第16話 星降る夜
サントの街の城壁が見えなくなって久しい。
気づけばククルに会った湖まで戻ってきていた。
すでに陽は落ち始めている。
「今日はここで休もう」
今回も木陰で野営することした。
湖の水で喉を潤したが、前回来たときのような高揚感はない。
サントの街からの帰路、ラヴェンドラはほとんど口を開かなかった。
「ラヴェンドラ。君のせいじゃない。あれは防げなかったんだ」
あの時、フードが脱げなければ、今も街にいたかもしれない。
だが、ラヴェンドラを人間の街まで連れてくると決めたのも街中での行動を決めたのも俺だ。人間である俺が守らなければならなかったのだ。
「お気遣いありがとうございます。でもわたしが気づかれなければもっと街にいられたはずです。ククルのことも見つけられませんでした。それに……カガセ様が人間の街に戻ることもできたかもしれません。わたしがご一緒するなんて言わなければ……」
薄闇の中、ラヴェンドラの声だけが小さく響いた。
彼女にこれほど責任を感じさせてしまっているのは俺の不注意だ。久しぶりに人間に会って浮かれてしまっていた。
「そんなことはない。俺はラヴェンドラが一緒に来てくれて嬉しかった。一人だったら街まで辿り着けなかっただろうし、ククルにも会えなかったと思う」
ラヴェンドラは静かに俺の話を聞いている。
「俺はこの世界に来て死にそうだった。もう駄目だと思った時に現れたのがラヴェンドラだった。ラヴェンドラに出会って、ダンジョンができて、木霊たちモンスターも作れた。農業もできたし肉だって食えた。今、俺はこの世界で曲がりなりにも生きていけそうな気がしている。それは、すべてラヴェンドラに出会えたからだ。一緒にいてくれたからだ」
俺の偽りのない本心だった。
しばらくの静寂が流れた。辺りは闇が支配し、空には星が瞬いている。
「わたしは、カガセ様に初めてお会いしたあの日に死ぬはずでした」
ラヴェンドラがつぶやくように話し始めた。
「わたしは500年前、この大陸に君臨した魔王様にお仕えした一族の末裔です。幼い頃から魔王様にお仕えすることが使命であると言い聞かせられ育ってきました。でも、何年待っても魔王様は現れませんでした」
冷たい風が辺りを吹き抜けていく。
「50年ほど前、わたしは故郷を出ました。いつまでも続く一族の期待と自分の使命に耐えられなかったのです。わたしは大陸中を旅しました。でもそこには何も答えはありませんでした。どこへ行っても聞こえてくるのは、人と魔族の争いの声。
わたしはただ無為に日々を過ごしていました。そんなある日わたしの前に勇者と名乗る人間が現れました。それは何も言わず問答無用でわたしに襲いかかってきたのです。恐ろしいほどの力でした。わたしはすべての力をふり絞り戦いましたが、胸の逆鱗に致命傷を受け、勇者の前から逃げだしました。逃げた末に最後に降り立った地で出会ったのが、カガセ様なのです。何の因果か、死の直前になって使命を全うする時が来たのだと悟りました。それならば可能な限り魔王様にお仕えして死のうと……」
いつの間にか空には満月が出ている。
「しかし……わたしは目覚めました。カガセ様が救ってくださいました。魔王様にお仕えすることが使命と自分に言い聞かせてきましたが、実際にお会いしたカガセ様は自分は魔王かわからないと仰います。わたしはまた自分の使命がわからなくなりましたが、一緒に生活するうちにカガセ様はモンスターにも人間にも等しく優しいお方だということがわかりました。その時わたしは決めたのです。わたしの使命は魔王様にお仕えすることではなく、カガセ様にお仕えすることであると」
ラヴェンドラがそこまで俺のことを考えてくれていたとは思っていなかった。
だからこそ、自分の失敗が許せないのだろう。
「ラヴェンドラ、ちょっといいか」
「え、きゃっ」
俺はラヴェンドラを抱き寄せ、地面に仰向けに寝かせると、その横で仰向けになった。
「見えるか。この視界いっぱいの星空が」
遮るもののない夜空には満点の星が輝いている。
こちらの世界にも天の川はあるのだろうか。空はおどろくほど明るい。
「この夜空に輝いている星は、とても遠いところにあるらしいんだ。それはきっとラヴェンドラが一生をかけても辿り着けないほど遠くて、星の光は悠久の時を経て俺たちの元に届く。確かに俺たちは失敗したかもしれない。でもこの星の光に比べればそんなこと一瞬の出来事だ。失敗したならやり直せばいい。死ぬと思ったのに生きてたんだ。やり直せないはずがないだろう。だから、また一緒にやり直そう。ククルのことだってきっとどうにかなる」
ラヴェンドラは星空を眺めながら俺の話を聞いている
「だって、俺は魔王なんだろう」
月明りに照らされたラヴェンドラの頬に一筋の光が流れた気がした。
「はい……ありがとうございます……」
その声は微かに震えていた。
「よし! じゃあ夕食にしないか? といっても少し残った干し肉とドライフルーツしかないがな」
「ふふ。そうですね。でも……もう少しだけ、このままご一緒に星空を眺めていただけませんか」
俺たち以外に誰もいない湖畔は、少し肌寒く、月明りだけが辺りを照らしている。
その日、夜空にはいつまでも流星群が舞っていた。




