第19話 後始末
辺りに咲き誇っていた花はその姿をすべてなくしている。
周囲には微かな残り香だけが漂っていた。
「終わった……のか……」
「はい。なんとか……あの技は月の光を糧に発生する花が発する強烈な匂いで意識もろとも対象の感覚をすべて奪うものです。おそらく半日以上は目を覚まさないと思います」
ミネルバとユノーは倒れたまま微動だにしていない。
「それは凄まじいな。ラヴェンドラがいなければ間違いなく死んでいたよ。ありがとう」
「わたしもギリギリでした。月が出ていなければ、勝てなかったかもしれません。それより、カガセ様のお怪我は大丈夫ですか? 回復の技をかけましたが、あまり得意ではなく、どこまで回復されたか心配です」
「もうすっかり大丈夫だよ。動くとまだ少し痛いけど、このくらいなら問題ないさ」
「良かった! 全部守れましたね」
そう言い終わったラヴェンドラが膝から崩れ落ちた。
「ラヴェンドラ大丈夫か!」
俺は咄嗟に倒れそうになるラヴェンドラを抱きかかえた。
「えへへ。ちょっと、疲れちゃいました」
俺に体を預けながらおどけたように話す彼女の体にはほとんど力が入っていなかった。
「今日はゆっくり休もう」
気づけば俺とラヴェンドラは、そのままユグドラシルを背にして眠りについていた。
鳥のさえずりが聞こえた。顔に当たる日の光が朝を告げている。
目を覚ました時には既に日は中天まで昇っていた。
ラヴェンドラはまだ俺に体を預けたまま眠っている。
周囲を見回すとミネルバとユノーは昨夜のまま地面に倒れていた。どうやらミノタウルスが見張ってくれていたようだ。
「う、うーん。あ、カガセ様。おはようございます」
眠そうな眼をこすりながらラヴェンドラが目を覚ました。
「彼らはまだ目を覚ましていないようですね」
「ああ。それにしても後始末をどうするか」
その時、森の奥の方が騒がしくなったと思うと、何かが近づいてきた。
「無事だったか!」
それは、ミネルバが「片づけた」と言っていたアラクネ達だった。
幸いミネルバに倒された際、体力の一部は残っていたのであろう。彼らも1日経って、体力が回復したと思われる。
「良く戻ってきてくれた。お前らが無事で良かったよ。早速で悪いがアラクネ、この2人の手と足を糸で縛ってくれないか。目が覚めた時に暴れられると困るからな。ミノタウルスも悪いが、2人が目を覚ますまで見張っていてもらえるか」
その後、アラクネの糸でミネルバとユノーの手足を縛り、ミノタウルスに見張りを任せることとした。
「これで大丈夫ですね! カガセ様、そろそろご飯にしませんか!? 昨日から何も食べていないので、もうお腹ペコペコです!」
「はは。そうだな。先に腹ごしらえといくか!」
「やったー!」
左右に揺れる尻尾がラヴェンドラの喜びを表現していた。
幸い家の裏にあった畑は戦闘の影響を免れていたので、俺とラヴェンドラは久しぶりの新鮮な自家製野菜に舌つづみを打った。
そして数時間が経った。
先に目覚めたのはユノーだった。
「ここは……。そうか、私たちは負けたのだな」
彼は目覚めてすぐに自身の状況を理解したようだった。
その言葉には諦めがにじみ出ている。
「お前の最後の技は、もしや『月下美人』か?」
ユノーはラヴェンドラの方に向かい正座のような恰好になった。
「はい」
「そうか……。私が子どもの頃、長老が話していた昔話にでてきたものだ。その花の芳香は周囲の者の感覚をすべて失わせ意識すら奪い取ると……。いつもの長老の与太話だと思っていたが、まさか実在していたとはな」
ラヴェンドラは静かにユノーの話を聞いている。
「んぁああ。なんだ、これは。動けねーぞ!」
その時ミネルバも目を覚ました。
自分が縛られていることを理解していないのか、体を大きく動かし大騒ぎしている。
「騒がしいぞミネルバ」
「なんだユノーか。そうか……アタシたちは負けたんだっけな。まさかこんな小さいダンジョンで負けるなんてな」
ユノーを見つけて状況を理解したのか、ミネルバは落ち着きを取り戻した。
「そう悲嘆するものではない。おそらく、この女は『古代竜』だ」
「はあ!? 『古代竜』だって!? それは御伽噺に出てくる最強の竜種だろう! こんなところにいるわけがあるか」
「間違いない。昨夜の最後の技、あれは伝説に伝わる『古代竜』のスキル『七曜』の技の一つ『月下美人』だ」
古代竜……。世界最強の竜だって……。
ラヴェンドラは強いのだろうとは思っていたが、それほどまでの種族だったのか……。
そんな彼女が俺に従ってくれているのか。
「否定はしません」
ラヴェンドラの横顔はいつもと変わらず優しさが溢れており、最強の竜種とは思えなかった。
「さすがに古代竜にはまだ勝てないか。仕方ない。アタシ達は負けたんだ、煮るなり焼くなり好きにしな!」
ミネルバはすべてを諦めた様に言い放った。
「お前たちをどうするかの前に教えてほしい。なぜこのダンジョンを奪おうとしたんだ?」
ミネルバはともかくユノーは理知的に感じた。意味もなくこんなことをするとも思えない。
このまま殺すことは簡単だが、何か理由があるのであれば知っておきたい。
「しれたこと。このダンジョンをわたし達の物にするためだ」
「なぜ、ダンジョンを欲しがる?」
「アタシ達の一族がこのダンジョンに住むためだよ。前に住んでいたダンジョンはなくなっちまったからな」
「前に住んでいたダンジョンがなくなったとはどういうことですか?」
ミネルバの言葉にラヴェンドラがさらに問いかけた。
「まあ、いいだろう。聞きたいのであれば教えてやる。我々は数週間前まで、ここから遥か北東にあるダンジョン『赤土の断崖』に一族で暮らしていた。荒れた土地であり豊かなダンジョンではなかったが、一族で身を寄せ合いなんとか暮らしていた。
しかし、ある日、王国の部隊が『赤土の断崖』に攻め入ってきたのだ。我々は必死で抵抗したが、部隊を率いていた人間が恐ろしいほどに強く、もはやダンジョンを放棄して逃げるしかなかった」
ミネルバとユノーが逃げるしかない人間がいるのか。
もしかしたらサントの街で見たディマス隊長と呼ばれていた男だろうか。
あの男はラヴェンドラですら警戒していたほどだ。
そういえばその時も狼狩りがどうのと言っていたはずだ。
「『赤土の断崖』から逃げた後、我々の一族は荒野を彷徨っていた。満足な食料も水もなく一族はどんどん弱っていった。私とミネルバが周囲に何かないか探索していた時に偶然このダンジョンを見つけたのだ。これだけ豊かなダンジョンであれば我々の一族も余裕を持って暮らせる。ここで新しい暮らしを築こうと……。それが誰かからこのダンジョンを奪うことになろうとも!」
ユノーの瞳はその決意の重さを物語っていた。
彼等は奪われた側だったのか。
二人とも一族の思いをすべて背負ってここに来たのだろう。
「だが、もはやすべて終わりだ。我が一族も滅亡する」
ユノーは淡々と話を閉じた。
この世界は残酷だ。ラヴェンドラは勇者に討たれ、ククルは不当な差別を受けている。そして、この魔族達は住処を追われた。
魔王か……。何をすべきかはわからないが、今は俺が正しいと思うことをしたい。それがどんな結果になろうとも。
ラヴェンドラは何も言わず静かに二人の方を見ている。
「ユノー。ミネルバ。お前たちの事情はわかった。だがこのダンジョンをお前たちに渡すわけにはいかない」
「当然だろうな。勝者には我らを殺す権利がある。それは人間・魔族ともに変わらぬこの世界の摂理。人間である貴様に我らを活かす理由などない」
ユノーは既に死を覚悟しているようだ。
「だが……。お前達の一族がこのダンジョンで暮らすことは許そう。どうだ?」
俺にはこれが正しいと思える。
この世界の摂理など俺は知らないが、目の前で虐げられている者たちがいるのであれば,
俺は手を差し伸べたい。
幸いこのダンジョンは、水も植物も動物も豊富だ。農業だってモンスターの手を借りればできる。多少、人数が増えたところで大丈夫だろう。
ユノーもミネルバもモンスターを一匹も殺していない。このダンジョンを奪うことはやむを得ない行動だったのだろう。
「は!? 何言ってんだお前。アタシたちはお前たちを殺そうとしたんだぞ?」
「そうだな。だが俺にはお前達を殺す理由は特にないからな」
ミネルバは驚きの表情でこちらを見ている。
「人間。お前は何者なのだ? 昨夜もミノタウルスを召喚していた様に見えた。そんなことがただの人間にできるのか?」
「あれは俺のスキルだよ。俺はこのダンジョンの主なんでな」
俺の答えにユノーは腑に落ちないといった表情をしている。
「で、どうする。ここで暮らさないにしてもお前たちは逃がしてやるよ。ラヴェンドラ、悪いが二人の糸を切ってやってくれ」
「かしこまりました」
ラヴェンドラの周囲に剣が出現し、二人を拘束している糸を断ち切った。
自由になった二人は立ち上がり、こちらに相対している。
「甘い奴だな……。名前を聞いてもいいか」
「俺たちか? 俺はカガセ。彼女はラヴェンドラだ」
「カガセ殿、ラヴェンドラ殿、ありがたく申し出を受けさせていただく」
ユノーはそう言って頭を下げた。
ミネルバとユノーは彼らの一族を迎えにダンジョンを出ていった。
「さて、住人がだいぶ増えそうだな。まずは食料を準備しないとな。あと家も必要か。やることが増えるな」
「カガセ様。ありがとうございます」
「ん? 何がだ?」
「人間であるカガセ様が、魔族の、しかも命を狙ってきた者をお許しになるばかりか、住処まで与えてくださるとは思いもしませんでした。同じ魔族として感謝申し上げます。」
「俺には人間か魔族かなんて重要な問題じゃないよ。俺が一番信頼しているのはラヴェンドラだしな。それより何も相談もせず決めてしまって悪かった。すまない」
「滅相もございません! わたしはいつだってカガセ様のご判断に従います。ただ、今回はわたしもとても嬉しかったです」
この世界の常識では俺の判断はおかしいのかもしれない。
しかし、笑顔で俺に感謝の言葉を述べているラヴェンドラを見ていると、間違いではなかったと改めて感じた。




