23話 文明の息吹
「う、うん……。ここは……」
「お目覚めになられましたか?」
ラヴェンドラの優しい微笑みが俺を覗き込んでいた。
垂れた髪からは陽だまりに咲く花のような甘い香りが漂っており、頭の後部は確かな弾力と柔らかさを兼ね備えた感触と共に彼女の体温が伝わってくる。
これほど心地よい目覚めは初めてかもしれない。
だが、意識が覚醒するにつれ、自分がどのような状況にあるのか理解した。
「うおっ!」
俺は急いで体を起こした。
「すまない。眠ってしまっていたのか」
「あら、わたしはもう少しあのままでも良かったのですが」
いつの間にかラヴェンドラの膝枕で眠ってしまっていたようだ。
なぜかラヴェンドラは名残惜しそうに自身の太ももを眺めている。
まだ、日は高い、それほど長いこと寝ていたわけではないようだ。
「お加減は如何ですか?」
「だいぶ良くなったよ。ありがとう。1回スキルを使っただけで、気を失うんじゃ先が思いやられるな」
「魔力の使い方に慣れれば気にならなくなりますよ。練習ですね!」
そんなものか。
これまでサントの街でもミネルバたちの襲撃でも俺は何もできなかった。
これからはラヴェンドラに守られているばかりではない。モンスターのスキルの使い方もそうだが、ステータスの向上による自分の体の使い方も覚えなければ。
「そうだな。練習にはラヴェンドラも付き合ってくれよ」
「もちろんです!」
ラヴェンドラが喜びに尻尾を揺らしているところに、ユノーとミネルバが戻ってきた。
「よろしいでしょうか」
やはりユノーはきっちりとしている。まるで執事か軍師のようだ。
「どうした」
「ダンジョン内の大まかな探索が終了しました。どうやらダンジョンの規模が拡大しているようです。おそらくこれまでの5倍ほどは広くなっているかと」
5倍だと!? 迷いの森の頃はだいたい半径が1キロメートル程度の広さだったはずだから、今は半径5キロメートルくらいの広さになっているということか。
それだけ広いとかなり目立つだろう。冒険者の侵入も増えるかもしれない。
雷狼族もいる今、そう簡単にダンジョンを攻略されるとは思えないが、対策は考えておかねばならないか。
「かなり広かったぜ。アタシの足でもまだ全部は探索できていないからな」
半径3キロなら、面積にして約78平方キロメートルはあることになる。それだけ広ければ1日で探索が終わることなどないだろう。
「加えて、拡大したエリアで鉄鉱石の鉱床を発見しました」
「鉄鉱石か。鉄があれば色々役に立つが、製鉄となると難しいそうだな」
鉄があれば、ずっと欲しかったナイフや調理器具なども作れるかもしれない。
だが、俺には製鉄なんぞできないし、鉄の加工も不可能だ。
「ご安心ください。我らは鍛鉄の一族。『赤土の断崖』でも製鉄を行っておりましたし、鍛冶も可能です」
「おお! それは頼もしいな!」
「ですが……。残念ながら、ここには製鉄所がございませんので、鍛冶が可能になるのは相当先、早くて1年以上はかかるかと思われます」
そうか。鉄鉱石と技術だけあっても、実際に鉄を作り出す製鉄所がなければ宝の持ち腐れでしかない。
「製鉄所があればアタシが鍛冶できるんだけどな。さすがに製鉄所はすぐには作れないよ」
「ミネルバは鍛冶ができるのか」
「アタシは元々鍛冶師だからな! 『赤土の断崖』でも鍛冶をしていたし、鉄さえあれば何でも作れるぜ!」
がさつに見えるミネルバが鍛冶ができるとは意外だった。製鉄や鍛冶を行うには体力が必要だろうから、相性がいいのだろうか。
それにしても、製鉄所か……。詳しいわけではないが、作り出すのはかなり難しそうだな。
……いや、待てよ。たしか以前ユグドラシルシステムに何かあったような気がする。
そういえば、ユグドラシルの紋章に触れなくてもユグドラシルを起動できるようになったはずだ。
俺は頭の中でユグドラシルを起動するイメージをした。
すると、紋章に触れた時と同じように、目の前にユグドラシルシステムが現れた。
これでダンジョン内なら何処でもユグドラシルを起動できるのか。これはかなり便利そうだ。
俺は改めて、『BUILD』の項目を開き、建造物リストを探していく。
あった! これだ!
そこには『たたら製鉄所』があった。
建造物の説明にも、『鉄鉱石や砂鉄から鉄を精錬する施設。精錬には大量の木材と人手を必要とする』と書かれている。
必要源素は500だ。
更には、『鍛冶場』もリストに発見した。
こちらの必要源素は300。たたら製鉄所と合わせて源素800と決して軽くはないが、鉄はこれからの生活に確実に必要になる。ここは出し惜しみする場面ではない。
2つの施設を設置できる場所というと、ミノタウルスに樹を伐採してもらったユグドラシルの裏手の広場が良いだろう。
「ユノー、ミネルバ一緒に来てくれるか」
「もちろん構いませんが、何処に行かれますか?」
ユノーは俺の行動に疑問を持っているようだ。
「いいから、ついてきてくれ。ラヴェンドラも一緒にな」
「はい!」
俺は3人を連れてユグドラシルの裏手の広場に向かった。
「この辺りか」
《たたら製鉄所と鍛冶場を生成》
俺はユグドラシルシステムを起動し、頭の中で言葉を発した。
俺たちの目の前に、光の粒が集まり、弾けた。
そこには、テレビや本で見たことのある立派なたたら製鉄所と鍛冶場ができていた。
たたら製鉄所には特徴的な踏み鞴も見える。
「立派な建物ができたな。これなら製鉄も問題ないんじゃないか」
「うお! なんだこれ、光が集まったと思ったら、一瞬でたたら場と鍛冶場が完成しているぞ! どういう仕掛けなんだ!?」
「こ、これは……。今の光の粒はカガセ様の仕業ですか……。普通の人間ではないと思っていましたがここまでとは……」
ユノーとミネルバは目の前の出来事に衝撃を受けている様子で、恐る恐るたたら製鉄所の外壁や設備を触って確かめている。
「このダンジョンの中、限定の力だけどな」
「我らの一族が同じ規模の施設を作ろうとすれば、数年単位の時間が必要になるでしょう。それを一瞬で作り出すとは……凄まじい力ですね……」
ユノーが驚くのも無理はない。源素という対価があるにせよ、一瞬でこれだけのものが作り出せるなんて俺も未だに信じられない。
「なんでもいいさ! これでまた鉄を打てる! なあユノー!」
「ミネルバの言うとおりだな。驚きのあまり取り乱してしまい失礼いたしました。これなら我ら一族で製鉄を行うことができます。早速、準備に取り掛かるといたします」
「カガセ様、鉄ができるのが楽しみですね!」
冷静さを取り戻したユノーはそう言うと雷狼族を呼び出して手際よく指示を出しているた。
雷狼族が来てくれたおかげでダンジョンの生活が良くなりそうだ。彼らを受け入れた判断はやはり間違いではなかった。




