第25話 氷のハート
「昨日はありがとうございました。おかげでゆっくり休むことができました」
朝食を終えラヴェンドラと共にユグドラシルの前で何気ない話をしていると、ユノーとミネルバがやってきた。その後ろにはもう一人、見たことのない魔族が立っていた。
「元気になって良かったよ。見たことがない気がするが、後ろにいるのは誰だったかな」
「はい。今回はご紹介したい者がおり参りました」
ユノーに促されて、後ろから一人の魔族が俺の前に進み出る。
現れたのは雷狼族と同じ狼の耳を持っているが、雷狼族のように浅緑色の髪ではなく、銀色の髪を持つ少女だった。
眉が隠れるほどの長さに切り揃えられた前髪と、後ろで束ねられた長い銀髪のポニーテールがどこか凛とした雰囲気を漂わせる。
瑠璃色を基調としたその服装は、振袖のように長い袖を持つ着物の上半身に対し、下半身は軽やかなプリーツのミニスカートに足甲がひざ下までを覆っている。だが、最も目を引くのは、腰に差した一振りの刀だろう。
その佇まいは手練れの戦士を思わせる威圧感があった。
「こちらは氷狼族のイツカ殿です。イツカ殿は先の王国による『赤土の断崖』への侵略の際、我々の先頭に立って王国兵と戦い重傷を負ったためこれまで静養しておりましたが、傷も癒えたことからご挨拶にあがった次第です」
ユノー、ミネルバに加えて、このイツカを擁してまで、敗北するほど王国兵とは精強なのか。
「氷狼族は元々大陸の北をナワバリとする種族ですが、我々と同じく住処としていたダンジョンを人間に攻め滅ぼされ、一人放浪していたところで我々と出会い生活を共にしていました」
雷狼族の客人といったところか。
「傷が癒えたのは何よりだ。君は雷狼族ではないのだから俺の配下にならなくても構わないよ。これから仲間としてよろしくな」
俺は歓迎の意味を込めて右手を差し出した。
だが、彼女の手は一向に動かない。
その場が妙な雰囲気に包まれていくのを感じる。
「よ、よ、よろしくお願いします……」
イツカから蚊の鳴くような声が漏れたと思った直後、彼女はブンッと音が聞こえそうなほどに大げさに頭を下げた。
こ、これは……。俺は知っている。そう……コミュ障である。
気まずい雰囲気に俺の心が折れそうになっていく。ラヴェンドラですら何も声を発していない。
「はっはっは! イツカは人見知りだからな! まあ、慣れたらちゃんと話せるぜ!」
俺の救世主はミネルバだった。
彼女の大雑把な性格が頼りになる時が来るとは。
だが俺も昔は初対面の相手は苦手だったのでコミュ障の気持ちはわかる。仕事を続けるうちにいつの間にか業務上では初対面の相手でも何も感じなくなったが。
イツカとはゆっくりと仲を深めよう。
「誰だって、苦手なことはあるさ。改めてこれからよろしく。イツカ」
俺は差し出した右手を戻した。
「わたしもよろしくお願いしますね! イツカさん!」
「あ、ありがとうございます」
ラヴェンドラはイツカに対し優しく微笑んでいる。その顔は普段俺に見せる無邪気なものとは違い、少し大人びて見えた。
「さて、カガセ様。イツカ殿の紹介も済んだところで、鍛冶のご用命はございますか。 と言っても作るのはミネルバですが」
「ミネルバは『赤土の断崖』で何を作ってたんだ? 武器とかか?」
「雷狼族のスキルは武器を使わないからな。武器防具はほとんど作ってないぜ。多かったのはナイフとか農具とか生活用品かな」
そういえばミネルバもユノーも戦闘の時は何も持っていなかった。他の雷狼族も武器は持っていないし、イツカが珍しいのか。
しかし、ミネルバが武器防具しか作らないような気難しい職人気質じゃなくて良かった。
「実は包丁と大きなフライパン、それに大きな鍋を作ってもらいたいんだが、いいか?」
「もちろん構わないぜ! めっちゃでかい鍋を作ってやるぜ!」
そんなにでかくなくて構わないのだが、張り切っているミネルバを見るとそうも言い出しづらい。
「ただ、1つお願いしたいことがあるんだが、ラヴェンドラに鍛冶を手伝ってもらえないか。まだ道具なんかも十分じゃないから、ラヴェンドラの金属を操るスキルが補助してもらえれば助かるんだが」
「わたしは構いませんよ。よろしいですかカガセ様?」
「もちろんだよ。鍛冶場は危ないだろうから怪我などしないように気を付けてほしい」
ミネルバなら鍛冶場でも危ないことはないだろうが、不測の事態が起こらないとも限らない。
「俺は森に食料でも調達に行くか。ユノー一緒にどうだ?」
「お誘いいただきありがたいのですが、たたら場で昨日の精錬の事後処理をしなければならず、今回はご遠慮させていただきます」
ユノーはいつも忙しそうに動き回っているから、しょうがないか。
「仕方ないな。じゃあ、一人で行ってくるよ」
「いえ、未だ森の全容は把握できていない中で、カガセ様をお一人で行かせる訳にはまいりません」
「そうです。森の中は意外と危険も多いんですよ」
ユノーとラヴェンドラはまるで過保護な親のようだ。
一緒に行けるやつがいないのだからしょうがいないと思うのだが。
「イツカ殿。カガセ様と一緒に森に行ってくれませんか」
そうか。イツカと一緒に行けばいいか……ってそれはいきなり過ぎるだろう。俺とイツカは今日会ったばかりだぞ。コミュ障を舐めてはいけない。
「へ、え、あ、ええええ」
不意にユノーから話を振られたイツカの口から困惑の声が漏れ出ている。
ほら、言わんこっちゃない。
「俺一人でも大丈夫だよ。今日会ったばかりでは気を使わせてしまうしな」
俺が気を使って発言したところ、イツカから意外な言葉が返ってきた。
「わ、わたしはご一緒しても構いません」
イツカは俺から目を反らしたままだ。
こんな状態で二人で森の中になんて行けるんだろうか。というか、俺は二人きりの空気に耐えられるのだろうか。
「ありがとうございます。イツカ殿が同行してくれるなら安心です」
こうして俺はイツカと二人きりで森の中へ繰り出すこととなったのだった。




