第6羽:美味しいご褒美と、忍び寄る罠
「金貨3枚に銀貨50枚……! まさか一日目でこんな大金が手に入るとは思わなかったな」
ギルドを出た俺は、ずっしりと重い革袋の感触を噛みしめていた。 地球で暮らしていた頃は、鷹匠としての依頼料とアルバイトの給料をやりくりしながら慎ましく暮らしていた。それが異世界に来てたった一日で、しばらく遊んで暮らせるほどの資金を手に入れてしまったのだ。
『ご主人様、約束を忘れてないでしょうね!? ベイルで一番美味しい肉料理屋に行くって言ったわよね!?』
腕木(左腕)の上で、ハヤテが首をクルクルと回しながら催促してくる。
「分かってるって。約束は破らんよ。モリスさんに聞いた一番の高級店に行ってみるか」
モリスさんから事前に「ベイルで一番上質な肉を食いたければ『赤竜の尾亭』に行くといい」と教えてもらっていたのだ。
夕暮れ時の迷宮都市ベイルは、街灯の魔導具にオレンジ色の光が灯り始め、いっそう賑やかさを増していた。大通りを進むと、一際重厚で大きな木造二層建てのレストランが見えてきた。入り口の看板には、赤い竜の尾がデザインされた高級感あふれる彫刻が施されている。
「ここだな。『赤竜の尾亭』」
引き戸を押し開けて中に入ると、香ばしい肉と香草、そして芳醇なワインの匂いが鼻腔をくすぐった。店内は身なりの良い商人や高ランクと思われる冒険者たちで満席に近い状態だったが、運よく奥のボックス席が一箇所だけ空いていた。
店員に案内されて席につくと、さっそくハヤテが期待に満ちた目でメニュー(羊皮紙)を覗き込んでくる。
「すみません、この『最高級アースワルズの特大ステーキ』と、この店の名物料理をいくつか。それと、鳥でも食べられるように肉を薄切りか一口大に切り分けて出してもらえますか?」
「かしこまりました、お客様! アースワルズのステーキは焼き加減をどうされますか?」 「レアでお願いします。血の旨味が残ってる方がこいつの好みなんです」
店員はハヤテを一瞬不思議そうに見つめたが、金貨を見せるとすぐに手際よく注文を受けて厨房へと向かった。
『最高級ステーキ……アースワルズってどんなお肉なのかしら? 楽しみで羽が震えちゃうわ!』 「(おいハヤテ、声が大きいぞ。周りの客が見てる)」
案の定、周囲の席から「なんだあの男、鷹と喋ってるのか?」「高級店に鳥を連れ込むなんて……」というささやき声が聞こえてきた。だが、今の俺たちにはそんな視線はどうでもよかった。
15分ほどして、運ばれてきた料理を見た瞬間――俺とハヤテは思わず息をのんだ。
ジュージューと音を立てる鉄板の上に乗っているのは、分厚い赤身肉のステーキ。上質な脂が表面で弾け、特製のガーリック香草ソースが焦げる濃厚な香りが立ち上っている。
「ほらハヤテ、一口大に切ってもらったぞ。冷めないうちに食え」
俺はフォークで小さく切り分けられた肉を一つ拾い、ハヤテの目の前へ差し出した。
ハヤテは瞳を爛々と輝かせ、パクッと食いつく。
モグ……モグモグ……。
『……っ!!!!!』
一瞬でハヤテの羽毛がピーンと逆立った。
『や、柔らかぁぁぁぁぁぁいっ!! なにこれ!? 噛んだ瞬間に濃厚な肉汁が溢れ出して、赤身の旨味が口いっぱいに広がるわ!! 地球のどんな高級牛肉よりも美味しい!!』 「本当か……? どれ」
俺も自分の肉をナイフとフォークで切り分け、口に運んでみる。
「――ぶはっ、うっま!?」
驚愕した。柔らかいのにしっかりとした肉の旨味があり、脂っぽさが一切ない。ソースの香辛料が肉の引き締まった味を引き立て、噛むたびに幸福感が脳を駆け抜ける。
『ご主人様! 早く次! 次の肉頂戴!』 「おいおい、慌てるな。まだたくさんあるだろ」
俺が小さく切った肉を次々と差し出すと、ハヤテは「んむ! んむ!」と信じられない勢いで平らげていく。体重数百グラムの猛禽の胃袋に入る量ではないはずだが、そこはさすが神獣、底なしの食欲のようだ。
「美味いな、ハヤテ」 『ええ、最高よご主人様! 異世界に来て本当によかったわ!』
無邪気に喜ぶハヤテの顔を見ながら、俺も微笑みを浮かべる。 地球では、限られた環境と決まった餌しか与えられず、病気や体調管理に気を揉む毎日だった。だが今、こうして何不自由なく最高のご馳走を分かち合えている。
ピコン♪
脳内に軽やかな効果音が響く。
【絆の深まり】 ・ハヤテとの絆がさらに深まりました! ・『絆レベル』が 3 から 4 に上がりました! ・ハヤテの『風魔法』の威力が向上しました。 ・スキル『猛禽視』の探知範囲が拡大しました!
(よしよし、順調に絆レベルも上がってるな)
俺たちが最高のご馳走に舌鼓を打ち、満足感に浸っていたその時――。
『……ご主人様』
ハヤテの声のトーンが、一瞬で冷ややかなものに変わった。 先ほどまでの食いしん坊な表情は消え去り、琥珀色の瞳が鋭く店の入り口方向へと向けられる。
「どうした、ハヤテ?」 『……つけられてるわね。ギルドを出た時からずっとよ』
ハヤテの『猛禽視』と野生の勘は、人間の視線や殺気に極めて敏感だ。
「尾行か……。誰だ?」 『あの昼間ギルドで威張ってた金属ゴミ……の取り巻き二人よ。店の外の影から、ずっとこちらの様子を窺ってるわ』
「バロンの仲間か……」
昼間、ギルドでハヤテの気圧に押されて股間を濡らして逃げ出したBランクパーティのメンバーたち。腹いせか、それとも俺が金貨3枚という大金を稼ぎ出したのを見て強盗でも企んでいるのか。
「放っておくか?」 『甘いわね、ご主人様。あの手の害虫は、叩き潰しておかないと何度でも湧いてくるわよ。それに……せっかくの美味しいご飯の後に、不愉快な視線を感じ続けるのは害悪だわ』
ハヤテがフンと鼻を鳴らす。
「まあ、そうだな。街の中で騒ぎを起こすわけにもいかないし、食事が終わったら人気の少ない場所に誘い出してみるか」 『賛成よ。神獣の晩餐を邪魔した罪を教えてあげましょう』
◇
店を出た俺たちは、意図的に大通りを外れ、街の東側にある薄暗い路地裏へと足を進めた。
街灯の光が届かない古い倉庫街。風が吹き抜けるたびに、破れた布や木箱がガサガサと音を立てる。
「この辺りでいいか」
俺が足を止めると、後ろの暗がりから足音が近づいてきた。
「ハッ……わざわざ自分から死に場所を選んでくれるとは、都合がいいぜ」
姿を現したのは、昼間バロンと一緒にいた弓使いの男と、ローブを着た魔術師の男の二人だった。手にはそれぞれ引き絞られた弓と、先端が怪しく光る杖が握られている。
「バロンさんは一緒じゃないのか?」 俺が尋ねると、弓使いの男は顔を歪めて忌々しそうに吐き捨てた。
「あの人はショックで宿屋で倒れてんだよ! テメエらの怪しい精神攻撃魔法のせいでな!! Bランクパーティの面目を丸潰れにされちまって、俺たちの評価もガタ落ちだ!」 「精神攻撃魔法……? いや、ただハヤテが威嚇しただけだが」
「白々しい嘘を吐いてんじゃねえ! Fランクの非戦闘職のくせに、金貨3枚も稼ぎ出しやがって……! その金と、その不気味な鳥を置いていけ! さもねえと、ここで人知れず穴の開いた死体になるぜ!」
魔術師が杖を掲げ、火球の魔法を詠唱し始める。
「脅迫に強盗、それに殺人未遂か。冒険者ギルドの規約違反だな」 俺は溜息をつき、左腕を静かに水平に突き出した。
「ハヤテ、頼む。街の器物を破損させない程度にな」 『了解よご主人様! 害虫駆除の時間ね!』
キィィィッ!!
ハヤテが夜空へと飛び立った。暗闇の中、彼女の姿は一瞬で見えなくなる。
「どこへ消えた!? 弓で撃ち落と――」
弓使いが上空を見上げた瞬間。
――ドスッ!!
「ぐあぁぁぁっ!?」
暗闇から疾風のごとく舞い降りたハヤテが、弓使いの手首を正確に爪で引き裂いた。握っていた弓がカラカラと地面に転がる。
「な……速すぎる!? ファイヤーボール、放――」
魔術師が慌てて魔法を放とうとするが、すでに遅い。
『風の加護・局所衝撃波!』
ハヤテが羽ばたいた瞬間、局所的な圧縮空気が魔術師の顔面に叩きつけられた。
ドカァン!!
「ぶはっ!?」
顔面に強烈な空気弾を受けた魔術師は、そのまま後ろの木箱の山へと激突し、目を回して気絶した。
わずか数秒。 残された弓使いの男は、手首を押さえて地面にへたり込み、ガタガタと震えながら暗闇の頭上を見上げた。
そこには――月明かりを背に、冷徹な琥珀色の瞳を光らせて旋回する一羽の鷹の姿。
「ひ……ひぃぃぃっ! なんだこの鳥は……! 魔法も効かねえし、動きが見えねえ……!」
「言っただろ、うちの相棒に手を出すと後悔するって」
俺は地面にへたり込む男の前に歩み寄ると、冷ややかに見下ろした。
「金貨とハヤテを奪うつもりだったんだろうが……残念だったな。次は手首じゃなくて、首筋を狙わせるぞ?」
「ひ、許してくれぇぇぇっ! もう二度と近づかない! バロンのパーティも辞める! だから助けてくれぇぇっ!」
男は涙と鼻水を垂らしながら、頭を地擦りさせて命乞いをした。
「……ふぅ。分かればいいんだ。二度と俺たちの前に面を見せるなよ」
俺がそう告げると、男は気絶した魔術師を引きずりながら、脱兎のごとく暗闇の彼方へと逃げ去っていった。
夜空から、ハヤテがすーっと舞い降り、俺の腕木へと着地する。
『ふん、手応えのない害虫ね。食後の腹ごなしにもならなかったわ』 「まあ、怪我人が出なくてよかったよ。さて、宿屋を探して休むとしようか」
『ええ! ふかふかのベッドで寝たいわ!』
こうして、俺たちのベイルでの最初の夜は、美味しい肉とちょっとした害虫駆除で暮れていった。
しかし、この騒動はほんの序章に過ぎなかった。 Bランクパーティを退けた俺たちの噂は、街の裏社会やギルドの上層部へと、さらに深く広がり始めていたのだった。
(第7羽へつづく)




