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ヘカッテと夢の中の迷子ちゃん  作者: ねこじゃ・じぇねこ


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4/4

4.憧れの人はもっとも身近な場所にいます

 夢の中で走ると、不思議なくらい足が遅くなると思ったことはありませんか。

 ヘカッテも同じように感じながら走っていました。手を引かれる夢まくらの精霊──迷子ちゃんも、必死に追いかけてはいたのですが、それでも、モノ探しの怪物は恐ろしい速さで迫ってきたのです。

 追いつかれそうになる度に、ヘカッテは魔法で追い払いました。きっと夢の中だからでしょう。いつもよりも魔力はたくさんあって、何度でも光の魔法は使えたのです。

 しかし、だからといって、無限とはいきませんでした。夢は夢でも、やっぱりそこには何かしらの決まりごとがあったのです。とうとう、ヘカッテの魔力が尽きてしまう時はきてしまい、やっかいなことにモノ探しの怪物の追跡も終わらなかったのです。


 そんな状況にひとたびおちいれば、冷静さも失ってしまうのは当然でしょう。いつの間にかヘカッテたちは迷い始めていました。いつもならば庭のようで、初めてくる場所であっても何となくこっちに進めばいいという良い勘をヘカッテは持っていたのですが、そのセンスがさっぱり活かされなくなってしまったのです。そして、とうとう、ヘカッテたちは、行き止まりへと追い詰められてしまったのでした。


「た、大変。どうしよう!」


 ヘカッテは迷子ちゃんの手を握りしめて、振り返りました。しめしめ、と思ったのでしょう。モノ探しの怪物は、ヘカッテたちを見つめ、両手を構えました。ヘカッテは絶望してしまいました。魔力もなければ、逃げ道もない。このままでは、二人とも食べられてしまいます。


 さて、皆さん。これを読んでいる皆さんは、こういう悪夢を見たときは、どうなりますか。まさか夢の中で食べられて、死んでしまうなんてことはありませんよね。そうなってしまう前に、これは夢だとどこかで気づき、夢から覚めてしまうのではないでしょうか。この時、ヘカッテにもそういう事が起きかけておりました。これは夢だ。このまま目を覚ましてしまえば、自分は助かるのだと。


 そう、ヘカッテたちの世界でも、夢とはそういうものなのです。けれど、私たちの世界と違う点もありました。それが、夢まくらの精霊の存在でした。これが夢なのだと完全に気づいた後も、ヘカッテはまだ目を覚ますことなくピンチを迎えておりました。何故なら、迷子ちゃんにすがられていたからです。

 目を覚ませば、自分は助かる。

 では、夢まくらの精霊である迷子ちゃんはどうなるのだろう。

 その疑問がずっと頭に引っ掛かり続け、ヘカッテはこれが夢だと気づいた後になっても、目を覚ますことが出来なくなっていたのです。


 でも、だからと言って、どうすればいいのでしょう。いまに迫りくるモノ探しの怪物の姿を目にしたわずかな時の中で、ヘカッテは途方に暮れていました。そして、そんなヘカッテのふと脳裏に浮かんできたのが、いつも耳にするメンテの子守唄でした。馴染み深いその音色と共に蘇るのは、幼い頃の記憶です。


 ちょうど今一緒にいる迷子ちゃんのように自分自身が迷子になった時、ヘカッテもまた恐ろしい経験をしました。お家に帰る途中で、今のようにモノ探しの怪物に襲われてしまったのです。けれど、その時、一緒についていてくれた知らないお姉さんは、不思議な魔法でモノ探しの怪物をあっという間に追い払ってしまいました。

 そうです。その姿こそ、ヘカッテが憧れた魔女の姿だったのです。


 ──ああ、今あの人がここにいたら……。


 ヘカッテがそう思った時の事でした。

 メンテの子守唄と共に、とある言葉が頭の中に浮かんできたのです。


 ──憧れの人はもっとも身近な場所にいます。


 そう、それは、お手紙にあった言葉でした。近くにいる。その言葉にヘカッテは希望を抱きかけましたが、何処をどう見てもそれらしき人は見当たりません。

 せっかく湧いてきた希望の光が弱まりかけたその時、迷子ちゃんが震えながら身を寄せてきたことに気づきました。その体をぐっと引き寄せたその時、ヘカッテは再び、在りし日の自分のことを思い出しました。


 あの時、憧れの人はどうやって怪物を追い払ったのでしょう。幼いヘカッテにとって、それはいともたやすいことのように思えました。幼い自分には出来なくとも、きっと彼女が正義の味方だからやってのけたのだと信じてしまうほどに、あっけなく成し遂げたように思えたのです。

 けれど、本当にそうだったのでしょうか。ヘカッテはふと思い出しました。あの時の憧れの魔女だって、今思えば大人の女性ではなかったのです。その事を思い出した瞬間、ヘカッテは憧れの人がどこにいるのか気づきました。


「迷子ちゃん、目をぎゅっとつぶって」


 急いでそう呼びかけ、迷子ちゃんが言う通りに両手で目を覆ったちょうどその時、ヘカッテはモノ探しの怪物に向かって両手を向けました。


 魔力はもう尽きている?

 そうです。そのはずです。けれど、ここは現実の世界ではないのです。

 夢の世界は心の世界。ヘカッテの強い意志で、物事は大きく変わってしまうのです。


 ヘカッテの両手からは、激しい光が生まれました。その強すぎる光に相当驚いたのでしょう。モノ探しの怪物は悲鳴をあげ、どたばたと音を立てながら近くの壁にぶつかっていきました。がらがらと音を立てて結晶が壊れましたが、そんな事にはお構いなく、モノ探しの怪物は、一目散に逃げていきました。


 やがて、光が晴れると、そこにはもう危険となりうるものはなくなっておりました。モノ探しの怪物に壊された結晶がキラキラ輝いているだけです。ヘカッテは安全を十二分に確認すると、ふうと息を吐き、迷子ちゃんに声をかけました。


「もう大丈夫だよ」


 すると、迷子ちゃんは両手の間から周囲をうかがい、そしてホッとしたようにため息を吐きました。


 かくして、危険は去りました。けれど、問題はまだ解決しておりません。迷子ちゃんをお家に送り届けるまでが人助け──ならぬ、精霊助けだったからです。ヒントもないままさまよえば、また怪物に襲われるかもしれません。

 それでも、ヘカッテはもう怯えていません。その時はまた追い払ってやるぞという気持ちで満ちあふれていたのです。そんなヘカッテの姿に運命の女神さまもほほえみたくなったのでしょうか。この先ふたりが歩むべき道しるべは、すぐに現れました。


「あれ見て……」


 迷子ちゃんが指差したのは、モノ探しの怪物がついさっき壊していった結晶と、その陰に隠れていた新たな道でした。奥をのぞいてみると、その向こうには見慣れぬ色をした魔法石と、これまた不思議な色合いの空間が広がっておりました。そして、迷子ちゃんとともにその向こうをのぞいていると、遠くから声は聞こえてきたのです。


「いたら返事をして!」


 はっきりと聞こえたその声に、迷子ちゃんが思わず叫びました。


「お母さん!」


 すると、程なくしてヘカッテたちのもとへ温かな風が吹いてきました。風がやむとそこには迷子ちゃんと同じような姿をした大人の女性がおりました。半透明ながら美しく、優しい表情をしたその女性に、迷子ちゃんは抱き着いていきました。


「お母さん!」


 喜ぶその姿を見て、ヘカッテは心からホッとしました。


「よかったね、迷子ちゃん」


 ヘカッテが声をかけると、迷子ちゃんのお母さんはヘカッテに言いました。


「ありがとう、小さな魔女のお姉ちゃん。夢から覚めようと思えばできたでしょうに、この子を見捨てないでくれて、本当にありがとう」

「いいの。わたしがそうしたかったから」

「あなたが優しい人で本当によかった。夢まくらの精霊に出来る限りのお礼を約束いたしますわね。ここは夢の世界。現実で役に立つような、富も、財宝も、私たちはあなたに与えられません。けれど、これから先、夢の世界はあなたの味方となります。もしもここで迷ったら、その事を思い出してください。夢まくらの精霊が、あなたを導いてくれるはずです」


 迷子ちゃんのお母さんがそう言った瞬間、ヘカッテの視界は水に滲んだ絵具のように歪んでいきました。そして気づいた時には、そこはもうお家のベッドの中だったのです。目を覚まして辺りを見渡すと、心配そうにカロンが見つめていました。


「こんばんは、起きたようだね。うなされていたようで心配したよ」


 カロンの言葉に同意をしめすように、鳥かごの中のメンテもまた音を鳴らしました。そんなふたりを見つめ、ヘカッテは言いました。


「こんばんは、カロン、メンテ。なんだか妙な夢を見ていたみたいなの」

「そうかい。でも、夢を見ていただけで良かった」


 カロンにそう言われ、ヘカッテはうなずいてからベッドを下りました。そしてうんと背伸びをして、窓の外を眺めました。外はオレンジ色に染まっています。外の世界から夕日のきらめきが引っ張られてきているのです。

 あれは夢だった。ヘカッテはそう自分に言い聞かせ、さっそく着替えようとしました。そんな彼女の夜支度のお手伝いをしながら、カロンは足元からふと首を傾げ、ヘカッテに言いました。


「不思議だなぁ」

「どうしたの、カロン?」

「いやね、今日のヘカッテは、なぜだか昨日よりもずっとお姉さんに見えてね」


 彼の言葉にヘカッテもまた首をかしげました。

 けれど、その背後で、鳥かごの中よりメンテが子守唄を歌いました。その音色を聞いて、ヘカッテはふと夢の中でのことを思い出しました。そして、上機嫌に鼻歌なんかを歌って、髪にくしを入れながら言ったのでした。


「ちょっと色々あったの」

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