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第18話 月の花

 「ぐっ……なぜだ」


 莫大な力を注ぎ込んだ一撃を外したミネルバの腕からは、バチバチと制御を失った雷光が漏れ出し、その肩は激しく上下している。


 「はあ、はあ、あなたが倒したのは、私が霧で作り上げた幻です」


 ラヴェンドラも疲労の色は隠せず、乱れた呼吸でミネルバに4本の剣を突きつけ続けている。


 「何!? そうか! あの霧はただの目くらましではなく、分身を作ったことを悟らせないためか」


 「そうです。今の私の状態では正面からあなたに勝つことは難しいかもしれません。それでも、わたしは負けられないんです!」


 すでに日は暮れ、闇が辺りを包んでいた。


 「ラヴェンドラ大丈夫か!」


 俺は急いでラヴェンドラの元に駆け寄っていった。


 ラヴェンドラの乱れた服や疲労のにじむ表情は、ミネルバとの激闘を物語っていた。


 「はい……。なんとか大丈夫です。カガセ様はお怪我はありませんか?」


 「俺はなんともないよ。ラヴェンドラにばかり無茶をさせてしまいすまない」


 俺にも戦う力があれば、こんなにラヴェンドラが傷つくこともない。


 彼女の笑顔が今の俺には痛いほど突き刺さる。


 「なんで、お前はそんな人間なんかにへりくだってんだ?」


 四本の剣を突きつけられたままのミネルバがラヴェンドラに問いかける。


 「黙ってください。カガセ様を侮辱することは許しません」


 その時、俺たちの足元に粘りつくような気配を感じた。


 鼓膜の奥でキィィィンと神経を逆撫でする高音が鳴り響く。


 俺は本能的な恐怖に突き動かされ、咄嗟にラヴェンドラを突き飛ばした。


 「ラヴェンドラ危ない!」


 「音輝鳴々」


 声が重なる。


 ーーズシャアアアアアッ!


 俺がラヴェンドラを庇ったと同時に、地面から紫の稲妻が立ち昇った。


 「ぐはっ……」


 俺は、稲妻の衝撃により、ユグドラシルの近くまで吹き飛ばされた。


 「カガセ様!」


 ラヴェンドラの悲鳴が聞こえる。


 体中が痛みに悲鳴をあげる中、俺は薄れゆく意識をなんとか保っていた。


 「おや? 竜を狙ったつもりだが、勘のいい人間だな」


 後方の木陰から現れたのは、ミネルバと同じ狼の耳を持つ短髪の男だった。


 「ユノーおせえぞ。出てこないのかと思ったぜ」


 ユノーと呼ばれたその男は、ミネルバとは違い、コートのようなものを羽織っており、機敏な動きをするとは思えない。


 だが、アンダーリムの眼鏡の奥の瞳は冷酷さを漂わせており、ただ者ではない雰囲気を放っている。


 「お前が出しゃばりすぎなだけだろう。ミネルバ」


 ミネルバは既にラヴェンドラの拘束から逃れている。


 このままではまずい。既にラヴェンドラも満身創痍だ。


 2人を同時に相手にできるわけがない。


 「どちらにせよ、既に我らの勝利は決まっている。この竜さえ葬れば、このダンジョンは手に入れたも同然だ」


 ユノーは既に勝負は決したとでも言いたいように、ゆっくりとラヴェンドラに向かって歩を進めている。


 「くっ……! カガセ様大丈夫ですか!」


 「だい……じょうぶ……だ……」


 うまく声が出ない。


 1ミリ動くだけで体中の細胞が悲鳴をあげる。


 だが、今動かなければ、ラヴェンドラが危ない。


 俺は痛みで千切れそうになる体をなんとか動かし、ユグドラシルまで這っていく。


 「さてと。じゃあリベンジといきますか。ユノーは手を出すなよ」


 「さっきまで負けてた奴のセリフではないな。まあいいだろう。好きにしろ」


 ミネルバが攻撃の構えを見せた。


 その時、ラヴェンドラの目前に光の粒が集まり淡い大きな光の塊が出現した。


 「ミノ……タウルス!」


 「ぶふぉおおおおおお!!!」


 俺の声を合図に弾けた光の塊から、咆哮と共に現れたのは石像のような巨躯を持つ伝説の牛頭人身の怪物。


 それは急な状況の変化に戸惑っているミネルバ目掛けて巨大な石斧を振り下ろした。


 ーードガアアアアアン。


 空気を振るわせるほどの衝撃だったが、ミネルバは寸でのところで身をかわし、直撃を免れた。


 しかし、完全には避け切れなかったらしく、右腕からは大量に出血している。


 「くっそ! なんだこいつ! どこから出てきやがった!」


 先ほどまでとは打って変わり、ミネルバの表情に焦りの色が浮かぶ。


 「頼むミノタウルス! 奴らを……倒せ!」


 「ぶもおおおおおおお!!」


 俺の言葉に呼応するように、ミノタウルスはミネルバに猛然と襲い掛かる。


 「信じられん……。このモンスターはお前が生み出したのか。ただの人間のお前が」


 ユノーは驚きの表情で俺に問いかけている。


 その隙をついて、ラヴェンドラが俺の元に駆け寄ってきた。


 「カガセ様! 大丈夫ですか! すぐに手当をしますので!」


 ラヴェンドラが水を掬うように両手を合わせた。


 「大樹の一滴シルヴァスティラ]


 ラヴェンドラが唱えると手のひらに水が溢れてきた。彼女は手に溢れた水を俺に浴びせるように解き放った。


 その水に触れると俺の傷はみるみる塞がり、痛みもだいぶ軽減された。


 「ありがとう。だがもうモンスターは召喚できない。ミノタウルスだけで勝てればいいが……」


 ミノタウルスはミネルバと一進一退の攻防を繰り広げていた。


 ミノタウルスの大ぶりな攻撃をミネルバが素早い動きで避けている。


 「くそ! なんなんだよこいつは! 見てないでお前も手伝え、ユノー!」


 「やむを得ないか。」


 動き出したユノーがミノタウルスの前に歩み出る。そして……


 「音輝鳴々」


 ーーズシャアアアアアッ!


 足元から立ち昇った紫の稲妻がミノタウルスを直撃した。


 「ぶもおおおおおお」


 ミノタウルスは悲鳴に似た叫びを出すとひざから崩れ落ちた。


 ここまでか……俺は天を仰いだ。


 見上げた空には月が出ていた。


 「カガセ様、ご安心ください」


 そう言うとラヴェンドラはスッと立ち上がり、胸の前で手を結んだ。


 するとラヴェンドラを元に月の光が集まり、彼女の胸の逆鱗が光を放ち始めた。


 「夜にありし白銀の女王

  其は花、其は艶、其は馨

  我、請いし君がため

  今宵静かに咲き誇れ」


 ラヴェンドラの言葉に応える様に逆鱗はその輝きを増していく。


 「何しようとしているか知らねーが! もうお終いなんだよ!」


  ミネルバがラヴェンドラ目掛けて突っ込んでくる。


 しかし……。


 「月下美人!(ノクスレジーナ)」


 一瞬、時間が凍りついた感覚に襲われた。


 気づけばミネルバ達を囲うように無数の花が出現している。その花は月の光を受け青白く輝き、強烈な芳香を漂わせていた。


 「こ、この技は!? ミネルバ逃げろ!」


 強烈な焦りの表情に変わったユノーが叫んだ瞬間。


 すべての花が散り、純白の花びらが紙吹雪のごとく闇夜を舞い散る。


 その芳香は抗うすべなく周囲の者を蝕んでいく。


 それは残酷なほどに美しい、静寂の舞台だった


 「な、ぐあ、あああ……」


 花びらがすべて地に落ちたとき、そこに残っていたのは、苦悶の表情で意識を失ったミネルバとユノーだった。


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