第30話 鋼鉄の斧
ユノーとミネルバに依頼をしてから10日ほどが経過した。
昨日、ミネルバから午後に鍛冶場に来てほしいと言われたため、俺はラヴェンドラと共に鍛冶場に向かっている。
広場に着くと奥の方では、ノコギリの音が聞こえてくるや金槌で釘を打つ音が聞こえてくる。
「賑やかですね。どんなお家ができるんでしょうか」
鍛冶場の北の方が新たに樹が伐採され、平地になっている。おそらくあの辺りに家を建てるのだろう。
「狼達の家か。俺も楽しみだよ」
ユグドラシルシステムでは元の世界にあるような定型の建築物しかできないため、この世界の住人が作るのがどんなものか興味がある。
そうこうしているうちに鍛冶場に辿り着いた。
鍛冶の音などは聞こえない。
中に入るとミネルバが待っていた。
「よう。遅かったな。頼まれたものはもう出来てるぜ」
ミネルバは手元のものを持ち上げると、俺の目の前に差し出した。
「どうだ。アタシの自信作だ!」
「思ったとおりのできだよ。ありがとう」
それは、鈍い光を湛えたくろがねの両刃斧だった。
総鉄製であるにも関わらず一切の装飾を排し、ただ断つことにのみ特化したその姿は、製作者であるミネルバの性格そのもののようだ。先端に備わった左右対称の巨大な扇状の刃は
周囲の熱気を吸い込むように冷徹な輝きを放ち、無骨な長い柄は決して歪むことはないであろう威圧感を発している。
そう、俺が先日、ミネルバに依頼したのはこの両刃斧だった。
ミネルバから両刃斧を受け取ると、その重量感に一瞬落しそうになった。
「うわー。強そうな斧ですね。誰が使うんですか?」
ミネルバは俺が持つ両刃斧に興味津々といった様子だ。
「俺の武器だよ。これがあれば俺ももっと戦えるからな」
俺もスキル『王の威厳』のおかげでスキルを使えるようになったが、ミノタウルスのスキルは斧を装備する必要があるため、これまで使うことができなかった。
しかし、この両刃斧があればそれも可能になる。
「名前は『アイアンアクス』。結構重いが使いこなせればかなり強いと思うぞ」
アイアンアクスか……。総鉄製の両刃斧に相応しい名前だ。
早速使ってみたいが、樹を斬るのも味気ないし、試しにミノタウルスのスキルを使ってみるか。
「ラヴェンドラ。このアイアンアクスでスキルを使ってみたいから、相手になってくれるか」
「承知しました! 全力でお相手します!」
俺たちは鍛冶場を出て広場の端の方に移動した。ここなら周りに何もないし、多少暴れても問題ないだろう。
「この辺りでいいかな。ラヴェンドラ、準備してくれるか」
「はい! 『白銀舞う世界!』」
ラヴェンドラが両手を空に向かって上げると、地面から輝く砂が螺旋状に吹きあがり8本の白銀の剣が出現した。
彼女はしなやかな両手を正面へかざすと、白銀の剣は星屑のように形を崩していき、瞬く間に巨大な盾へと再構築された。
「これで私の守りは完璧です。いつでもかかってきてください!」
ラヴェンドラの正面に形成された盾には一分の隙も見当たらない。
あの盾があれば多少の衝撃はすべて防げるだろう。
「よし! 行くぞ!」
俺はアイアンアクスを両手に持ち、右下に構えた。
そして、そのまま地を蹴り、空に飛び上がった。
頭上に掲げたアイアンアクスに全身の魔力を注ぎ込む。
両腕の血管が焼けるような奔流を感じた瞬間、叫びとともに巨大な盾めがけて叩きつけた。
「メテオクラッシュ!」
ーーズガアアアアアアアアン……。
刃先が白銀の盾に触れた瞬間、鼓膜を揺るがすほどの轟音と巨大な衝撃派が円環上に広がった。
白銀の盾を力のままねじ伏せたアイアンアクスは、そのまま大地を穿っていく。
砂塵が晴れたそこには、数十メートル後方まで押し込まれたラヴェンドラと、隕石でも墜ちたかのように無惨に抉れた巨大なクレーターが残されていた。
「はあ……はあ……」
荒い呼吸が頭に響いている。
両腕はかろうじてアイアンアクスを握るだけの力を残しているだけだ。
一撃でこれだけの魔力を消費するとは思っていなかった。おそらく今の俺では1日に1回か2回が限界だろう。
「す、すげえ……」
呆然と立ち尽くすミネルバのつぶやきが響いている。
俺もまさかこれほどの破壊力があるとは思っていなかったが、ラヴェンドラは大丈夫だろうか。
顔を上げると白銀の盾が星のかけらとなって地面に溶け込んでいくのが見えた。
その中心に佇むラヴェンドラは、砂埃を払いながら驚くほど平然とした声で言った。
「ふう……。すごい威力ですね! 背筋が冷っとしましたよ」
あれほどの衝撃を正面から受け止めておきながら、余裕の表情すら漂わせるとは……。
改めてラヴェンドラの底知れない力を思い知らされた気分だった。
「でも、わたしじゃなかったら死んじゃってたので気をつけてくださいね!」
戻ってきた彼女が屈託のない笑みを浮かべながら、俺の顔を茶目っ気たっぷりに覗き込んできた。
しかし、アイアンアクスを自在に使いこなすのはかなり難しそうだ。重さもさることながら、先端に重量が偏っており振るうたびに俺自身も振り回されてしまいそうになる。これではスキルを使っても威力が半減してしまっているのではないか。
やはり、まずは修行だな。
「これからはこの斧を使いこなすための修行もするから、ラヴェンドラも手伝ってくれると嬉しいよ」
俺はラヴェンドラの頭を軽くポンっと数回叩いた。
「えへへ。もちろんです」
ラヴェンドラは、はにかんだ表情で答えた。
「アタシも暇なときは付き合うから呼んでくれよ」
ミネルバの言葉を聞いた後にふと、先ほどの状況を思い出した。
「そういえば、ラヴェンドラの剣が8本になっていたが、どうしてだ? 前は4本だったと思ったが」
「気づいてらしたんですか? 実は少しづつですが力が戻ってきたので8本まで出せるようになったんです!」
「なるほどな。ラヴェンドラが回復しているなら俺も安心だよ。ちなみに前は何本まで出せたんだ?」
「うーん……。正確に数えたことはないですが多分50本くらいでしょうか」
50本だと……。4本ですらかなりの威力だったのに、50本もあったらどんな相手だって全身ズタズタにされそうだ。
さすが、エィンシェントドラゴン(古代竜)といったところか。
俺は目の前で可愛らしく笑う美少女に底知れぬ恐怖を覚えたのであった。




