかり布団をかぶって目を閉じた。

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