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第17話 現れた雷光

 帰りは順調に進んだ。


 ラヴェンドラも今日はいつもどおりの表情に戻っている。


 「荒野はやっぱり暑いですね。もうわたしが竜になって飛んで行っちゃいましょうか? ピューンって行けますよ」


 手を竜に見立て、飛んでいくような動作をしてながら冗談めかして話している。


 「いや、そんなところ誰かに見られたら、ラヴェンドラの討伐隊組まれちゃうだろ」


 以前もダンジョンに侵入者がいたように、いくら荒野だからと言って誰もいないわけではないだろう。空を飛んでしまっては遠くからでも見つかってしまう。


 「やっぱり、無茶ですよね」


 ラヴェンドラは、はにかみながら答えた。


 昨夜を越え、彼女は以前より俺に心を開いてくれているように感じる。


 やはり彼女の元気な声を聞いていると俺まで元気になってくる。


 「戻ったらどうしましょうか?」


 ラヴェンドラの言うとおり、今後のことを考える必要があるだろう。


 今回の旅ではこの世界の人間のことが多少知れたが、魔族と人間が相容れることはないように思える。


 「そうだな。やはりダンジョンの防衛能力の強化は必要だろう。サントの街で見た兵達がいつ現れるとも限らない。それと、ククルのことも気になる。門番はマキリャ族の村があると言っていたが、周辺の状況も調査してみたい。ただ、まずはゆっくり休むことかな」


 「はい! わたしもご一緒に頑張ります!」


 胸の前で両手を握ったラヴェンドラはやる気満々といった様子だった。


 日暮れ前になんとか迷いの森まで帰り着くことができた。


 ダンジョンの入口が小さく見える。


 「やっと着きましたね! 早くおうちでご飯を食べたいです!」


 旅の終わりにラヴェンドラも嬉しそうだ。


 俺も早く戻ってゆっくり休みたい。


 「旅の間は干し肉とかだったからな。早く帰ろう」


 俺とラヴェンドラは迷いの森の入口をくぐった。


 俺の目に映ったのはいつもどおりの森だった。だが、何か妙な感じがする。


 「カガセ様……。何か気になりませんか」


 ラヴェンドラも違和感を感じているようだ。


 「ああ。何故かはわからないが、この森に何かが起こっているのか。とにかく急いで戻ろう」


 俺たちは足早にユグドラシルまで急いだ。


 途中の森にも特に異変は感じられなかった。だが、ダンジョン内に配置したモンスター達の姿が何処にも見えず、不気味なほど静まり返っている。


 辿り着いたユグドラシルにも変わりはなかった。


 「何も変化はありませんね。思い過ごしでしょうか」


 そう言ってラヴェンドラがユグドラシルに近づいた時だった。


 ユグドラシルの後方から、低く鋭い殺気が漏れた。反射的に振り返ろうとしたラヴェンドラの動きを上回る速さで、何者かが彼女の背後を奪った


 「おっと! 動くなよ! 動けばアタシの爪がこいつの喉を切り裂くぜ」


 そこにいたのは、布の胸当てにホットパンツの女だった。その右腕には革製の腕甲を、両足には同じく革製の足甲を装備している。露出が多いとも言えるその様相は身軽であろうことを感じさせる。


 だが、際立ってその女を特徴立てていたのは狼のような耳だろう。


 ショートヘアーに切り揃えられた前髪の頭部に生えたそれは、その女が人ではなことを物語る。 


 ラヴェンドラの喉元には人のものとは明らかに違う、長く鋭利な5本の爪が突き立てられていた。


 「誰だ。お前は。何が目的だ」


 相手の目的がわからない以上、今はできるだけ話を聞きだしたい。


 「ああ。なんだお前もしかして人間か。なんで人間が魔族と一緒にダンジョンに入ってくるんだよ」


 狼女の視線が俺の方に移ってきた。   


 「まあ、いい。このダンジョンをもらおうかと思ってな。あの荒野の真っただ中にこんなダンジョンができていたなんて知らなかったぜ。途中にいたモンスターは片づけてきたが、残りの住人はお前らだけか?」


 途中にモンスターがいなかったのはこいつの仕業か。


 しかも、このダンジョンをもらうだと……。


 そんなことさせるわけにはいかない。


 「残念だが渡すわけにはいかないな」


 「言い方が悪かったな……。奪いに来たんだよ!」


 ラヴェンドラも背後を取られては身動きが取れないようだ。


 虚勢を張ってみたものの、俺だけでは打開策がない。せめてユグドラシルシステムを起動できればモンスターを召喚できるのだが……。


 その時。


 「ピキュー!」


 ユグドラシルの影で死角になっていた草場から木霊が狼女の顔めがけて飛び出した。


 「うお!」


 急な木霊の出現に狼女が驚きの声が聞こえたのと同時に声がこだました。


 「白銀舞う世界アルゲサルト


 ラヴェンドラの声を合図に、空中に現れた白銀に輝く4本の剣。それらは狼女を目指し一直線に宙を突き進む。


 仕留めたと思った瞬間、間一髪で狼女は上空に飛び上がり剣をかわしていた。


 しかし、その一瞬を見逃さずラヴェンドラが拘束を逃れ、俺の元に戻ってきた。


 「ラヴェンドラ大丈夫か!」 


 「はい! 問題ありません。ですが、木霊が……」


 狼女に振り払われた木霊は地面に倒れこんでいる。


 「ピ、ピキュー……」


 幸い木霊はまだ息があるようだ。


 「木霊のことは任せろ!」


 俺は急いで木霊を回収すると、狼女から距離をとった。


 「まさかあんな低級のモンスターに一本取られるとはな。ていうか、お前、その頭といい、さっきの技といい、もしかして竜族か」


 「だとしたら何ですか」


 狼女はラヴェンドラを逃がしたことを気にも留めていない様子でこちらに向かいゆっくりと歩いてくる。


 「いいねえ! こんな場所で竜と闘れるなんて思ってもみなかったぜ! アタシは雷狼族のミネルバだ! お前をここで倒し、竜を超えてやる!」


 ラヴェンドラが竜であるとわかった途端に、狼女ーーミネルバは急に楽しそうな表情に変わった。夕日に照らされたその顔には狂気が浮かんでいる。


 「あなたが何を言っているのかはわかりませんが、ここはカガセ様とわたしで築き上げた地。易々とあなたに奪われるわけにはいきません!」


 一瞬のにらみ合いの後、先に動いたのはミネルバだった。


 地を蹴るように踏み出したミネルバは一直線にラヴェンドラに向かって駆けていく。


 ミネルバが右手を振りかぶり、その鋭い爪でラヴェンドラを切り裂こうとした。


 しかし、それは彼女に届く直前で阻まれる。


 「そう簡単にはいかないよな!」


 いつの間にか、ラヴェンドラの周囲を舞っていた剣が盾に形を変え、ミネルバの爪を防いでいた。


 「はあ!」


 ラヴェンドラの掛け声と共に盾は再度4本の剣に姿を変えるが、ミネルバは素早い動きでその攻撃をかわした。


 爪を盾が弾く金属音が耳に響き、剣が空を斬るざ残影が視界を過ぎる。


 幾度かの打ち合いの後、ラヴェンドラの剣を後方に飛び跳ねることで避けたミネルバが足を止めた。


 「中々やるな! アタシの本気を見せてやるよ! はあああああ!」


 仁王立ちで力をためる様な姿勢をとったミネルバの周囲にバチバチと小さな火花が見えた。


 「させません!」


 危険を感じとったのか、ラヴェンドラの剣が四方からミネルバを襲った。


 今度こそ逃げ場はない。


 しかし……。


 「巡雷八躯!」


 ミネルバの叫び声と同時に四本の剣は空を斬った。


 恐るべきことだが、ミネルバは四本の剣すべてを避けていた。その体には先ほどまでとは違い、バチバチと紫色の電気のようなものが蠢き、体中を這いまわっている。


「残念だったな。アタシのスキルは瞬雷拳。さっきのは体中に雷を巡らせ反応速度を極限まで高める技だ。もはやアタシに死角はない!」


「そうですか。でもわたしは負けません!」


「やれるもんならやってみな!」


 声が聞こえた時には既にミネルバの姿はなかった。


 踏み込む地面がめり込むほどの力で駆けたミネルバの動きは更に速くなっており、瞬きをする間にラヴェンドラの元まで迫っていた。


 「うっ!」


 ミネルバの爪を盾で受けたラヴェンドラが反動で後ずさりをしている。


 先ほどまでとは威力も各段に上がっているようだ。


 「まだまだぁ!」


 その後もミネルバは辺りを縦横無尽に走り回り、ラヴェンドラに襲い掛かっている。


 ミネルバが通り過ぎた後の地面には、雷に焼かれた黒い筋が刻まれ、離れている俺にさえ、草が灼ける臭いが伝わってきた。


 ラヴェンドラはミネルバの猛攻を盾で防ぎ続けているが、反撃をする余裕はなく、俺の目から見ても押されていることが分かった。


 数度の打ち合いの後、ミネルバが再び足を止めた。


 「なあ、お前もしかして弱ってるのか。竜がこんなに弱いなんて拍子抜けだ」


 ラヴェンドラが弱っているだって……。


 まさか、胸の逆鱗の傷が完治していないのか。


 「はあ、はあ、そんなことはありません……」


 ラヴェンドラは胸のあたりを手で押さえながら、苦しそうに息をしている。


 くそっ。こんな状況なのに俺には何もできないのか。


 せめてユグドラシルまで行けばユグドラシルシステムを起動できるが、俺が動けばミネルバはその矛先を俺に向けるだろう。そんなことをしてはラヴェンドラの邪魔になってしまう。


 その時、ラヴェンドラの周囲を舞っていた盾が消え、彼女は祈るような姿勢となった。


 直後。 


 「幻惑のアクアファルサ


 ラヴェンドラの言葉と共に辺りに霧が漂い始めた。それは瞬く間に前後左右もわからない濃霧になっていく。


 「なんだ、目くらましなんてアタシにはきかないぜ。それにしても、こんな技に頼るなんてやっぱり弱ってんのか」


 そう言うとミネルバは右手を振り払い、辺りの霧を吹き飛ばした。


 「まあ、弱っていようが竜には違いないか。悪いがアタシたちのために倒れてくれよ!」


 そう言った直後、ミネルバの体を伝う紫の雷光が右手に収束していった。


 ミネルバの右手に集う雷光が、鼓膜を刺すような高音を奏でる。大気が激しく震え、彼女の周囲の小石が重力を失ったかのように浮き上がった。


 「はあああ! 雷爪閃夏!」


 その言葉に呼応するようにミネルバの右手に集まった紫の雷光は大きな爪の形を成した。


 そして……。


 ミネルバの全身がバネのようにしなり、踏み込んだ足が地を割った。


 大地から放たれたミネルバは一筋の雷光となり薄霧を切り裂いていく。


 それはまるで5本の牙を持つ紫色の狼のように見えた。


 「いくぜええええ!」


 霧の向こう、ラヴェンドラの姿が雷光に飲み込まれていった。


ーーズガァァァァァァァンッ!!


 ミネルバが振り下ろした右手は勢いのまま地を裂き、土煙となって周囲の霧をすべて吹き飛ばした。


 土煙が収まったとき、そこ現れたのは、ミネルバを今にも切り裂かんとする4本の剣。そしてラヴェンドラの姿だった。


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