第28話 饗宴
「お待たせ」
完成した2品の料理をラヴェンドラのいるテーブルまで運んでいく。
「俺が作ったのはロック鳥の卵の巨大ラグビーボールオムレツと巨大鹿の香草トマト煮込みだ」
俺はラヴェンドラの前に、2品の料理を差し出した。
「うわー! すごく美味しそうです! もう食べてもいいですか!?」
ラヴェンドラは身を乗り出し、今にも食べだしそうな勢いだ。ダメだと言っても我慢はできないだろう。その両目は目の前の料理に釘付けになっている。
「もちろんさ。前に約束しただろう。俺が料理を作ったら一番にラヴェンドラにご馳走するってさ」
「覚えててくださったんですね! 嬉しいです!」
「できればオムレツの方から食べてくれるかな。出来立てが一番美味しいんだ」
「はい! では、いただきます!」
弾むような声と共にラヴェンドラは手に持った木のスプーンをオムレツの真ん中に差し込んでいった。プツリと割れた断面からはとろりと半熟の卵が中の野菜と混じり合い流れ出した。
ラヴェンドラはそれらをまとめてスプーンに乗せ、一口で頬張った。
「とろとろ~」
初めて食べたであろう食感にラヴェンドラは恍惚の表情に変わっていく。
「とろとろの卵にほくほくのジャガイモと甘いかぼちゃが絡み合ってお口の中が幸せって言ってます。プリっとしたお豆も食感のアクセントになっていてとっても美味しいです~」
思いのほかラヴェンドラは食レポが上手かった。作った俺ですら食べたくなってきたほどだ。
「喜んでくれて良かったよ。次はこっちも食べてみてくれ」
俺は次に巨大鹿の香草トマト煮込みの器をラヴェンドラ前に差し出した。
「これは……お肉ですね! とっても良い匂い!」
目の前の肉への期待でラヴェンドラの瞳が更に輝きを増していくのがわかる。
うず高く積まれた鹿肉の一つにラヴェンドラがスプーンをそえると、それは力を入れずともホロリと崩れ去った。長時間煮込まれた肉は繊維がほぐれ、中まで深い朱色のソースが染み込んでいる。
崩れた肉片にソースを絡め口に運んでいく。
「んんん~」
ラヴェンドラは左手を頬に当て、声にならない声を上げた。
「お肉がすごく柔らかくて、濃厚なソースがとっても美味しいです!」
あまりに旨かったのか少し呆けた後、ラヴェンドラは次々と鹿肉を口に放り込んでいった。
「そのまま食べるのも良いが、そのソースをオムレツにかけて食べても旨いぞ」
「なんですそれ! そんな食べ方もあるんですか!」
俺の話を聞くや否や、ラヴェンドラは巨大鹿の香草トマト煮込みのソースをスプーンで掬い、オムレツにかけた。黄金色の卵に朱色のソースがかかったそれは、更に食欲をそそる見た目に変貌している。
「い、いただきます……」
ごくりと唾を飲み込んだラヴェンドラは、ソースがかかったオムレツを口に含んだ。
「ふ~んん」
ラヴェンドラは、不思議な声を出すとそのままテーブルにへたり込んでしまった。
しばらくするとラヴェンドラは態勢を戻した。
「やっぱりカガセ様はすごいです! 500年以上生きてきましたが、こんなに美味しいものを食べたのは今日が初めてです。 カガセ様にお仕えできてわたしはとっても幸せです!」
こんなに喜んでくれるなんて作った甲斐があるというものだ。
ラヴェンドラの幸せそうな顔を見られるのは俺も嬉しい。
「お! なんだすごい良い匂いがするな」
ラヴェンドラが料理を幸せそうに食べているところに、ミネルバとイツカがやってきた。
どうやら解体作業はすべて終わったようだ。
「おかえりなさい。あまりに美味しそうだったので先に食べちゃいました」
ミネルバはラヴェンドラの前の料理を見ると俺の方に向き直った。
「旨そうだな! アタシたちの分はないのか?」
「解体ご苦労様。二人の分もすぐ用意するから座って待っててくれ」
俺は手早くオムレツを作り、鹿肉を盛り付けると、二人の前に運んでいった。
「どうぞ召し上がれ」
ミネルバとイツカの二人は同時に料理を口に運んでいった。
「うお! なんだこれ! めっちゃ旨いじゃないか!」
「お、美味しい……。こ、こんなに美味しいもの食べたのは初めてです」
二人とも俺の想像以上のリアクションをしてくれた。
あのイツカも笑顔を隠そうともしていない。
しばらくすると全員あっという間に食べ終わった。
「いやー、旨かったな。なあイツカ」
「うん。美味しすぎてすぐ食べちゃった」
イツカはミネルバの前だと、遠慮せずに話せるようだ。
「わたしはもっと食べられますよ!」
ラヴェンドラは他の2人の3倍は盛り付けたんだがな。まあ、それだけ喜んでくれたということか。3人とも皿はとても綺麗になっている。残さず食べてくれたことが何より嬉しい。
「ミネルバ。落ち着いたらユノーや他の雷狼族のみんなも呼んできてくれるか。今日は俺からみんなにこの料理をご馳走したいんだ」
「いいぜ! 早速行ってくるか」
「よろしくな。その間に俺は追加で作る準備でもしておくか」
「わたしもお手伝いします!」
口の端にトマトソースをつけたままのラヴェンドラが元気よく立ち上がり、手を挙げた。
「わ、わ、わたしも、お手伝いします」
イツカも俺の方を見ながら自ら立候補してくれた。
「二人ともありがとう。じゃあ野菜を洗ってもらおうかな」
「はーい。イツカさん頑張りましょうね」
……俺がフライパンで追加の鹿肉を焼いていると、野菜を洗っている、ラヴェンドラとイツカの会話が聞こえてきた。盗み聞きしているようで居心地が悪いが、この場を離れるわけにもいかなかった。
「イツカさん。さっきはすみませんでした」
「へ……。何のことで……しょうか……」
「森から戻ってきた時に、カガセ様と腕を組んでいたことを問い詰めてしまいました。ロック鳥の背中から落ちないようにとわかっていたのに、つい感情的になってしまいました。申し訳ありません」
確かにあの時はイツカは申し訳なさそうな表情をしていた。ラヴェンドラもそのことに気づいていたのか。
「だ、大丈夫です。き、気にしていませんので……」
「ふふ。ありがとうございます。わたし、ずっと周りは年上の人たちばかりで同年代の人っていなかったんです。でも、今はイツカさんにミネルバさんがいてくれてとっても楽しいんです。良かったらわたしたちお友達になりませんか?」
ラヴェンドラの昔の話か。前に少しだけ聞かせてもらったことがあるが、彼女はどんな環境で育ったのか。
それにしても、イツカに急にそんなことを言って大丈夫だろうか。テンパらないといいが。
「は、はい。わたしも……仲良くなれたらいいなと……思ってました」
「本当ですか! ありがとうございます!」
ーードシャッ
ラヴェンドラの喜びの声と同時に何かが落ちるような鈍い音が響いた。
「あああ! 手を離したらかぼちゃが落ちちゃいました! どうしよう割れちゃいました!」
どうやら手を挙げようとしたのか、イツカの手を掴もうとしたのか、いずれにしろ、手に持っていたかぼちゃを落としてしまったらしい。
割れたかぼちゃくらい洗えばなんの問題もないが。
追加のトマト煮の作業が終わったことから、俺は調理台へ行きラヴェンドラをなだめながら野菜の準備にとりかかった。
しばらくすると、食堂の正面の方から大勢の足音が聞こえてきた。
すでに料理は作り終え、テーブルに並べている。
俺はユノー達を出迎えるために、食堂の正面口まで歩み出た。
「カガセ様。一族を招集するようにミネルバにご命令されたとのこと。何やらかぐわしい香りがしますが、何事でしょうか?」
先頭のユノーが不審そうに俺に問いかける。
ミネルバはその隣でいたずらっ子のような笑みを浮かべていた。
「どうやらミネルバは何も説明しなかったようだな。実はミネルバに打ってもらった鉄製の調理道具を使って料理を作ってみたんだ。せっかくだから雷狼族のみんなにも食べてもらいたいと思って、集まってもらったってわけさ」
「なんと! カガセ様自ら調理されたのですか!?」
「まあな。テーブルに並べているから、みんな手を洗ったら食べてくれ」
俺は後ろの長テーブルに並ぶ料理を手で指し示しながらユノーたちを促した。
「お気遣い大変感謝いたします。みんな、カガセ様からが手製の領地をご馳走してくださるとのことだ。ありがたくいただこう」
ユノーが後ろにいる雷狼族に呼びかけると、方々から喜びの声が聞こえてきた。
小さな子どもから老人まで嬉しそうに席についていく。
俺たち4人は調理台の付近でみんなが食べる様子を見守ることにした。
俺が食事の様子を眺めているとラヴェンドラが話しかけてきた。
「カガセ様。みんなとっても美味しそうに食べていますね」
「ああ。頑張って作った甲斐があるよ」
ラヴェンドラは俺の横でただ微笑んでくれた。
「ラヴェンドラとイツカも手伝ってくれてありがとう」
「わ、わたしは大したことはしていませんので……」
そう言うイツカもどことなく嬉しそうだ。
「アタシには感謝の言葉はないのかい?」
ミネルバがうらめしそうに聞いてきた。
「ミネルバもありがとう。雷狼族にちゃんと目的を伝えてくれていたらもっと良かったけどな」
「こういうのは驚きがあった方が楽しいからな! 内緒で連れてきたんだよ」
何故かミネルバは胸を張っている。
俺の視界には口いっぱいに料理を詰め込む子どもや、楽しそうに会話する若者達が映っている。
俺とラヴェンドラの二人しかいなかったこのダンジョンでこんなに賑やかになるとは思わなかった。彼等は少し前までは食べるものもなく放浪していたのに今はこうやって笑ってくれている。
俺はラヴェンドラの魔王になってほしいという願いにちゃんとした返事をしていない。
この世界をよく知らないのに、適当な返事などできないからだ。
だが、俺が魔王を名乗ることで、彼等と同じような者たちを守ることができるなら、笑って過ごせるようにできるのならば、それも悪くないのかもしれない。
そう……例えば、ククルの様な。
その日は雷狼族の声を聞きながら過ぎていった。




