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第三話 夢 (3/3)

 図書館のエントランスホールは、今日も貸し切り状態だった。私は昨日と同じ椅子に腰掛け、お弁当バッグを膝からテーブルに移し、ホールを照らす陽の光に誘われるように紺碧色の空を眺めた。


 晴天。でも、お日様の熱は窓越しだと柔らかくて、射し込む陽の光が揺れると、私はまるで大きな手に撫でられているようだった。

 思わず髪に触れてしまった。けれど今さっき外から来たばかりで、梳く手には当然熱がのった。


 安心する。毛先まで梳いた後、私は気を取り直してお弁当バッグを開けた。

 お弁当のメインは、塩から揚げ。それから甘い卵焼きと、いんげんと人参のおかか和え。あとは、父が好きな唐辛子が利いたきんぴらごぼうを少し詰めてきた。

 広げたランチクロスにお弁当を置いていると、昨日と同じ。顔を上げたら、窓越しに先輩と目が合う。


 先輩、今日はサッカーボール、持っていないみたい。


「青ちゃんっ、待った?」

「……いいえ。待ち合わせなんて、していませんから」

「俺はした!」


 先輩はへへっと笑って、当たり前のように私の向かいの席へと座った。先輩がその勢いのまま、流れるように持っていた買い物袋をテーブルに置こうとしたのを見て、私は反射的にランチクロスを手前へ寄せていた。


「ありがとうっ。わぁ、青ちゃんのお弁当、すっごい美味しそうだねっ」

「は、はぁ、ありがとうございます……」

「いやぁ~今年の夏も暑いね~」

「そ、そうですね」


 私は何を普通に会話しているのだろうか……。


 先輩は胸元を扇いだ後、袋から取り出したお弁当ではなく、パン二つとおにぎり二個をテーブルに並べ、その内の焼きそばパンならぬナポリタンパンが入った総菜パックを手に取った。


 お、美味しそう!


 太めのパスタを使用したナポリタンは、ケチャップがたっぷり絡んでいて、こってり且つ照り照りな感じが空腹中枢を刺激する。コッペパンは、今にも香ばしい匂いがしてきそうなほど、綺麗なきつね色をした焼き上がり。そんな色むらのないきめ細やかな表面に、すっと刃が通った切り口から覗く内相は、意外にもふっくらしていて柔らかそうだった。

 その証拠になるのが、ナポリタンのケチャップが付着した白い内相(クラム)。ケチャップの染まり具合を見ただけでも、全くパサつきのない質感を想像させるのであった。


 しかもこのパン、私の両手よりも大きいと思う。


「えっ。ひゃ、100円ですかそのパンっ――あ」

「ね! いいでしょ?」

「は、はい……」


 つい値札シールに目が向いてしまった自分が恥ずかしい。

 私は肩を竦めつつも、総菜パックから出てきたナポリタンパンを眺めて、手のひらに乗せたらどうなんだろう。ずしっりしているのかな。なんて思った。


「良かった。元気そうで」

「え?」

「食べよっか? いただきます」

「い、いただき、ます……」


 先輩が口に頬張るのを見て、私もご飯をひと掬いして食べた。


 ……先輩が喋らないと静かだ。

 そうだよ、ここは食事が出来るエントランスって言っても、一応図書館だし、それに私たち以外に人は誰も居ないんだ。


 先輩は、何で私なんかとお昼を食べるんだろう……。


 私の「あの」と、先輩が私を呼んだタイミングが重なった。会話を譲るタイミングも重なった。


「うん、青ちゃんが先ねっ。何々?」

「あ、ありがとうございます……あの、先輩は何でわざわざ、中等部の私とお昼を食べるのですか? 先輩って誰とでも打ち解けられる性格のようにお見受けられますし、一緒に食べるご友人どころか、クラスの垣根を越えてお付き合いしている方々もたくさん居らっしゃいそうだと思うのですけど……。そ、それに昨日は、サッカーボールを持っていましたよね? だから、その……不思議だなぁって思って……」

「うん。居るけど話付けてきたっ。青ちゃんと食べたいから」

「えっ」

「じゃあ次は俺の番ね?」

「え、あ、はい。ど、どうぞ」


 こ、答えになっていないんですけれど……。


「青ちゃんさ、何か悩み事あるんじゃない?」

「あっ、私が一人でお昼を過ごしているから、先輩は一緒に食べてくれるんですね。そうだとは思いましたが、人が良すぎます先輩。それに気にされないでもらっても、私――」

「違うよ。だって青ちゃん、昨日は楽しそうにしてたじゃん。本借りて戻って来た時なんか、プレゼント買ってもらった子どもみたいに、すっごいほくほくした感じだったし」


 う。そんな所を見られていたんだ。しかも、すっごい……?


「でも今日の青ちゃんは、物憂げな表情で、ため息吐いてた」


 先輩の言葉に、私は一瞬で意識が引き戻される。

 今朝、枕に髪の毛がたくさん抜けていた事も思い出した。


 寝不足とかストレスの所為かもしれないのに、今まで髪の毛があんな風に抜けた事が無くて、とても……とても怖かった……。


 私は神妙な先輩に対する感情よりも、自分の事でいっぱいになってしまって、言葉を返せずにいた。


「ごめん」

「いっ、いいえっ。大丈夫ですから謝らないでください……」


 もっと上手に笑うつもりだったけれど、失敗した。頬が強ばって、それを隠すように私は下を向いた。


「言っとくけど別に俺、困ってる人をほっとけないような性格とかじゃないから」

「……何ですか、急に」

「いやいや。さっき青ちゃんも言ってたでしょ? 人が良すぎますって。だから誤解されたままだと、あれだなぁ~って思ってさ?」


 私は小首を傾げた後、眉根を寄せて「なら悪い人って事ですか?」と言うと、先輩は肩透かしを食らったように身体をガックンと傾けた。


「俺にだって理由があんのっ。……知ってるんだよ俺、青ちゃんの事。ま! 一方的にだけどさっ」


 そうちょっと投げやりに先輩は言うと、白い歯を重ねて笑った。

 そんな太陽のように朗らかな先輩を、私はただただ見つめ返したのだった。

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