第27話 初の料理
眼下にたたら場のある広場が近づいてくる。
往路では30分以上かかった道のりも、ロック鳥の背中に乗ればわずかは数分だった。
巨大な獲物をぶら下げて飛来する影に気づいたのだろう。
広場ではラヴェンドラとミネルバがこちらを見上げているのがわかった。
着地の直前、ロック鳥は翼を大きくはためかせ、広場の中央に巨大鹿を据えた。
そして、そのすぐ横に音もなく降り立つと地面に体を伏せた。
「……ふう。運んでくれてありがとう。助かったよ」
俺はロック鳥に礼を言い、羽毛を数度優しく撫で、未だに俺の腕にしがみついているイツカと一緒に、背中から降りた。
「なんだお前たち。少し見ない間に随分仲良くなったみたいだな!」
ミネルバは俺の腕にしがみついているイツカを見ながら、からかうような声を上げた。
「ひゃ、ひゃああ! す、すみません……。高いところが怖くてつい……」
イツカは急いで腕をほどくと、俺から距離をとった。
俺の左腕にはイツカのぬくもりだけが残っている。
「カガセ様! どういうことですか! 私と腕を組んでくれたことなんてないじゃないですか!」
イツカが離れるや否や、ラヴェンドラが俺に詰め寄ってきた。
「ロック鳥に乗ってきたから、落ちないようにしていただけだよ」
ラヴェンドラは俺の顔をジトっとした目で見つめている。
イツカは下を向いて申し訳なさそうな表情になってしまった。
「そ、それより。お願いしていた物はできたのか」
俺は急いで話題を変えた。このままラヴェンドラに詰められるのはキツイ。
「おう! できてるぜ! こっちに来てくれ!」
ミネルバの招きに応じ、俺たちは鍛冶場に入っていった。
そこには包丁と大きな鍋、フライパンが木のテーブルの上に並べられていた。
「手に取ってみてくれ」
ミネルバに促され、包丁を手に取る。
それは華やかさこそないが、無骨で切れ味の鋭そうな雰囲気を纏っており、固い骨でも容易に切り裂けそうだった。
隣の鍋は高さ1メートル、直径50センチメートルほどはある大きな寸胴鍋であり、フライパンは底が丸い中華鍋の様な形状で直径が1メートルはあろうかという大きさだった。
これなら、ラヴェンドラの腹を満たせる料理も作れそうだ。
「二人ともありがとう。思ったとおりの物ができているよ」
俺は包丁をテーブルに戻し、ラヴェンドラ達の方に向き直った。
「へっへ。急いで作った甲斐があるぜ」
ミネルバは誇らしそうな様子だ。
「それと、お前たちが戻ってくる少し前にロック鳥が来てな。ついて来いって言うんで、ユグドラシルまで行ったら、巣の中に卵があったから、持ってきておいたぞ」
ミネルバが指さす方には、ドラム缶ほどはあろうかと思われる大きな卵が鎮座していた。
卵まで提供してくれるなんて、ロック鳥はなんて良い奴なんだ。
今度、時間をかけて毛づくろいをしてやろう。
「ラヴェンドラ。畑から野菜をとってきてくれないか」
「イツカさんに頼んだらいいんじゃないですか」
ラヴェンドラはそういうとプイっと顔をそむけてしまった。
まだ、さっきのことを根に持っていたのか。
イツカも申し訳なさそうに縮こまってしまっている。
「せっかく俺の料理をご馳走しようと思ったんだがな。今日は諦めるか……」
「え! カガセ様の料理ですか!? 急いでお野菜とってきますね!」
俺の言葉を聞くなり、ラヴェンドラは目にもとまらぬ速さで鍛冶場を出ていった。
「はや……。ミネルバとイツカは申し訳ないが、巨大鹿の解体をお願いできるか」
「いいぜ! 行こうぜ!イツカ」
二人は俺の頼みを快諾し、広場の中央に向かっていく。
さて、俺は準備をするか。まずは調理する場所がいるな。
俺は鍛冶場を出ると、広場の反対側まで歩いた。
「この辺りがいいか」
俺はユグドラシルシステムを起動し、『BUILD』のリストから『食堂』を選択した。
そこには、『3辺の壁が無い土間の食堂。竈に調理台、大人数が座れる長テーブルを備える。』と記載されている。
これがあれば、料理が捗るし、ダンジョンの仲間で食事をすることもできる。300と今ある源素をすべて使用することになるがなんとかなるだろう。
《食堂を生成》
俺が頭の中で唱えると、光と共に目の前に食堂が現れた。
正面と左右には壁がなく、10人は座れるであろう木製の長いテーブルが5台並んでいる。奥には、壁に沿って複数の竈に大きな調理台が見えた。
思ったより本格的な食堂だった。
だが、これだけの設備があれば、今後の調理も問題はないだろう。
俺は鍛冶場と食堂を数回往復し、調理道具とロック鳥の卵を食堂まで運んできた。
最後の卵を運び終えた時、肩に大きな肉の塊を持ったミネルバがやってきた。
「やっぱりすごい力だな。今度は食堂を一瞬で作っちまうとは」
肉の塊を調理台に置き、ミネルバは食堂を見回している。
「解体ありがとう。イツカはどうした?」
「イツカはスキルで残りの肉を氷漬けにしているよ。アタシもすぐ戻って、一緒に骨やら食べられない部分を森に埋めに行く予定さ」
イツカはスキルで凍らせることができるのか。やはり森の中で見た剣術はスキルに関係しているのだろう。
ミネルバが広場に戻っていくのと入れ違いにラヴェンドラが大量の野菜を抱えて戻ってきた。
「うわー! 立派な食堂ですね! お野菜持ってきましたよ!」
ラヴェンドラも手に持った野菜を調理台に置いていく。先ほどの肉と合わせて調理台は既にいっぱいだ。
これで食材は揃った。今あるのは、巨大鹿の肉に異世界の野菜としてトマト、かぼちゃ、玉ねぎ、豆、ジャガイモ、それに森の中で見つけた岩塩とロック鳥の卵だ。
俺は頭の中で料理をイメージする。これだけあれば2種類は作れそうだ。
「カガセ様は何を作ってくださるんですか?」
ラヴェンドラは長テーブルに両手で頬杖をつきながら、尻尾を左右に揺らしている。
「何が出てくるかはできてからのお楽しみだ」
「えー。じゃあ、何かお手伝いしましょうか?」
ラヴェンドラの頬が膨らんでいるのが見える。
「湖で水を汲んできてくれるか。野菜を洗ったり色々使うからな」
「はーい」
ラヴェンドラは元気よく返事をすると再度外に戻っていった。
「じゃあ、いっちょやりますか」
俺は包丁を手に取り鹿肉に刃をいれた。
垂直に包丁をおろすと、何の抵抗も無く、切れていく。
このまま力を入れれば調理台まで切れてしまいそうなほどの恐ろしい切れ味だった。
ミネルバの鍛冶の腕は確かなようだ。
そのまま鹿肉を大きめの一口サイズに斬り揃えていく。
下ごしらえを終えた俺は、竈の薪に火をつけ、寸胴鍋を置いた。
底から伝わる熱が十分になったことを確認し、鹿の肉を入れていくと、『ジュー』という音と共に鹿の脂が焼ける野性味のある香ばしい匂いが漂ってきた。
木のへらで肉を炒め、表面に火が通ったら、みじん切りにした玉ねぎを入れ、更に炒めていく。
玉ねぎが透明になったところを見計らって、完熟した大量のトマトを投入する。今回は元の世界と同じ赤色のトマトがほとんどだ。へらで実を圧し潰すと弾けた果汁が肉の脂と混ざり合い、鮮やかな朱色のソースへと変貌していった。
丹念に水分を飛ばし、トマトの形がなくなり旨味の塊となったところで、たっぷりの水と、森の中で摘んでおいた香草を入れ、蓋をして弱火で煮込んでいく。
蓋の隙間から立ち昇る芳香が俺の嗅覚を刺激する。
後は、岩塩で味を整えれば完成だ。
「なんですかこれ! すっごく良い匂いがします!」
1品目の調理が大体済んだところに両手に水の入った桶を持ったラヴェンドラが戻ってきた。
ラヴェンドラは桶を調理台の近くに置くと、煮込み中の鍋の前に立ち鼻をクンクンとさせている。
「カガセ様! 開けてみてもいいですか?」
「ダメだよ。さっきも言った通り完成してのお楽しみだ。そんなにかからないでできるから、座りながら待っていてくれ」
「はーい……」
ラヴェンドラは残念そうに長テーブルに戻っていった。
「さて、次は」
俺はかぼちゃとジャガイモを手に取り、1センチ角の大きさに切り分けた。
固いかぼちゃの皮もこの包丁なら何の抵抗もなく切れる。
豆を鞘から出し、俺は火をつけておいたもう一つの竈に向かった。
勢いよく火が回ったフライパンに、先ほどの鹿肉から切り分けておいた脂身を炒める。
脂身から黄金色の油がしみ出し、フライパン全体を覆ったタイミングで、脂身を取り除き、かぼちゃ、ジャガイモ、豆の順に入れ、炒めていった。
かぼちゃの甘い香りが広がり、全体に火が通ったところで細かく砕いた岩塩を豪快に振りかけ味をつけ、野菜本来の甘味を引き立てる。
俺は味付けが終了した野菜たちを、木で作ったボウルに取り出し、ロック鳥の卵に向かっていった。
「いよいよこいつだな」
先ほど運んだ時に気づいたが、ロック鳥の卵の殻はかなり固い。鶏の卵の様に角にぶつけて割るなどといったことは難しそうだった。
俺は後ろに何もないことを確認し、ロック鳥の卵の上部に狙いを定めた。
「スラッシュウインド!」
俺が放った空気の刃は、ロック鳥の卵の殻の上部だけを綺麗に切断した。
上部が切断されたロック鳥の卵は中身がこぼれることもなく、そのままの姿勢で鎮座している。俺はその殻をボウルとして、中身をかき混ぜた。
成功だ。
殻を割るにしても、今はこれだけの中身が入るほどの大きなボウルはない。だから俺は殻をそのままボウルとして活用したわけだ。
俺は改めて、先ほど野菜を炒めたフライパンを竈の火にかけた。
再度、鹿の脂身を炒め、フライパンに油を行きわたらせたら、脂身を取り出す。
ふつふつと油がたぎる中に俺は木のお玉でロック鳥の卵を数度放り込んだ。
俺は油の中で瞬時に固まろうとする卵を木のへらで卵を豪快にかき混ぜていく。
ある程度卵に火が通り、緩いスクランブルエッグ状になった段階でかき混ぜるのをやめた。
「ここだ」
卵の底が少し固まったところを見極め、先ほど取り分けておいた野菜を投入した。
ここからが腕の見せ所だ。
俺は手前の卵を野菜の上にかぶせると、右手でフライパンを持ち、左手で柄を叩いた。
すると卵はフライパンの縁に沿ってクルッと回転していき、ラグビーボールの様な形になっていった。
卵の閉じ目を少し焼いたのち、木の皿に盛り付ければ、1品目の完成だ。
その表面は黄金色に輝き、一点の焦げもない。ラグビーボールの様な形状は見た目にもプリっとしており、スプーンを入れる期待をいやが応にも高めている。
続いて煮込んでいた鍋の蓋を取り、様子を確認すると、水分が半分程度になり、ドロッとしたソースとなっていた。
大きめの木の器に、鹿肉を豪快に盛り付けていく。
うず高く盛られた鹿肉は表面全体が飴のように照っており、所々に見える香草の緑とのコントラストが美しい。加えて上から滴る朱色のソースが更なる美食への期待を煽っている。
これで、2品とも完成した。
ふとラヴェンドラを見れば、俺の方を見ながら今か今かと待っている。
早速、持って行ってやろう。ラヴェンドラの感想が楽しみだ。




