第5羽:薬草採取クエストと、上空の目
ギルドホールに静寂と、少しばかりの気まずい臭いが立ち込める中――俺の手元には、完成したばかりの銅色の『ギルドプレート』が提示されていた。
「は、ハヤト様……! こちらがギルドプレート(Fランク)になります! 紛失された場合は再発行に銀貨5枚がかかりますのでご注意ください!」
受付嬢のミレーナさんは、まだ足腰をガタガタと震わせながらも、引きつった営業スマイルでプレートを渡してくれた。
「ありがとうございます、ミレーナさん。で、Fランクが受けられる依頼はあの掲示板にあるやつですか?」 「は、はいっ! 壁に貼ってある緑色の依頼票がFランク用になります! 薬草採取や街の清掃など、戦闘を伴わない簡単なものばかりですので……!」
ミレーナさんの視線がチラチラと俺の肩に乗るハヤテへと注がれる。 無理もない。先ほどコンマ数秒解放された神獣の気配によって、ホールにいた冒険者の三分の一が泡を吹き、絡んできたBランク冒険者のバロンに至っては股間を濡らしたまま仲間二人に抱えられて逃げるように去っていったのだから。
「じゃあ、さっそく薬草採取の依頼を受けてきますね」 「い、いってらっしゃいませ……! どうぞお気をつけて……!」
ミレーナさんに深々と頭を下げられ、俺は掲示板へと向かった。 周りの冒険者たちが、まるで割れ物に触れるかのようにサッと左右に割れて道をあける。
『ご主人様、あの人間たち、みんなアンタを恐ろしいバケモノを見るような目で見ているわね』 「(お前が威圧を放ったからだろ! まったく……目立たないようにしようと思ってたのに一瞬で有名人だぞ)」 『ふん、神獣を侮辱した報いよ。次になめた口を叩いたら本当に頭を叩き割ってやるんだから』
相変わらず強気な相棒に苦笑しつつ、掲示板から『ホイミ草の採取(10株以上で銅貨30枚)』と書かれた依頼票を剥ぎ取った。
◇
街を出て数キロ。ベイルの城壁が遠くに見える「始まりの平原」へとやってきた。
青々とした草が広がり、心地よい風が吹き抜ける。遠くの茂みには、スライムや小さな野うさぎのような魔獣が見え隠れしているが、こちらを襲ってくる気配はない。
「さて、ホイミ草か。ミレーナさんの説明によると、葉の先が少し赤みがかった星型の草らしいが……」
俺が地面に屈み込んで草むらを探そうとすると、肩の上のハヤテが「呆れた」と言わんばかりに溜息をついた。
『ハぁ……ご主人様。アンタ、地面に這いつくばって一株ずつ探すつもり? 正気?』 「正気も何も、地道に探すのが採取クエストだろ?」 『バカねぇ! 鷹匠の相棒(私)が上空にいるのよ!? 何のために私が一緒に異世界に来たと思ってるの!』
ハヤテはそう言うと、力強く羽ばたいて一気に空へと舞い上がった。
『ご主人様、『猛禽の絆』を発動しなさい! 上空から一網打尽にしてあげるわ!』 「なるほど……それがあったか!」
俺は立ち上がり、スキルを発動させた。
視界が二つにクリアに切り替わる。 地上で佇む俺自身の目線と――上空百メートルから見下ろす、ハヤテの超広角・高解像度の『猛禽視』!
(うわ……やっぱり何度見てもすげえ景色だ……!)
ハヤテの目を通して見ると、平原の草木の一本一本、葉の形状や色の微細な違いまでが、まるで拡大鏡で覗いたかのように鮮明に識別できる。
『ご主人様、拡大するわよ! 葉の先が赤い星型の草……これね!』
ハヤテの視界が、ぐっと地表の一点へとフォーカスされた。 背の高い雑草の陰に、ひっそりと群生している小さな赤い星型の葉。ホイミ草だ!
『あっちの岩陰に5株! あの大きな木の根元に10株以上! あ、街道沿いの窪地には、なんだか凄く光ってる珍しい草の群生もあるわよ!』 「光ってる草……? 待てハヤテ、ズームしてみろ」
ハヤテの視界を固定させ、光る草をじっくりと観察する。 七色に微かに発光する、葉がギザギザとした不思議な植物。ギルドの図鑑で見た記憶がある。
(あれは……FランクじゃなくてBランク以上の冒険者が深層ダンジョンで探す超希少薬草『七彩の霊薬草』じゃないか!? なんでこんな平原の窪地に生えてるんだ!?)
普通なら見落とすような岩の隙間や、草むらの奥深くに生えているため、地上の人間には絶対に発見できないのだろう。だが、空からの『神の視点』を持つ俺たちには、隠れ場所など一切存在しない。
「ハヤテ、すごいぞ! ホイミ草どころか、激レア薬草まで丸見えだ!」 『ふふん! 当然でしょ! 人間が地を這って探すものなんて、空から見れば全部お見通しなのよ! ほら、さっさと回収するわよ!』
そこからの採取作業は、まさに作業(無双)だった。
「ハヤテ、次は1時の方角、五十メートル先の茂みだ!」 『了解! マッピング完了! 次は右奥の倒木の下へ誘導するわ!』
ハヤテが上空から誘導し、俺が地上で迷わず一直線に歩いて採取する。 本来なら新人冒険者が半日かけて草むらをかき分け、虫や怪我と戦いながら10株集めるのが限界のクエスト。
それを俺たちは――わずか「15分」で、麻袋いっぱいのホイミ草(約100株)と、ついでに発見した『七彩の霊薬草』数株を回収してしまった。
「……集まりすぎたな」 『当然よ。ご褒美の肉、期待してるわね!』
◇
採取を終え、ギルドへ戻ってきたのは、街を出てからまだ1時間も経っていない時間帯だった。
夕方前ということもあり、ギルドホールはまだガラガラだ。受付カウンターでは、ミレーナさんが書類の整理をしていた。
「ミレーナさん、依頼の品を持ってきました」
「え……? あ、ハヤト様!?」 ミレーナさんは驚いたように目を丸くした。
「ど、どうされたのですか? 何か忘れ物でも……? それに、ホイミ草の採取場所が分からなかったのでしょうか? 平原は広いので、最初は見つけるのが難しいですよね……」 「いえ、採取が終わったので納品に来たんです」
ドサッ。
俺は抱えていたズッシリと重い麻袋を、カウンターの上に置いた。
「え……?」 ミレーナさんは固まった。おそるおそる麻袋の口を開け、中を覗き込む。
そこには、傷一つない新鮮でみずみずしいホイミ草が、溢れんばかりに詰め込まれていた。ざっと見ても100株以上はある。しかも、一番奥には七色に光る怪しい植物まで混ざっている。
「ひ……ひえぇぇぇぇっ!??!? な、なに異世界ですかコレ!?!?」
ミレーナさんがひっくり返りそうな悲鳴を上げた。
「ホ、ホイミ草が100株以上……!? しかも全部、採取の仕方が完璧で根っこまで傷ついていません! 普通は根をちぎっちゃうのに……! ていうか、街を出てからまだ1時間も経っていませんよね!? どうやってこんな大量のホイミ草を見つけたんですか!?」
「ああ、俺のスキルの『猛禽の絆』で、相棒のハヤテに上空から探してもらったんです。上から見れば、どこに何が生えてるか一目瞭然ですから」
俺が爽やかに答えると、ミレーナさんは口をパクパクとさせて腕木のハヤテを見た。
ハヤテは胸の羽をドヤ顔で張り、フンと鼻を鳴らしている。
「た……鷹に上空から探させる……!? そんなの、広大な平原を一瞬でマッピングするようなものじゃないですか!? 探知魔法の専門家だってそんな芸当できませんよ!?」 「あ、それと袋の奥に入ってる七色に光る草なんですけど、ついでに生えてたので摘んできました。これって買い取ってもらえますか?」
ミレーナさんが恐る恐る奥の草を取り出し――その瞬間、彼女の目が飛び出さんばかりに見開いた。
「せ……『七彩の霊薬草』ぁぁぁぁぁぁっ!?!? ランクAの特級薬草ですよコレ!!?? なんで平原の採取クエストでこんな国宝級の薬草が生えてるんですか!? というか、なんで見つけられるんですか!!??」
「いや、岩の隙間にひっそり生えてたのをハヤテが見つけてくれて……」
「見つけられるわけがないでしょう普通はぁぁぁっ!!」
ミレーナさんの絶叫がギルドホールに響き渡る。 他の職員や、たまたま居合わせた数人の冒険者たちが「なにごとだ!?」と集まってきた。
「ミレーナ、どうした!? 襲撃か!?」 「ち、違いますギルド主任! このFランクのハヤト様が……たった1時間でホイミ草100株と、Aランク薬草の『七彩の霊薬草』を納品してきたんです!!」
集まってきた人々が、麻袋の中身を見て一線に息をのんだ。
「な……『七彩の霊薬草』だと!? ダンジョンの30層以下でしか採れないはずの超希少種だぞ!?」 「それをたった1時間で……!? どんな探知スキルを使ったらそんな芸当ができるんだ!?」 「おい……あの肩に乗ってる鷹……さっきバロンを失禁させたあの鳥か……!?」
ざわめくギルドホール。 ミレーナさんは青ざめた顔で計算を行い、震える手で金貨と銀貨の詰まった革袋を差し出してきた。
「ホ、ホイミ草の大量納品ボーナスと……『七彩の霊薬草』の買い取り代金合わせて……金貨3枚と銀貨50枚になります……!!」
「えっ、そんなに!?」
金貨1枚で普通の人間が1ヶ月遊んで暮らせる価値がある。一回の薬草採取で、俺は破格の大金を手に指定しまったのだ。
ピコン♪
脳内に心地よい効果音が響く。
【クエスト達成】 ・『ホイミ草の採取』を達成しました! ・クロハ・ハヤトのレベルが 3 から 5 に上がりました。 ・ハヤテのレベルが 3 から 5 に上がりました。 ・ギルド貢献度が大幅に上昇! Eランクへの昇格権利を獲得しました!
「おお、一気にレベル5になったぞ! ランクも上がるみたいだ!」
『ご主人様! 金貨よ金貨! これで街の美味しいお肉が食べ放題じゃない!』 ハヤテが俺の肩の上で大興奮してパタパタと踊り出す。
「よし! 今夜はベイルで一番高い肉料理屋に行くか!」 『やったー! バカご主人様最高!』
大金を手に入れ、大喜びでギルドを後にしようとする俺とハヤテ。 だが、その背中を、ギルドの奥から出てきた強面の初老の男――ギルド長が、鋭い眼光で見つめていた。
「クロハ・ハヤト……非戦闘職の『鷹匠』か。ただの鷹……ね。面白ぇ奴が入ってきたもんだ」
鷹匠と神獣の規格外の能力は、こうして迷宮都市ベイルに最初の衝撃を与えたのだった。




