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第五話 断 (2/3)

 さらに夜が明け、私たちは週の終わりの土曜日を迎えた。

 午後まで仕事がある姉を見送り、ゆっくり起床した父にも朝食を済ませてもらえば、湯気に乗ってキッチンに広がっていたバタートーストとブイヨンの香りはミントに変わる。なんら変わりない朝だ。

 けれど今日は、そんないつもの日常が始まるわけではない。


「あっ。おにーちゃんたち来た!」

 

 インターホンが鳴ると、真白がいそいそと玄関へと駆けて行く。その姿を目で追う父は、休日だというのにワイシャツを着て、緊張した面持ちだった。


「はじめまして。青さんたちと同じ学院の高等部に通う、丹輪(にわ)(りょう)(せい)と言います。今日はよろしくお願いします」

「こ、こちらこそ、よろしくお願いします……あぁドアは、そのまま開けっ放しで大丈夫ですので。ええっと……稜暉(りょうき)くんも、朝早くからおじさんたちの用事に付き合ってくれてありがとう」

「気にしないでください。けど終わったら、真白(まー)くんと公園で遊んで来てもいいですか?」

「も、もちろんさ。外は暑いから、気を付けて遊んでね」

「はい!」


「やったぁ~」と、真白とりょうくんが手を取り合って喜んだ。二人が立つ場所で段差がある所為か、互い違いにぴょこぴょこ頭が跳ねる。私たちは思わず笑顔になったが、父は内心、玄関の外が気になっている様子だった。

 私も同じで、癒される反面、不安感が拭えないでいる。


「青ちゃん……おはよっ」

「おはようございます、先輩」


 程なくすると、袈裟を纏った男性とパンツスーツの女性が入って来た。

 これから私たち家族は、今まで起こった不可思議な現象について、先輩とこちらの二人に視てもらうのである。


「お待たせして、すみません。須美寺(すみでら)住職の丹輪です」

「野月です。今日は暑い中お越しいただきまして、ありがとうございます。いやまさか、うちの子が良くしてもらってる友人が、須美寺のご住職のお子さんだったなんて。あの、外の方はどうでしたか?」

「ご安心ください。全く問題ありませんでしたよ」

「そうですか」


 返事をした声の調子に気付いて父の顔を見ると、私が感じた通り、強張っていた表情が柔らかく綻んでいた。

 きっと家がどうこうと言うより、温容な住職と会話を交わしているうちに、緊張が解けていったのだろう。子ども同士が親しかった事も、大きかったのかもしれないけれど。


「いつも弟たちがお世話になっております。長女の稜華(りょうか)と申します。あっ、貴方が青さんね? はじめまして」

「は、はじめまして」


 稜華さんは、私たちの通う大学付属校の先輩で、大学二年生なのだそう。うちの姉と同い年だった。


 稜華さんって話す声に引っかかりを感じないと言うか、透明感がある。背もすらっとしていて、とても美人で、長い髪を下の方で一つに纏めているのに全く地味に見えないし。なのに清楚な雰囲気も持ち合わせていて、まるで朝の情報番組に出演しているアナウンサーのようだった。真白も見惚れている。


「では、こちらへどうぞ」

「お邪魔します。あれ? 青ちゃんどこ行くの?」

「え? その。冷たい緑茶を、お出ししようと思って」

「いえいえ、お構いなく。時間もありませんし、早速お話を伺ってもいいでしょうか?」

「は、はい」


 住職に甘えて、私も皆さんと一緒に和室へと向かった。デリケートな話もあるので、真白とりょうくんは二階で遊んでもらう事に。

 いよいよだ……。


「大丈夫だよ、青ちゃん」

「先輩……はい」


 和室に着きテーブルを皆で囲む。稜華さんが鞄から取り出したお線香に火を点けた。


「青さんには昨日、弟からお伝えしたみたいなので、ご存じかもしれませんが、まず私たち姉弟が来させて頂いた経緯から説明いたします。生まれつき、弟の稜清には守護霊の姿を捉える力と、彼らの意思を読み取る力があります」

「守護霊ですか……は、はぁ」

「お、お父さん……」

「そっ、そんなリアクションになりますよねぇ~。でもお父様! 別に俺を信じなくてもいいです! ただそのお陰で俺は、青さんが助けを必要としていた事に気付けたんです。青さんの守護霊が、俺と青さんを引き合わせてくれたんです。って、意味わからないですよね! お恥ずかし――」

「先輩。それって最初に私を、公園で見かけた時の話ですか?」

「う、うん。俺はそう思ってるよ、青ちゃん。実は、守護霊を通して起こる偶然みたいなのが、俺が生きてきた中では割とあってさ」


 笑う先輩の頬が固い。胸の奥に隠した、先輩の痛みが見えた気がした。


「っま、俺の話はまた今度ねっ。ですけどお父様、ご事情がご事情ですので、何かと人手が多い方がお役に立てると思います」

「そうですか……わかりました。あの、私たちの事を信じて来て頂いたのにも関わらず、自分を棚に上げて失礼な態度を。すみません」

「全然! ありがとうございますっ」

「では、私についてもお話いたします。私は弟とは相反しまして、生まれつき邪悪な存在を把握する事が出来ますので、必要であれば父を介して神仏の力を借り特別な御祈祷を、つまり除霊をさせて頂きます」

「えっ。稜華さんはそんな事も出来るんですか? すごい……」


 でも、先輩も稜華さんも生まれつきだなんて、私が計り知れないほどの苦労があったはずだ。だって私は、たった二年で音を上げてしまった。こんなにもしんどい。


「ええ、青さん。先ほど外の様子を視たのも、娘だったんですよ。私は御守りのようなものです。ただの坊主ですから」


 私と父が慌てて否定する中、住職が朗らかに笑うと、先輩も同じように明るく笑った。稜華さんも破顔している。

 何だか、この親子を眺めているだけで、気持ちが救われる……。


「では野月さん。電話で伺いましたお話を、改めて詳しくご説明願いますか? お話を伺っている間は、こちらの二人が霊視をさせて頂きます」

「はい。どうぞ、よろしくお願い致します……」


 私も気持ちを込めて、丁寧に頭を下げた。

 それから父は少し俯いて、すうっと短く息を吸った後、再び住職に視線を戻した。私も唇をきゅっと結んで、一緒に覚悟を決めた。


「妻が亡くなった、一昨年の今頃……その時から私は、妻の夢を見るようになりました……」


 私も父の事は、昨日知ったばかりだ。

 昨日の事があって、父に相談した時に聞いて……本当に驚いた。

 まさか父も、私と同じような経験をしていたなんて、これっぽちも思わなかったのだ。


「ほとんど毎日でした。最初の一週間くらいはただただ、妻は泣いていたんです。暗い場所で一人佇みながら、私を忘れないでと繰り返していました。しかしその後は、生前と変わらない調子で話してくれるようになり、次第に姿も若い頃の妻に変化していて、とても幸せそうでした……。けれどそれが、それが私には、どうしてもっ……不自然に感じてならなかったのです……」

「ゆっくりで、構いませんよ……」


 辛い表情で俯く父と、そっと投げ掛けてくれる住職の声に、私は思わず涙が込み上げてしまいそうになった。


「すみません……ありがとうございます、大丈夫です。ええっと、それで……そうです、他にも気になった事があったんです。夢の中で妻は、いつも私に食事に誘ってくるのです」

「食事に、ですか……なるほど」

「はい。肉料理が多かったのですが、私にも食べさせようと促すんです。でも私は、なぜだか食べる気になれなくて……すると妻が、食べようとした物を私に差し出すんですが、そこでいつも目が覚めるんです」

「わかりました……他にありますか?」

「はい。あとは、家に居る間だけ肩が重く感じるようになりました」

「なるほど。それは左右、どちらの肩でしょうか?」


「両方です」と父が答えると、住職は稜華さんたちに目配せして頷き合った。


 父が話終わり、私も自分の身に起きた出来事を話した。

 すごく緊張したし羞恥心もあったけれど、私が話している間、住職は穏やかで優しい顔付きのまま、でも真剣に頷いてくれていた。

 稜華さんと先輩は、私を急かさないようなペースで、小さく頷いて聞いてくれた。


 先輩は私が言葉に詰まると、優しく目を細めて微笑んでくれた。


 私の譫言のような話でも、受け入れてくれているのが伝わってきて、拙かったかもしれないけれど、皆さんのお陰で最後まで話す事が出来たのだった。


「お二人とも、ありがとうございました。それでは、稜華」


 稜華さんは住職にお辞儀をして返事をすると、まるで全てを見透かすような真っ直ぐな視線を私たちに向けた。


「早速ですが、霊視の結果をお伝えいたします」

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