第五話 断 (1/3)
――チリン。
「大丈夫だよ、青ちゃん……。そのまま、そのまま聞いていて……」
先輩の凛とした力強い声、それから鐘のような澄んだ音に、強張った心と身体が自然と和らいでいく。それはまるで、自分が波紋の広がる水面になれたみたいだった。
その二つの音に身を委ねていたら、気付くと呪文のような文字も、邪悪な手も消えていて、私は霊障から解放される事が出来たのだった。
「あっ、稜清先輩……!」
「青ちゃん! 良かった……もう平気なんだね」
「は、はい……っ」
先輩の安堵した声を聞いて、思わず涙が込み上げてきた。
でもぐっと堪える。先輩と直接顔を合わせるわけでもないのに、私はあっけらかんと笑った。
「先輩すみませんっ。何か、急に黙ってしまって」
「青ちゃん、声……震えてる。我慢しないで大丈夫だから、ね……?」
「っ……。はい……すみません……」
先輩はまた、私のエゴを解いてくれた。
私は優しい沈黙の中、スマホ越しに先輩の前で涙を流した。
「すみません、ありがとうございます……。でも、どうして先輩は電話を切らずにいてくれたんですか? 急に私が眠っちゃったとか……無視したとかって思わなかったんですか?」
「まさか。青ちゃんだよ? 他人の為に頑張ってる子はそんな事しないって。それより、今の音が効いたって事は……」
「あっ、そうです、それ! 私のスマホから、何か。何か、ハンドベルに似た綺麗な音が聞こえたんですけど。先輩は一体、何をしたんですか?」
というか先輩は、私に起こった状況を把握しているのだろうか。
「ははっ。ハンドベルかぁ、可愛いーなぁ。ううんっと、そうだな……どう説明すれば――わっ。今の音、何?」
「すみません。今のは……姉です」
私は声を潜めて答えた。
姉が壁を蹴ったのだ。話し声が、煩わしかったのかもしれない。
この場所では姉の癇に障りそうなので、私は立ち上がって、ベッドとは反対側の壁に背中を向けてしゃがんだ。つまり姉の部屋とを仕切る壁から離れ、真白たちの寝室側へと移動したのだ。
また姉を怒らせないように小声で喋ろう。
「がち? そっかぁ……う~ん……」
「先輩?」
「ねぇ、青ちゃん」
「はい。何ですか?」
「ちょっと君に、調べてほしい事があるんだ――」
翌日。今、私は姉の部屋に来ている。
「今日はパパの靴下、入ってないでしょうねぇ?」
「うん。ちゃんと確認して持ってきたから心配ないよ」
「そぉー? はぁぁ……ドジな妹が居ると神経すり減るわね。それじゃあ私はトイレ行って来るから、あとはよろしく」
「はい、いってらっしゃい」
姉を笑顔で見送った後、私は先輩の話を思い出していた。
「先輩は、お姉ちゃんの部屋に私の物が無いか、何か手がかりが無いか調べてみてって言っていたけれど……」
本当だったら、姉が居ない時にじっくり探したいところだけれど、今日は仕事が休み。違和感なく侵入には、この方法がいいと思った。
私は早々に姉の洗濯物を仕舞って、部屋を見渡した。
姉の好きな姫系のインテリアや雑貨で溢れている。サテン生地、薔薇の模様、リボンの装飾、お城にあるような三又のキャンドルホルダー。今さっき洗濯物を仕舞った洋服ケースも、レースのフリルが付いた白いバスケットだ。
机に置かれたボールペンまで、全て父に買ってもらったと姉から聞いている。嬉しそうに話していたっけなぁ。
「うーん。どこを見ても私の要素がない……。まぁ私の事、生まれてきた時から嫌いだったっぽいからなぁ……ん?」
ふと、つけっ放しのパソコンが目に入った。
「これって……」
私はスカートのポケットから取り出したスマホで、パソコンの画面を写真に撮った。履歴も確認する。
こ、こんなの打ちたくないけれど、仕方がない……。
検索してみると、あった。念のため、これも写真に残しておく。
息が浅くなる。姉が戻ってこないかと、ひやひやしていた。
悪い事をしてるよね、私……。
心臓が口から飛び出そうなのに、私は自分の手を止めずにいた。
「えっ……嘘、これ私の……?」
私は震える手で、パソコンに映し出された画面を写真に収めた。
それから私は自分の痕跡が残らないように履歴を消し、続けてメール画面を開いた後、同じように写真を撮る。
「わ!」
「な、何よっ、びっくりするじゃないっ。私の顔見て叫んじゃってっ。本当、あんたって失礼な子ね!」
ぎりぎりメール画面を閉じられた。怒っているものの、姉の言動から察するに、私の様子は見られていないと確信した。
「ご、ごめん、驚かせて……あは。あはははは……」
「何よ、その笑い方。気持ち悪~い。と言うか、まだ終わっていなかっただなんて……ふふ。どんくさいわねぇ」
「う、うん。でも今ちょうど終わったから。お、お邪魔しましたー」
「ふふふ。きも~い。早く出て行ってよ、しっしっ」
虫でも払うかのようにされたけれど、私は不快を感じる余裕がなかった。
だって見てしまったのだ。
私は自室に戻った後、まだ震えが治まらない手で、先輩宛てにメッセージと先ほど撮った写真を送った。




