第4羽:冒険者ギルドと、非戦闘職への嘲笑
「ここが……迷宮都市ベイルの冒険者ギルドか」
モリスさんに案内されて到着したのは、街の中央広場に面した一際重厚な石造りの3階建てビルだった。大きな木製の看板には、交差した剣と盾を象ったギルドの紋章が刻まれている。
重厚な両開きのドアを押して中に足を踏み入れると、熱気と酒と汗の匂いが混ざり合った独特の空気に包まれた。
吹き抜けの広いホールには、大勢の冒険者たちが行き交っていた。全身を無骨な鎧で固めた戦士、怪しげなローブを纏った魔法使い、小汚い革鎧を着た軽戦士たち。酒場エリアでは昼間から大きな木樽を傾けて大声をあげている者もいる。
「モリスさん、案内ありがとうございました。おかげで助かりました」 「いえいえ! ハヤト様とハヤテ様のおかげで無事に荷物を運べましたから。では、私は商人ギルドへ報告に行ってまいります。また街で見かけたら声をかけてくださいね」
モリスさんは親しみやすい笑顔で手を振ると、ギルドをあとにした。
さて、と俺は腕木(左腕)の上のハヤテを見る。
「ハヤテ、静かにしてろよ。あんまり目立つと面倒だ」 『分かってるわよ。でも、なんだか行儀の悪い男たちがチラチラ見てきて不快ね……』
ハヤテが不機嫌そうに翼を少し広げる。 確かに、ホールにいる冒険者たちの視線が、俺たちの元へと集まっていた。 ジーンズにウインドブレーカーという見慣れない服装の男が、大きな猛禽を腕に乗せて歩いているのだ。目立たないわけがない。
俺は極力視線を合わせないようにしながら、受付カウンターへと向かった。
カウンターの奥には、ビシッと制服を着こなした綺麗な受付嬢の女性たちが並んでいる。空いている一番右端の窓口へ進み、声をかけた。
「すみません、新しく冒険者登録をしたいんですが」
「はい、いらっしゃいませ! 冒険者ギルド・ベイル支部へようこそ!」
対応してくれたのは、愛くるしい丸顔にショートボブの受付嬢――受付員の受付嬢(名札には『ミレーナ』と書かれている)だった。彼女は笑顔で応対してくれたが、すぐに俺の腕木にいるハヤテへと目を丸くした。
「あら……! とても綺麗な鷹ですね! テイマー(魔獣使い)様のご登録ですか?」 「いえ、テイマーじゃなくて『鷹匠』です。俺はクロハ・ハヤト。こっちは相棒のハヤテです」
「タカショウ……?」
ミレーナは首を傾げた。やっぱりこの世界では「鷹匠」という言葉そのものが伝わらない。
「ええと……魔法や契約の刻印で動物を従わせるんじゃなく、訓練と信頼関係で絆を結ぶ、俺の故郷の特殊な技能です」 「魔法なしで……!? え、じゃあその鷹ちゃんは、従魔(魔獣)ではなく普通の動物……なのですか?」 「まあ、そんな感じですね。街の衛兵さんからは許可をもらって入ってきました」
『ただの普通の動物扱い……キーッ! 怒りで羽が抜けそうだわ!』 「(静かにしろハヤテ! ここで喋ったら大騒ぎになる!)」
心の中でハヤテをなだめていると、ミレーナは少し困惑した表情を浮かべつつも、羊皮紙の登録用紙と水晶玉を取り出した。
「わかりました! それでは、まずはこちらの『判定の水晶』に手をかざしてください。お客様の適正能力と職業を測定し、ギルドプレートに記録いたします」 「わかりました」
俺が水晶玉に手を乗せると、ふんわりと淡い青い光が点灯した。 ミレーナが水晶に浮かび上がった文字を手元の羊皮紙に書き写していく。
「ええと……お名前はクロハ・ハヤト様。レベルは……3ですね! レベル1からの初期登録としては少し高めですが、何か魔物を倒されましたか?」 「ええ、街に来る道中でゴブリンとファングボアを少々」 「まあ! 一人でDランク魔獣のファングボアを!? すごいです!」
ミレーナがパッと顔を輝かせた。だが、次に水晶に表示された『職業』の欄を見た瞬間、彼女の動きが固まった。
「……職業……『鷹匠』……? 本当に『テイマー』でも『魔獣使い』でもない……?」 「ええ、俺の固有職業です」 「うーん……ギルドの職業分類データベースに存在しない新職業ですね……。戦闘系魔法や剣術スキルは……ありませんね。固有スキルは『猛禽の絆』『調教・育成』『仕込み餌作成』……」
ミレーナはうーんと眉をひそめ、申し訳なさそうに俺を見た。
「ハヤト様……大変言いづらいのですが、当ギルドの基準では、魔法攻撃スキルや近接戦闘スキルを持たない固有職業は、原則として『非戦闘職(生産・補給系)』の分類になってしまいます。そのため、初期ランクは一番下の『Fランク』からのスタートとなりますが……よろしいでしょうか?」
「Fランクですか。構いませんよ、実績を積んで上げていけばいいんでしょう?」 「はい! Fランクは主に街の掃除や薬草採取などの依頼がメインになりますが、地道にこなせばEランクに上がれます!」
なるほど、地道なランク上げか。ファンタジーの王道だな、と俺が納得しかけたその時――
「――ハッ! ギャハハハハハっ!! 非戦闘職だと!? おいおい、傑作だな!!」
背後から、下品で大音量の嘲笑がホール全体に響き渡った。
振り返ると、そこには三人組の冒険者が立っていた。 先頭にいるのは、身の丈を超える大剣を背中に担ぎ、ギラギラした金属甲冑を着た大型の男。取り巻きの二人は、弓を携えた細身の男と、杖を持った小柄な魔術師だ。胸元には、Bランクを示す銀色のギルドプレートが誇らしげに輝いている。
「おいおいおい! 剣も魔法も使えない、ただ鳥と遊んでるだけの『非戦闘職』が冒険者になりにきたのかよ!?」
大剣の男――名前をバロンというらしいBランクパーティのリーダーが、ガシャガシャと甲冑を鳴らしながら俺たちへと歩み寄ってきた。
「バロン様、おやめください! ギルド内での絡みは禁止されています!」 ミレーナが慌てて注意するが、バロンは鼻で笑って無視した。
「なあ受付嬢、教えてくれよ! 剣も振れない、魔法も使えない雑魚が、そんな『ただの鳥』を一羽連れてダンジョンに入って何ができるんだ? 鳩レースでも開催する気か!? ギャハハハ!」
取り巻きの二人が下品に同調して笑う。酒場にいた他の冒険者たちも、興味津々でこちらをニヤニヤと眺めていた。
「おいおいバロン、いじめてやるなよ。その綺麗な鳥を焼いて食うくらいしか使い道がないだろ!」 「ぎゃはは! 鳥の丸焼きか! いいねぇ、美味そうだ!」
その言葉を聞いた瞬間。
ピキッ……!!
俺の腕木の上で、ハヤテの全身の羽毛が逆立った。
『……ねえ、ご主人様』
ハヤテの低く冷徹な声が、脳内に直接響く。
『あの金属ゴミみたいな人間、今なんと言ったの? 私を『丸焼き』にすると言ったかしら?』 「(おいハヤテ、落ち着け! ここで暴れたら出禁になる!)」 『落ち着いていられるわけがないでしょ! 神獣ヴェルズフェルニルを焼いて食う!? 笑わせないでよ! あの男の頭の上に特大の『爆撃(糞)』を落として、ついでに爪で顔面を挽肉にしてやるわ!!』
「(やめろ! 鳥の糞攻撃は地球でも御法度だ! 頼むから抑えてくれ!)」
必死で心の中でハヤテを宥める俺。 だが、バロンは俺たちが黙っているのを恐怖で縮こまっていると勘違いしたらしい。さらに調子に乗って顔を近づけてきた。
「おい、黙りこくっちゃってどうした? 怖くて声も出ねえのか? ほら、その鳥を俺に渡せよ。Bランクパーティの俺様が、せいぜい美味しく食って――」
バロンの手が、ハヤテに向かって伸びかけた、その時。
「ハヤテ、ダメだぞ」
俺は静かに言い放ち、バロンの手首をガシッと掴んだ。
「ああ……?」
バロンが不機嫌そうに眉をひそめる。
「なんだテメエ、腕を離さねえとぶっ飛ばすぞ――」
「バロンさんと言いましたね。俺が非戦闘職だろうと、Fランクだろうとアンタには関係ないはずだ。それに……」
俺はバロンの目をじっと見つめ、静かに、しかし冷ややかに告げた。
「うちの相棒に触ろうとすると、後悔しますよ。マジで」
「あ……?」
バロンが一瞬、俺の目力に気圧されたように固まる。 だが、すぐに顔を真っ赤にして怒りを爆発させた。
「テ、テメエ!! Fランクの雑魚のくせに俺に気安く触ってんじゃねえよ!!」
バロンが胸ぐらを掴もうと手を伸ばした――まさにその瞬間。
キーッ!!
ハヤテがひと際高く澄んだ鳴き声を上げた。
次の瞬間――ギルドホール全体を、圧倒的な『圧力』が襲った。
ズゥゥゥゥン……!!
言葉通りの重力が一瞬で跳ね上がったかのような錯覚。 ハヤテが抑え込んでいた『神獣ヴェルズフェルニル』としての膨大な気配と覇気が、わずかコンマ一秒だけ、意図的に全方位へと解放されたのだ。
「ひっ……!??!?」
目の前にいたバロンの顔から、一瞬で全ての血の気が失せた。 目が血走り、口を大きく開けたままガタガタと全身を激しく震わせ始める。
「な……なになに!? 今のナニ!? 竜!? 巨神!?」 「息が……呼吸ができない……っ!!」
酒場で笑っていた冒険者たちも、全員が飲みかけの木樽を叩き落とし、恐怖のあまりガタガタと床にへたり込んだ。あまりの圧迫感に、何人かは白目を剥いて泡を吹きかけている。
「ひ、ひぃぁぁぁぁぁっ!?」
バロンは膝からがくりと崩れ落ち、尻もちをついたまま、ガチガチと歯を鳴らして後退りした。彼の股間からは、じわりと温かい液体が染み出している。
ほんのコンマ数秒の出来事。 ハヤテがスッと気を引くと、ギルド内には静寂だけが残された。
誰も喋れない。誰も動けない。 全員が、まるで死神に首筋を撫でられたかのように、恐怖で固まっている。
そんな中、俺だけが何事もなかったかのように溜息をついた。
「ハヤテ……やりすぎだと言っただろ」 『ふんっ! 漏らした男なんて放っておいて、早く登録を終わらせなさいよ』
ハヤテはフイッと横を向いて爪をお手入れし始めた。
俺は呆然と固まっている受付嬢のミレーナに向き直り、爽やかな営業スマイルを浮かべた。
「ミレーナさん、すみません。驚かせてしまって。登録の手続き、続きをお願いできますか?」
「あ……あ……は、はいぃぃぃぃっ!???」
ミレーナは失禁して震えているBランク冒険者と、俺の肩の上で澄まし顔をしている小さな鷹を交互に見比べ、金糸雀のような悲鳴を上げたのだった。




