第四話 障 (3/3)
今朝も風邪症状が見られなかった真白は、登校が出来るだけでなく、放課後も外で元気に遊ぶ事が出来た。今はもう22時。霊障の事が少し心配だったけれど、昨夜は何も無かったようだし、眠る真白のそばには父が居る。
大丈夫、大丈夫。私も寝よう。
今日の夕飯は出前を取り、真白たちに混ざって遊んだ私は、普段とはまた違う心地よい疲労感に脱力しながらも、不思議と頭が冴えて眠る事が出来ないでいた。
「電話あったんだ」
ふとアラームをかけ忘れていないか心配になり、保安灯だけの明るさの中スマホを確認してみると、着信の知らせが来ていた。
着信のあった時刻は、数分前。私は早速、折り返しの連絡を入れる事にした。
「先輩、すみません。ドライヤーしていて気付きませんでした」
「青ちゃんこんばんは!」
お互いの連絡先は今日の放課後、桜草公園で教え合ったばかり。だから、こうしてお話するのは初めてである。
「こ、こんばんは。あの、何かご用ですか?」
部屋に居るのに、先輩の声を聞くなんてちょっと変な感じだ。それに電話越しだからか、妙に耳がくすぐったい……。
「うん。用事って言うか、少し青ちゃんと話がしたいなって思ってさ。いい?」
「え? 私は構いませんけど……あっ、そうです先輩。夕飯は中華にしたんですよ。特にギョーザが、とっても美味しかったです」
「うん。いいよね、あそこの店のギョーザ。俺も好きっ。あぁでも、お姉さん大丈夫だった? 無理してない? って、俺が提案したんだけど」
先輩には、姉に家事の協力が得られないことなど色々と相談済み。真白たちと遊ぶ休憩中に話した。
家庭の事を話すのは迷ったけれど、先輩は私から打ち明ける前に、母を亡くした事を知っていたみたいだったから言いやすかった。
「まぁ……チクチク言われるのは、いつもの事なんで……それに、無理なんてとんでもない。洗い物も少なくていいですし、時間にも追われなくて気が楽でしたから」
「気が楽って、他にもする事あったんでしょ? ん~やっぱり、おばあさんに来てもらうのは無理そうなの? お姉さん説得出来ない?」
「そうですね……」
65歳になる父方の祖母は、母方の祖父母、そして父方の祖父は他界している為、私たち三姉弟にとって唯一の直系のおばあちゃんである。
祖母と一緒に暮らす事については度々、話が出ている。もちろん母が亡くなった時も。
けれど姉が反対している。家の雰囲気が変わってしまいそうで嫌だからとの理由だ。
その時は姉も家事を手伝うと言っていたけれど、何だかんだ受験生だったし。仕方がないかと思って、入学試験のない私が買って出ていた。ただ私は、姉が父には自分も家事をしているように見せかけるので、嘘を付く必要なんてないのになと思っている。
要するに状況は、その頃から変わっていないのである。
「でもお買い物は宅配を頼んだり、週末は父と車で出かけたりもしているので、サンタさんは稀です。洗剤とかの生活用品を同時に切らしちゃった時とかですから。それよりも、先輩。今日はありがとうございました。真白、すごく喜んでいましたよ」
「ははっ。俺こそ楽しかったよ。真白くんとも仲良くなれて良かったし。けど……ねぇ、青ちゃん。俺たちってもう小学生と遊ぶ歳じゃないと思うんだ。彼らも成長してるしさ。だから青ちゃん、今度は俺と――え。青ちゃん……? 青ちゃん! 青ちゃん大丈夫!?」
ベッドからスマホを落としてしまった事で気付いてくれたのだろう。私の異変に、先輩が何度も名前を呼んでくれる。けれど私は、上手く声が出せない。
金縛りにあっていたからだ。
早く返事をしないと。でも身体も硬直していて駄目だ。振り切る事が出来ない。
言う事を聞かない身体に、鼓動が加速して脈を打つ。これは逃れたい気持ちや恐怖からじゃない。必死に私を呼ぶ先輩への焦りだ。
早く、早く。何でだか私を構ってくれる先輩を困らせたくない。変だって思われたくない。目。目だけは動かせるんだ。何か情報を……情報を……っ。
髪や首元から、今まで気にしてなかったお風呂上りの香りがしてくる。その鋭敏さを帯びた感覚のまま辺りを見渡すと、あった。
宙にいくつも浮いている、筆で書かれたような文字が。
その文字は、短冊状の枠に収まるように行を変えて綴られていて、以前にも見た事があるものだった。
考えたくなくても“呪い”の二文字が、私の頭にちらつく。
それがあの黒いドレスを着た子たちがしたものなのか、別の何かの仕業なのかはわからない。
でもやっぱり、どうしてこんな目に遭っているのか自分には想像が出来なくて、私は恐怖よりもショックを受ける事の方が大きかった。
母かもしれないとも思って、悲しかった。
そう傷心した時だった。目の前に手が見えた。真白よりも幼い、赤ん坊のような小さな手が右側に。左側には、毛がまばらに生えた黒く汚れた一本指が見えた。
人のものよりも長い指。爪が長く尖った醜い指だった。
こちらに向かって伸びていたんじゃない。まるで私の顔から生えているように伸びていたのだった。
何これ――嫌……!




