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むつはなのくに

作者:ながる
 耳を澄ましてごらん。

 しゃらん さらん

 あの音が聞こえるかい?
 北の北のさむぅい国で小人たちが働く音だよ。

 小さな小さな音だから、息をつめて静かにしないと聞こえないよ。

 とんとん ぱきん

 おやおや誰かの溜息も聞こえたね?
 心配かい? 大丈夫。ほら。

 さらん さらん

 こんな夜は音という音をあの雪が食べてしまうけど
 怖いことなんて無い。
 北の北に耳を澄ませば、この雪をせっせと作る小人たちの音が聞こえるからね。
 あれは小人たちが頑張ってる音だよ。
 手も指も真っ赤にしながら、自分の技術を磨いてるんだ。
 何の技術かって?
 もちろん、雪を作る技術さ!

 簡単そうかい? 見せてやろう。
 確かこの辺に……あったあった!
 さあ、おいで。
 ちょっとだけ寒いのはがまんだぞ?

 父さんはそう言って、もっさもっさと降る雪の中、大きく窓を開けた。


 *   *   *   *   *
   *   *   *   *


 スーは慎重に慎重にノミを当てた。
 もう少し。あと少し。
 きれいな結晶を作るのは神経を使う。

 とんとん とんとん

 細い枝のような部分を左右均等に掘り進めていく。
 削れた氷はさらんさらんと音を立てて足元にたまって、いつだって手だけじゃなく足も『ひえひえ』だ。

 結晶は小さくて繊細だから家の中ではすぐに融けてしまう。
 外で作業していたって、手が少しでも温かいと触ったとこから融けだしてしまう。
 だから小人たちの手はいつも『ひえひえ』で指先は真っ赤に色づいている。

 せめて色だけでも暖かくと橙色の三角帽子を耳まで隠すようにぎゅぎゅっと被り直して、スーは一度伸びをした。
 さあて、と気合を入れて次の枝にノミを当てて……

 ととん ぽきん

 ……力加減をまちがえた。

 はああ、と溜息がこぼれだす。
 6本枝の残り1本、きれいな六花(むつはな)にするには1番気を使うところ。
 対称にならなくて不恰好になった結晶も無駄になるわけじゃない。みんなみんな雲のそりで運ばれていく。針状や崩れたものはみぞれに。そこそこなものはいくつかまとめてぼたん雪に。
 そして。
 きれいに美しくできあがった結晶はさらっさらの粉雪に。

 どれも必要なものだから、いいも悪いもないのだけれど、年に1度の品評会で1等を取れたならば、ガラスのケースに入れられて空のお城に永遠に飾られる。
 きれいに作ることはもちろん、誰も作ったことの無いような形を彫り出すのだって大切だ。飾られた結晶はみんなが作る見本になるのだから。
 だからみんなは短い夏の間にいっしょうけんめい図案を作る。結晶を作れない季節だってずっと結晶のことを考えてるんだ。

 スーはなんとか気を取り直して仕上げにかかる。1ヶ所は崩れてしまったけれど、だからってそこでやめたりしない。
 できあがった結晶を見て、思わず口をへの字に曲げた。
 あの1ヶ所以外は完璧だったのに!
 もうひとつためいきをつきながら、スーはその結晶をぼたん雪用の箱に入れた。
 スー専用の箱はぼたん雪用の結晶がいっちばん多くて、今にもあふれそう。
 きっともうすぐ回収のトナカイさんが巡回に来てくれるはずだけど。

 トナカイさんを待ちながらスーは腕組みをして考える。
 きれいな6本角の樹枝六花(じゅしろっか)を彫り上げた時のことだ。
 むちゅうでむちゅうで真剣に彫っていたのだと思うのだけれど、おんなじように真剣に頑張ってもいつもどこかでヘマをする。
 もっともっと彫って彫って、集中しなくちゃいけないんだ。
 真っ赤なほっぺをぷっとふくらませて、スーは自分に気合を入れた。

 去年品評会で1等を取ったのは、森向こうに住むノゥ。
 その繊細な細工に、スーは思わず息をするのも忘れて見入ったものだ。あんな結晶を自分も彫りあげたい! いてもたってもいられなくなって、それから毎日練習に練習を重ねている。のに。
 基本の六角形は問題無い。枝の先が広がった扇六花(おうぎろっか)も綺麗に彫れるようになった。でも、細い枝を広げたような樹枝六花(じゅしろっか)羊歯六花(しだろっか)になるとまだまだ難しい。

 シャンシャンと来訪を告げる鈴の音が聞こえてきて、そりをひくトナカイさんがやってきた。

「こんにちはこんにちは。結晶はできてますか? 出来た分だけ乗せて下さい!」

 そりの上には結晶の入った箱がたくさん積まれている。スーは自分の分の箱もていねいに積み上げて、ふと隣の箱に釘付けになった。そこにはひときわキラキラと複雑で美しい結晶が!

「ト、トナカイさんトナカイさん、うちの前に回収したの、もしかしてノゥのところですか!?」

 別に積んである空の箱を手に取って、スーは挨拶も忘れてトナカイさんに詰め寄った。

「そうですそうです。ノゥさんの作品はすばらしいですね! 私、今年からこの仕事に就いたのですが、さっそくあの(・・)ノゥさんの作品を拝めるとは思いませんでした!」

 トナカイさんは鼻息も荒く、興奮気味に前脚で地面をかいている。

 冬が始まろうとするこの季節は、これから降らせる雪の結晶をどんどん集めなくちゃいけなくて、トナカイさん達は大いそがし。
 空のお城の広いお庭にみんなの結晶を集めたら、みぞれの雲、ぼたん雪の雲、粉雪の雲に選り分けて、せっせこせっせこ積み込みこんでいく。
 いっぱいになったら、さあ、出発!
 雲のそりは結晶を降らせながら北から南へと駆けて行くんだ。

 コンテストは年の終わりが提出期限。審査と発表は新しい年の最初の日。だから、年内に降らせる雪はみぞれやぼたん雪が多くなる。みんなコンテストのために頑張って、失敗作が多くなるというわけ。
 そんな中でもノゥの彫りあげる結晶はどれも綺麗に出来ていて、間違いなく粉雪になって山や森や街に降るのだろう。
 スーはその綺麗な結晶を瞬きもせず目に焼き付けてから、トナカイさんを見送った。



 あっという間に時は過ぎ、もうすぐ今年も終わろうという頃、すっかり顔なじみになったトナカイさんが浮かない顔でやってきた。

「こんにちはこんにちは」
「トナカイさん、こんにちは。どうされました? 具合でも悪いのですか?」

 スーはいつものように結晶の入った箱をそりに積みながら心配そうに声を掛けた。
 トナカイさんはゆっくりと首を振り、自分の()いているそりを振り返る。

「いいえいいえ。今回ノゥさんの箱がないでしょう?」

 言われてスーはきれいな結晶が詰まったノゥの箱を探してみたが、確かに見当たらない。

「何でもコンテスト用の結晶の図案を失くしてしまったらしいのです。それを探していたから今日の分は無いのだとおっしゃって……」

 それは一大事!
 大事な大事な図案を失くしてしまっただなんて! いたずら者の風の精にでも吹き飛ばされてしまったんだろうか?
 スーは自分の事のように胸がドキドキしてきて、思わずそこを両手でぎゅっと握り込んだ。

「ぼくも、どこかに落ちてないか気を付けて見てみるよ」

 普通、図案には自分の(サイン)を入れる。誰かが拾っていればすぐに分かるはずだった。
 けれど、次の日も次の次の日もトナカイさんはうなだれてるし、図案が見つかったという話も聞かない。スーはコンテスト用の結晶を彫りあげて、空のお城に提出したらノゥのところに行ってみようと決心した。

 樹枝付角板(じゅしつきかくばん)の枝の先にさらに扇形をつけた結晶を、慎重にていねいに彫っていく。夏の間に考えた図案をきちんと形にしたくて、でも早くノゥにも会いたくて。
 不思議なことにその結晶を彫っている時は、周りの音も景色もちっともスーに届かなかった。
 だから、離れたところでじっと見る人影がいたことにも、スーはちっとも気が付かなかった。

 なんとか出来上がったのは締切り3日前。緊張しながら結晶を係の人に手渡して、スーはその足で森向こうまで行ってみた。
 森を抜けるとすぐに小ぢんまりとしたバンガローのような家が見え、その横で白い帽子を被った小人が作業していた。会ったことなどなかったけれど、すぐにそれがノゥだと分かる。
 ゆっくり近づいて、ノゥが手を休めるまでその手元を見ながらじっと待つ。邪魔したくはなかったのだ。
 彫りかけの結晶から少し手が離れた瞬間を見計らって、スーは挨拶した。

「こ、こんにちは! ぼくはスーと言います。あの、あの、ノゥさん、ですか?」

 ノゥは肩をぴょんと飛び上がらせて、きらきら透き通ったアイスブルーの瞳を大きく見開いた。

「あ、ごめんなさい。作業を邪魔するつもりはなくて……」

 慌てるスーにノゥはにっこり微笑んだ。

「うん。大丈夫。手を離すまで待っててくれたんでしょ? スーっていうと、この森の先のスー?」
「あ、そう。初めまして。トナカイさんがノゥさんの話を聞かせてくれるから、会ってみたくなっちゃって……」
「ノゥでいいよ。あのトナカイさん、面白いよね。ちょっとあわてんぼうだけど。良く来てくれたね。お茶でも淹れようか」
「えっと、邪魔じゃない?」

 図案を探したりして忙しいのだと思っていたスーは、心配になってそう聞いた。

「全然! お客さんなんて久しぶり!」

 にこにこと愛想のいいノゥはそのまま小さな家にスーを招待してくれた。
 家の中はぽっかぽかで、ひえひえになった指先やほっぺたがちょっと痒くなるくらいだった。
 はいどうぞと赤い色のお茶を淹れてくれて、ノゥは向かいに腰掛ける。

「図案、失くしたって聞いたんだけど……見つかった?」

 ちょっときょとんとしたノゥはすぐにえへへと照れくさそうに笑った。

「や。恥ずかしいな。そうか、心配して来てくれたんだ。忽然と消えちゃってね。っていうか、割としょっちゅうなんだよね」

 全然深刻そうじゃない様子にスーは拍子抜けしてしまう。

「コンテストは間に合いそうなの?」
「うん。ぎりぎりだけどね。実は図案はあんまり見ないんだ。彫ってるうちに変わっちゃうから」
「え!? そうなの!?」
「うん……だから、既定のものを作るのはずっと得意じゃなくて。去年コンテストで1等取っちゃったもんだから、なんか有名になっちゃったみたいだけど、彫るのは遅いし基本の六角とか苦手だったり……」

 意外な告白にスーはしばらく声が出なかった。

「……がっかりされちゃったかな」
「えっ、あ、違うよ! 意外過ぎてびっくりしたんだ。あんなに綺麗な結晶を作るんだから、基本なんてちょちょいのちょいだろうって思ってたし」
「そうでもないんだよねぇ」

 へにゃりと笑ったノゥを、スーは想像の中よりももっと好きになる予感がした。

「だから、図案はもういいんだ。ありがとう」

 ポットのお茶が無くなって、お日様が傾きかけるころになると2人はすっかり仲良しになっていた。また会おうねと約束してスーは森を抜ける。足取りも軽く、ふわふわした気分で家まで辿り着いて、いい気分のまま眠りについた。



 どんどん どどん どん どどん

 誰かが重苦しくドアを叩いている。

 どんどん どどん どどん どどん

 え? うち?! と、スーは飛び起きた。
 こんな朝早くから、いったい誰が……
 慌ててドアを開けると、そこには厳しい顔をした空のお城の審査員さん達がずらりと並んでいた。
 ごくりと喉が鳴る。

「お、おはよう、ございます?」
「おはよう、スー。ちょっと、話が聞きたいんだが」

 眼鏡をかけて白いひげを蓄えた、1番偉そうな審査員さんが重々しい声でそう言った。
 スーはどきどきしながら皆を家に上げる。小さな家は誰も座れないほどぎゅうぎゅうになった。

「えぇっと……」

 動けないスーが戸惑いの声を上げると、しろひげの審査員さんは青い帽子の審査員さんから何かくしゃくしゃの紙を受け取ると、スーの前に広げて見せた。

「先日、君が提出した結晶、あれは君がデザインしたものかね?」
「はい。もちろん」

 夏の間に頑張って考えたのだ。何故そんなことを聞かれるのか、スーにはさっぱり分からない。でも、返事をした後、差し出されたくしゃくしゃの紙を覗き込んで、スーは心臓が止まるかと思った。
 そこに描かれていたのは、自分が彫った結晶とそっくりな図案。
 樹枝付角板(じゅしつきかくばん)の枝の先にさらに扇形をつけた、その形。
 何故これがとサインを確認するけど、いつもの場所には何もない。焦りながら紙の皺を伸ばし、目を皿のようにしてサインを探す。ようやく見つけられたサインはスーのものではなくて……

「…………ノゥ」

 呆然とくしゃくしゃの図案を手にしたまま、スーはまばたきすら忘れたようだった。
 あぁ、でも。
 今度は弾かれたように審査員さん達をかき分けて、スーは戸棚まで行き着き、1枚の紙を探し当てる。
 その紙を高く掲げてスーは振り返った。

「ぼ、ぼくのはちゃんとここに!」

 しろひげの審査員さんは大きく頷いた。
 近くにいた審査員さんがその紙を手に取り眺めては隣の審査員さんに渡し、手に手を渡ってしろひげの審査員さんにまで届く。
 しろひげの審査員さんは2つを並べてじっくりと見比べると、小さく溜息をついた。

「確かに似ているが違う所もある」

 スーはほっとして肩の力を抜きかけた。

「じゃが、見本にしてないとは言い切れない」
「そんな!」

 それは確かに夏に描いたものだが、それを証明するものは何もない。日付すらも入れていないのだから。

「確かに、確かにぼくが考えて……!」
「そうかもしれんが、スー、悪いが今回は君のあれは審査出来ん。ノゥの図案がなくなったことは皆、知ってたからの。疑いのあるものは一緒に審査するわけにはいかんのじゃ。結晶は良く出来ていた。頑張ったのも解る。今年間に合わなければ来年、また待っておるから」

 多少の憐れみを目に、ぎゅうぎゅうだった家からひとり、ふたり、と審査員さんは出て行った。最後にしろひげの審査員さんがスーの肩にぽんと手を置いて、申し訳なさそうに図案を返してくれた。

 誰も居なくなった家の中で、スーは目を見開いたままぼろぼろと涙をこぼした。
 似たような作品が出されることはある。偶然もあるし、歴代の1等を見本にしたものも多いから。
 ノゥの図案と似ていたのは嬉しかった。ノゥと肩を並べられたような気がして。
 でも今年はあの形に似たものは全て審査から外されるのだろう。だって、去年1等を取ったノゥの図案だ。誰でも彫ってみたいと思うに違いない。

 審査員さんの言うことも解るけど、それでもスーは哀しかった。自分で考えた自分の物が、そう扱ってもらえないことに。
 自分の中では1番の出来だったから、堂々とノゥと競いたかった。
 ごしごしと涙を拭いて、スーは椅子に座り込んだ。もう今日はなんにも出来そうにない。朝食を食べるのもおっくうで、スーはそのままテーブルに突っ伏した。



「スー!」
「スーさん!」

 どのくらいそうしていたのか、眠っていたのか、スーを呼びながら家になだれ込んできた2人にスーは驚いて顔を上げた。
 息を弾ませて飛びこんできたのはノゥとトナカイさん。
 ノゥはスーの腕をむんずと掴むと、ぐいぐいと引っ張った。

「ほら、行くよ!」
「え? ど、どこに?」

 なんだか訳がわからないままトナカイさんに乗せられて、どこかへと駆けて行く。

「トナカイさんが教えてくれたんだ。スーが図案を盗ったんじゃないかって疑われてるって! 盗んだ人が心配して訪ねてくれるわけないじゃないか!」
「トナカイさんが?」
「そうですそうです。結晶を集めて回ってたら、そういう噂があちこちで囁かれてて。私もスーさんがそんなことするなんて思えません!」

 鼻息も荒く、4本足はさらに力強く地を蹴った。

「図案はアイが見つけてくれたんだって。届けてくれた審査員さんはそれ以外何も言わなかったから、これから直接お城まで行ってどういうことか聞かせてもらうんだ!」

 ノゥは昨日会ったばかりのスーのために怒ってくれているみたいだ。スーはまた涙が出そう。今度はうれし涙が。
 アイとは話したことはないけれど、基本の六角形のを作るのがすごく上手いと聞いたことがある。ノゥの家を挟んで森と反対側の湖の近くに住んでいるはずだ。

 お城に乗り込んだノゥの勢いに押されて、再び集まった審査員さん達は困惑顔。

「スーが盗んだなんて誰も言ってない」

 長い眉毛で目が隠れちゃってる審査員さんが言う。

「アイからはノゥの図案を拾ったと、その後に『そういえばスーが似たような結晶を彫ってたみたい』って教えてくれた」

 背が低くてぽっちゃり体型の審査員さんが言う。

「今のところ同じような結晶は提出されてない」

 青い帽子の審査員さんは眼鏡を押し上げながら言う。

「昨日まで、スーはうちに来たこともありませんでした。図案の事もトナカイさんに聞いて知ったのだと」

 普段、城の内部にまで入ることのないトナカイさんはちょっとそわそわしながら、そうだそうだと頷いている。

「ぼくはスーが自分で描いた図案で作品を作ったと信じてるし、ぼくの作る結晶はあの図案を見て作っても違う物が出来上がる。だから、スーのを失格にするなんてしないで下さい。図案を失くしちゃったのはぼくの責任なんですし」

 審査員さん達はぐるりと頭を寄せ合って、ああでもない、こうでもないと相談しきり。
 そこに結晶を提出に来た若者がひとり。白と赤のチェック柄のお洒落な三角帽子を被ってて、なんの騒ぎかと首を傾げながら寄ってきた。

「すいません。結晶の提出に来たんですが」

 青い帽子の審査員さんが慌てて名簿を取りに走っていった。

「何かあったのですか? ……あ」

 チェック帽の若者はスーとノゥを見て指をさした。

「君も何か聞いた? ね、誰に何を聞いたの?」

 ノゥは両手を腰に当てて若者に尋ねる。

「何って……」

 みんなの視線を受けて若者は口ごもった。それから肩を竦めて早口で語る。

「スーはノゥの図案を盗み見て結晶を彫ったって。きっと失格になるって……アイが(・・・)

 審査員さん達が顔を見合わせる。

「誰もそんなことは言っておらん。そんな話を勝手に広めるのはやめてもらわねば」

 白いひげの審査員さんが小さく溜息を吐くと、ノゥはくるりと(きびす)を返した。

「ぼくが言ってくる。ぼくが気にしてないんだから、そんなことは言わないでって」
「ノゥはアイを知ってるの?」
「去年1等を取ってから、時々結晶を作ってるところを見に来るよ。すごいねって褒めてくれるんだ」

 スーは思い出した。去年自分と同じようにアイが1等を取った結晶を食い入るように眺めていたのを。

「ぼくも行くよ。何でそう思ったのか聞いてみたい」
「いきましょういきましょう。さあ、乗って!」

 トナカイさんの好意に甘えて、ノゥとスーはもう1度トナカイさんに跨った。びゅんびゅん走って、あっという間にノゥの家まで帰り着く。そこには収集途中の結晶が乗ったそりがぽつんと置いてあった。

「トナカイさん! 仕事の途中!?」

 スーが叫ぶと、トナカイさんは照れくさそうにそっぽを向いた。

「ここまででいいよ。湖はすぐそこだし、ちゃんとお仕事して下さい!」

 スーに怒られ、トナカイさんは渋々とそりを繋ぐ。

「ついでですから、アイさんの結晶もあれば積んでいっていいですかね?」

 それならまあ、仕事のうちかとスーとノゥは今度はそりに乗り込んだ。

 アイの家は小さな湖を回り込んで向こう側にあった。そりから降りてドアをノックするけど、返事はない。呼びかけてみても、返事はない。スーとノゥはまだ帰ってきていないのかもと顔を見合わせる。

「アイさん!!」

 突然のトナカイさんの大きな声にふたりは同時に振り向いた。
 視線の先、湖の向こう側にはアイの姿が。おぉい、と手を振るとアイははじけるように駆け出した。
 きょとんとする2人より先にトナカイさんがアイを追いかける。

「待ってください! アイさん!」
「あ! トナカイさん! 湖の上は……!」

 ノゥが止めたけど、もうトナカイさんは走り出してて聞いちゃいない。
 氷ってるように見える湖だけど、その厚さはまだまだ薄いから、湖の真ん中まで行く前に氷は割れて、トナカイさんはどぼん。そりに積んだ結晶ごと、みごとに沈んでいった。



 心配して様子を見に来てくれた審査員さん2人にアイは連れられ戻ってきた。
 みんなで力を合わせてトナカイさんを引っぱり上げ、やれやれと一息つく。
 集められた結晶は水の中ですべて溶けてしまっていた

「ありがとうございますありがとうございます。あぁ、どうしましょう……」

 トナカイさんは真っ青。
 新たな災難に審査員さん達も顔を見合わせている。

「とりあえず、アイ、ありもしないことを広めるのは何故ですか」

 糸目の審査員さんが静かにアイに尋ねた。

「あ、ありもしないことではありません。ぼくはノゥの図案と同じものをスーが彫っているのをこの目で見たんだ」
「図案は偶然似ることもあるよ。盗んだとか、盗み見たとか言う必要はないよ」

 ノゥの言葉に、アイはびっくりしたように顔を上げた。

「でも、去年まではそんなにすごい結晶彫れてなかったじゃないか。それが、急に……」
「スーさんはずっと頑張ってましたよ。図案も一生懸命考えて、いくつも基本を彫って努力なさってました」

 回収の折に見てたのだろう、トナカイさんがそう言ってくれた。
 スーはなんだかちょっと照れくさい。

「なんで、なんでスーの肩を持つんだ! ぼくは、ぼくだってあんな結晶を彫りたいって思って……図案を拾って、何気なく彫ってみて……全然上手く出来なくて……きっとスーだって同じだろうって思ってたのに、そっくりな結晶を彫りあげて……! 最初から盗み見て練習してたって、思うじゃないか! それならいっそ失格になってしまえって……」

 アイは力なくうなだれた。

「…………ごめんなさい」
「後でわしらと皆に訂正しに行こう。わしらも少し思慮(しりょ)が足らなんだ」

 眉毛で目が隠れてしまっている審査員さんはアイの肩をぽんぽんと叩いた。

「さて、問題はもうひとつ……」

 全員がトナカイさんを見た。トナカイさんは恐縮して首を縮こめる。

「無くなってしまったものは戻って来んからな。協力を募って、できるだけ作るしかあるまい。もちろん、わしらも」

 毎日せっせと作られる結晶はたまに不幸な事故で溶けちゃったりする。今回みたいに収集途中で溶けちゃうと、降らせる雪が大幅に少なくなって、困る地域も出てくるのだ。
 完璧に元にとはいかなくても、ある程度補充しなくちゃならない。

「基本の六角形なら、早く作れるんじゃない?」

 スーは思い付いて皆を見渡した。自分もずいぶん練習したので協力できると思ったのと、アイは基本の六角形が得意だと思い出したから。

「アイの作る六角形は速くてきれいだって、ぼく、聞いたよ? 一緒に作ろう?」

 スーがにっこり笑うと、アイはぽろりと一粒こぼれた涙を拭きながら、こっくりと頷いた。

 噂通り、スーが1つ作るうちにアイは綺麗な六角形を2つ作る。試しにとノゥも作っていたが、スーの倍の時間がかかって、ちょっといびつな六角形が出来ていた。
 それを見てアイは目を真ん丸にして、誰でも苦手ってあるもんだな、って呟いた。
 ノゥは照れくさそうに笑うだけ。
 日が傾くまで作業したら、みんなで箱1つ分くらいにはなった。
 審査員さんは手の空いていそうな人にも頼むと別れ、ノゥはコンテストに出す作品を仕上げると帰っていった。トナカイさんはその一箱を笑っちゃうくらい慎重に運んでいき、スーはぐうぐうなるお腹を黙らせるのに家路についた。

 六角形ばかり作っているうちに年が明け、いよいよコンテストの当日。スーはノゥとアイとトナカイさんと発表を待っていた。
 誰が1等だったと思う?
 キラキラとガラスケースに入れられて、みんなにお披露目されたのは……

 樹枝六花(じゅしろっか)を角度をずらして2枚重ねたような、みごとな十二花(じゅうにか)
 もちろんノゥの作品だ。
 ホントに全然図案通りじゃない! スーたちは呆れて、それからみんなで笑い合った。来年は、負けないぞって。
 金粉入りのお酒で新年とノゥの1等を祝って、スーたちはグラスを合わせる。

「乾杯!」

 さあ、1年の始まりだ!


 *   *   *   *   *
   *   *   *   *


 父さんの手には黒い画用紙。
 窓から差し出された画用紙に、雪の粒が乗って崩れた。

 息を止めて。これで見てごらん。

 虫眼鏡を受け取って大きく息を吸い込む。
 レンズの向こうには、小さな芸術がくっつきあってひしめいていた。

 な? すごいだろ?

 父さんが作ったわけじゃないのに、なぜだか得意気だ。
 でも、確かにすごい。
 こんな小っちゃいのに色んな形があるんだもの。
 きれいな六角形。
 3本の枝が交差したようなの。
 六角形から角が伸びてるみたいなの。
 針みたいなの。
 枝の数がいっぱいなの……
 思わずほぅってためいきついたら、あっという間に全部飛んじゃった。

 父さんが笑ってる。
 それから、僕の頭をがしがし撫でて
 もう怖いことなんてないだろう? ってウィンクした。

 もう一度きれいな形が見たくて画用紙を空に差し出したけど
 急にドアが開いて母さんが顔を出した。

 何やってるの! って鬼のような形相で怒ってる。
 僕は慌ててベッドに入り、ふとんを頭までしっかりと被った。

 熱がぶりかえしたらどうするの! せっかく下がったとこなのに!

 僕の代わりに父さんが怒られてる。
 窓はぴったり閉められて、カーテンもひかれてしまった。

 おやすみって声に目だけ出してもごもごと返事をする。
 ドアが閉められたら、僕は目を瞑って、息も潜めて、耳を澄ました。
 静かな部屋から北の北へ――

 さらん さらん しゃらん

 ととん さらん さらん…… 



 * おしまい *
お読み頂きありがとうございました。

この作品は「冬の童話祭2018」に参加しています。

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