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第15話 一瞬の油断

 「危なかったな。もう少しでラヴェンドラの正体に気づかれるところだったよ」


 兵舎から離れ、俺たちは街の東方面の路地を歩いていた。


 「わたしならあのくらいの兵士なんて朝飯前ですよ!……と言いたいところですが、あのディマスとかいう人間はそうとう強いと感じました。あの場で戦っていたら、周辺に大きな被害がでたと思います」


 ラヴェンドラがそこまで言うということはかなりの実力者ということか。


 できることなら二度と出会いたくないものだ。


 「朝飯と言えば、そろそろ腹が減ったな」


 「わたしもです! どこかにお店はないでしょうか?」


 そう言ってラヴェンドラは足早に駆けていった。少しするとひとつの店の前で立ち止まりこちらに手を振っている。


 「カガセ様! こちらへー!」


 ラヴェンドラの元まで向かうと、そこは焼き菓子店だった。元の世界のように種類が豊富なわけではないが、シンプルな焼き菓子は今の俺にはとても魅力的だった。


 「うまそうだな。一緒に食べるか」


 「はい!」


 店の前にはテーブルと椅子が設置されていることから、そこで焼き菓子を食べることとした。テーブルに着くまでずっとソワソワしていたラヴェンドラは、嬉しそうに両手の焼き菓子を眺めている。


 「美味しい! こっちのもこっちのも全部美味しいですよ!」


 ラヴェンドラが言うとおり、その焼き菓子は甘さはかなり控えめだが、久しぶりに食べた甘味はとてもうまかった。


 「もう最後になっちゃった」


 ラヴェンドラは名残惜しそうに最後の焼き菓子を食べている。


 「ククルは食堂で働いていると言っていたが、どこにいるんだろうな。そろそろ食堂も開くだろうから、探してみるか」


 「わかりました。わたしももう一度あの子に会いたいです」


 俺たちは手早くテーブルの上を片付け、南に向かって歩き始めた。


 直後、声が聞こえた。



 「泥棒だ!」


 後方から聞こえて来た声に振り向いた、その時だった。


 ーードンッ!!

 

 後ろから走ってきた男とぶつかったその拍子にバサリと音を立ててフードが背後に落ちた。


 露わになった彼女の頭には、隠しようのない一対の角。


 周囲の喧騒が、一瞬で凍りついたように静まり返った。


 「あ、あ、あ…魔族だ!」


 ラヴェンドラにぶつかった男は彼女の顔を見るなりそう叫びを上げた。


 「きゃああああ!」


 「魔族だって!?」


 「なんでこんな街中に!」


 男の叫びに呼応するように、周囲から悲鳴が上がる。


 「まずい。ラヴェンドラ早くこの場を離れよう!」


 俺はラヴェンドラの手を取り、その場から走って立ち去った。



 ーー「申し訳ありません」


 走りながらラヴェンドラが申し訳なさそうに話しかけてきた。


 「ラヴェンドラが謝ることじゃない。俺が甘かったのが原因だ」


 そうだ。この街の雰囲気であればラヴェンドラが魔族だと発覚した時にどうなるかなどわかりきったことだ。久しぶりに人間に会ったことで俺は浮かれてしまっていたのか。


 「魔族がいるぞ! フードを被った女の恰好をしている! 探せ!」


 街のあちこちから声が聞こえてくる。


 くっ! このままでは逃げ場がない。


 「ここはお任せください」


 ラヴェンドラはそう言うと、足を止め、両手を胸の前で結び、集中し始めた。


 そして


 「幻惑のアクアミラージュ


 ラヴェンドラがそう唱えた瞬間、彼女を中心に濃い霧が発生し、瞬く間に街中を覆っていった。


 「カガセ様。こちらへ!」


 俺はラヴェンドラに導かれるまま走りだした。


 「道はわかるのか」


 「この霧の中にあるものは建物も生物もすべて把握することができます。このまま行けば門から外に出られるはずです。ただ、これだけ大きな街をいつまでも霧で覆うことはできませんので、お急ぎください」


 「わかった。ラヴェンドラを信じるよ」


 周囲からは困惑の声と悲鳴がこだましている。


 ーー右も左もわからない薄白の世界を走り続けた。


 どのくらい走ったのか、気づけば霧は薄くなり、そこは既に街の外だった。


 いつの間にか門を抜けていたのか。


 「勝手なことをしてしまい申し訳ございません。霧の中で先ほどの兵士達が動き出したことを感じましたので、街の外まで来てしまいました」


 「いや、良い判断だったと思うよ。ありがとう」


 動き出したという兵士たちの中にはあの隊長もいたのだろう。


 「しかし、もはや街に戻ることはできないか…」


 「いつまでもここにいては街からの捜索者に見つかりかねない。残念だがここは迷いの森に戻ろう」


  ククルのことは気になるが、俺たちに現状できることはない。俺たちは後ろ髪を引かれる思いでその場を立ち去り、迷いの森まで帰還することとした。


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